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⑧
しおりを挟む「産婦人科って…何?通ってんの?」
僕の問いに彼女は俯いて何も答えない。不安が一気に募った僕は言葉が止まらない。
「なぁ?何で黙ってんの?…どうしたんだよ。言ってくれないと分からないだろ?」
しかし彼女はスマホを握り締めたまま、口を一文字に結んでなかなか話そうとはしなかった。
彼女の曖昧な態度に徐々に苛立ちを覚えた僕の口調も自然と強くなる。
「おいってば!!何とか言えよ!」
一瞬彼女はビクッと身体を震わせた。そしてゆっくりと言葉を選びながら話を始めた。
「生理が来ないの…」
覚悟はしていたが、実際に彼女の口から言葉が放たれると僕は背筋が凍る思いだった。だが一般的に考えて彼女のような思春期の女性は生理不順になりやすいという事も素人ながら知っていた。その出所の分からない浅い知識だけが頼りだった。
「で、でもさ、そんなのよくある事なんじゃないの?ほら、瑠花ちゃん年頃だろ?」
すると彼女は溜め息混じで首を横に振った。
「体質かもしれないけど、私は生理不順ってほとんど経験した事ないの。あっても予定日の二、三日の誤差程度。なのに…なのにもう二週間も来てない」
僕は俯いて話す彼女を見ながら絶句した。額やこめかみから冷や汗が流れる。
「っていう事はさ…そのー…あれ、妊娠したって事?」
「ううん、まだ産婦人科にも行ってないし検査薬もしてない。それにまだ初期すぎて分かんないと思う…さっき届いたメッセージは友達が自分のお姉ちゃんが通ってたっていう産婦人科を紹介してくれただけ」
「その友達以外はこの事知ってるの?」
「ううん、知らないよ。こんな話…誰にも言えないよ」
「そっか…」
僕は車外へ出て煙草に火を点けた。そして静かに天を仰いだ。上空には夜でもはっきり見てとれる程分厚い曇天が広がっている。そこに向かって煙草の煙を吹き掛けると両親の顔が浮かんだ。
(あの二人は息子の僕が10歳も歳下の女子高生を妊娠させたと伝えると何と言うだろう…?多分、母親は動揺した後に泣き崩れて父親は憤怒の形相で怒り狂うだろうな)
僕は事実を知った者達のリアクションを想像した。しかし悲しい事にその者達の中に祝福してくれる人間は思い付かなかった。
責任、後悔、怠惰。この三つの言葉が脳内をぐるぐると回っている。煙草を吸い終わってもしばらく車内には戻れなかった。彼女の言葉を訊くのが怖くなった。
(堕胎…)
車内に戻ろうとした時、ふと頭に浮かんだ。
過去にそういった悲しい話を耳に挟んでもどこか他人事だったし、慎重派の自分には縁のない話だと決めつけていた。
それに若くして子供を授かった友人が堕胎する事を選択をした時、心のどこかで軽蔑したし、命の重さを知れと蔑んだ。
だが現実、その問題がそのまま今自分に振り掛かっているではないか。運転席に戻った僕はハンドルを握りしめたまま動けなくなった。
「まだ妊娠が確定した訳じゃないから…とりあえず先ホテル行こう?ね?」
「ああ…そうだな」
彼女に促されて僕は近くのラブホを検索し、ナビをセットして車を発進させた。言うまでもなく車内は終始重苦しい空気に包まれ、彼女が彩という友人に返信する為にスマホをタップする音だけが車内に鳴り響いた。
一体どこで過ちを犯したのだろう。ホテルに着くまでの間、僕は記憶の限りではあるが避妊具を着けずに彼女とセックスした日の事を思い出した。感覚的には四、五回程度だったが、思い返すとはるかに多く、射精の時だけ外に出した日もカウントすればその回数はさらに膨れ上がった。
「ピル飲むから大丈夫」
彼女のせいにするつもりもないし、他の要因もあるだろうが、本音を言うと彼女のこの一言が僕の背中を押していたような気もする。
もちろん過去に交際していた彼女の生理が遅れ、焦った経験はある。これはある程度の割合の男は経験するものだろう。だが今回みたいに産婦人科を受診するレベルのものは一度たりとも無かった。
(いっその事、他の相手のだと助かる…)
自分勝手で無責任なのは分かっている。しかし覚悟が出来ていない僕にとってはそう思わざるを得なかった。それに彼女が妊娠してたとして、すぐに認知し決心出来るほど僕という人間は出来ていなかった。我ながら最低だ。
ふと我に返ると、僕はラブホのベッドに腰掛けていた。状況を飲み込めず、一瞬焦った。が、もちろんここまで自分の足で歩いて来ているしそんなはずはない。動揺のあまり、脳がまともに作用していなかったのだろう。
「シャワー…浴びてくるね」
彼女は静かにそう言うと、バスルームへ姿を消した。彼女の後ろ姿を眺めながらバスルームへ入ったのを確認して僕は頭を抱えた。
髪が全て抜け落ちてしまいそうなほど頭皮が熱を帯びている。そして次第に涙が溢れそうになった。原因は恐らく過度なストレスを一気に受けたからだろう。初めての経験だから厳密にはどうか知らないが。
理想としては順番は逆になってしまった事を反省し、このまま彼女と夫婦になって子の親として責任を果たす事がベストなんだろう。もちろんそれは分かっている。だけど私事になった今、理想をそのまま実行できるとはとても思えなかった。
(まだ妊娠が確定した訳じゃないからー)
今、僕がすがる事ができるのはさっき彼女が言ったこの一言だけだ。
(そうだ、まだ確定した訳じゃない…)
僕は部屋に備え付けてある小さな冷蔵庫から割高な缶ビールを抜き取って一気に喉に流し込んだ。それほど酒が強くない僕はいつもならそんな飲み方をしたら一気に体温が上昇し、すぐに酔っぱらう。しかしこの日ばかりはキンキンに冷えた缶ビールを流し込んでも無味の炭酸水を飲んでいる感覚だった。
ドスンッ!とベッドに腰掛けて、今の自分にとっての最善の方法を考えた。だがいくら考えたところで今の時点で自分にできる事は何も無かった。
(はぁー…やっちまったなぁ…この先マジでどうしよう)
怒り狂う両親と彼女の父親が目に浮かぶ。それにペコペコと彼女の父親に頭を下げて怒号を浴びせられる両親の姿も。
(こうなった以上、誰にも知られずに堕ろしてもらうしかないか…?)
だが彼女は未成年だ。堕胎手術をするには同意書やら何やら手間が掛かる。
(そういうの詳しい知り合いもいないし…ああー!クソッ!)
すると背後から彼女の声が聞こえた。
「えっ!?なに?ちょ…煙たっ!!」
振り返るとテレビとベッドしかない小さな部屋は煙で包まれていた。
「あー…ごめんごめん…」
そう言いながら、吸い殻ですでに小さな山となった灰皿に煙草を押し付けた。無意識のうちに僕はまだ封を切ったばかりの煙草が残りわずかになってしまうぐらいに煙草を吸っていた。見かねた彼女が「大丈夫?」と顔を覗かせる。
「大丈夫」
彼女は言おうか言わまいが迷っているようだったが僕の隣にトンと腰掛けて、まるで泣いている子供をあやすように優しく口を開いた。
「もし…もしもだよ?」
「…ん?」
新しい煙草を咥えながら彼女の言葉を待つ。
「もしも…赤ちゃんできてたらさ、私…産むよ?」
突然の事で僕は開いた口が塞がらない。そして彼女が放った言葉を数回脳内でリピートして僕の中にある何かの線が切れた。
「はぁ!?」
しかし彼女は僕の目を真っ直ぐ見つめながら話を続ける。
「私は産むよ。誰が何と言おうが…絶対に命を粗末にしないから」
僕は何度も意識しながら冷静さを保とうとした。
「産んでどうするの?誰が育てる?」
「そんなの…もちろんたっくんと私だよ?てかそれしかないじゃん」
「じゃあ君の進路はどうなる?夢は?それに収入はどうするんだ?情けない話だけど、僕の収入だけじゃとてもじゃないけど子供を育て上げるのは…」
「そんなのどうだっていいじゃん!何とかなるだろうし。世の中貧乏な人なんて腐るほどいるよ?それに苦しければ私も働きに出れば良いだけの話だし」
「じゃあ子供はどうするの?今は昔と違って簡単に保育園にも入れない。入れたとしても何歳からになるか分からないんだぞ?それまでの間、誰が子供の面倒を見るんだ?」
「私が見ればいいだけじゃん」
「今の話では君は働きに出るんだろう?先に言っとくけどパート程度の収入じゃとてもじゃないけど無理だよ?二人とも正社員で働いてやっと何とか形になるレベルだし」
「そんなのいざとなれば何とでもなるよ」
「…瑠花ちゃんは事の重大さが何も分かってないよ」
「分かってないのはたっくんでしょ!?」
彼女は出会ってから初めて僕に噛みついた。
「分かってるよ!?たっくんは他人の為に生活水準を下げるのが嫌なんでしょ?…そんなの産婦人科の話した時の顔見れば分かるよ…私思ったもん。あぁ、この人子供が出来たら迷惑なんだ。って」
「そ、そんなっ、そんな事は…」
「もう分かってるからいい!もし私が本当に妊娠してたらどうせ世間体ばっか考えるんでしょ?…そういうとこ良くないと思う。世間の他人より自分の身近にいる人を大切にしなくちゃ…」
「もういい…君は考えすぎだ」
だが彼女は話をやめない。
「良くないから言ってんの!付き合ってるならいい加減ふんぎりつけなよ!いつまで世間の目にビクビクしてんのよ!」
「うるせぇよ!!社会経験も無いガキに何が分かるんだ!!」
僕は声を荒げ、彼女を睨みつけた。すると彼女は風呂上がりのノーメイクのまま最低限の身支度をし、乾いていない髪を振り乱しながら部屋を出て行ってしまった。
「おい!!何処行くんだ!
「もういい!帰る!!」
「待てって!」
僕は部屋に忘れ物がないか確認して、玄関に備え付けてある支払い機に料金を払って慌てて彼女の後を追った。
「旅行はどうすんだよ?」
「帰るって行ったじゃん!こんな気分で旅行しても楽しくとも何ともないし!」
せっかく休みを利用して連れてきた僕としては彼女の発言にイラッとした。
「そうか。じゃあ帰ろう」
僕は彼女を追い越して先に車に乗った。エンジンを掛けると彼女も助手席に座った。
それから僕達は一言も口を利かないまま、自宅を目指して長い道のりを共にした。話をしていない分、帰りの方が時間が長く感じたが、深夜には自宅に到着する事ができた。車を降りてマンションのエントランスに向おうとすると彼女は立ち止まったまま動かない。
「何?どうしたの?」
僕が声を掛けると彼女は「このまま帰る」と言った。いや、もう家着いたじゃん。と言おうとしたが、彼女の言う帰るは僕の家ではなく父親と弟と暮らしている本来の家の方だと思った。
「荷物どうすんの?」
「また取りに来る」
「ふぅん。危ないから送ってくよ」
「いい。帰れる」
そう言って彼女は一度も振り返る事なく、歩いて行ってしまった。僕は何度も引き留めようと試みたが、結局彼女に声を掛ける事ができず、ただ彼女の背中を見ているだけだった。
家に入るとそのまま真っ直ぐ居間に向かいドカッと仰向けに寝転がった。さすがに日帰りで運転すると身体の至るところが痛む。寝転がったまま煙草に火を点けた。
(ほんの半日前まであんなに仲良く楽しくしてたのになぁ…)
煙を吐きながらあれやこれや考えていると睡魔に負けた僕はそのまま眠ってしまった。
翌朝、冷えで目が覚めた。身体を起こすとまだ節々が痛む。筋肉痛のようだ。寝煙草をしてしまったせいで買って間もない絨毯が一ヶ所火種の形に焦げていた。指でコリコリ擦ってみたが、黒く焦げた所がカリカリになってしまっている。
(腰痛ってぇ…日曜で良かった)
腰や肩を揉みながら立ち上がり、卓上に置いているデジタル時計に目を向けた。
(9時半か…)
とりあえずは、といつも通りまず煙草に火を点け辺りを見回した。彼女が部屋に居る気配は無い。そのまま彼女に貸していた物置部屋も覗いてみた。すると昨日の朝家を出た時よりも荷物が減っていた。
(もしかして寝てる間に荷物取りに帰って来た?…なら起こせよ)
少しだけ苛々して居間に戻り、腰を降ろしてスマートフォンを手に取って何気なくSNSを開いた。一年以上更新していないが友人や知り合いの近況だけは毎日チェックしている。もちろんチェックするだけで輪に入って行く事はないのだが。
するとアカウントのメッセージボックスに通知が来ているのが目に入った。どうせ胡散臭いネットビジネスの勧誘だろうと思いながらも開くと、そこには知らない女性の名前があった。
(彩…?誰だろう?)
メッセージを開いてみる。
『初めまして。一条さんですよね?瑠花の友達の彩です。メッセージ見たら返事下さい』
年頃の女の子の文面としては淡々としていた。まるで今は仕事中だと錯覚するほどに。僕は少し警戒しながらも、なぜ彼女の友人が僕に直接連絡をしてくるのかと考えを巡らせた。
思い当たる節としては彼女が産婦人科に通おうか迷っている件か昨日の喧嘩の件だろう。それに思い返してみれば彼女に自分の姉が通っていた産婦人科を教えるメッセージを入れた友人もたしか彩という名だった。
偶然で別人という可能性も考えたが恐らく例の友人で当たっている。お前がメッセージを送るタイミングが悪かったせいで今僕達はギクシャクしているんだぞ!と言ってやりたい。
『はい、一条です。いきなりのメッセージで少し驚きました。どうされました?』
僕は早急に用件を知りたかった。
『話があるんで明日の夕方会えます?』
『明日は仕事なので夕方は難しいですね。せめて18時とかなら何とかなりそうですけど』
『じゃあ18時で大丈夫です。待ち合わせ場所は最近出来た駅前のファミレスで。着いたらまたメッセージ送ります』
(この子…すごく一方的だな)
苦笑しながら彼女のアカウントに進み、アップされている写真を探った。だが、そのほとんどが料理や景色ばかりで彼女の素顔を知る事ができなかった。
(まぁいいか。どうせ女子高生だし、瑠花ちゃんと同じような感じか)
多少の警戒心はあったが、恐怖などは一切無く、むしろさっさと話の概要を知りたかった。
翌日、仕事を早目に切り上げて約束のファミレスに向かった。瑠花の方は無事に実家に帰る事ができたのだろうかと気にはなったが、それよりも今は彩と名乗る女の方に意識が向いている。
順番待ちだと間違って声を掛けられないように店員からギリギリ見えない角度に立ち、僕は彩を待った。しかし、約束の18時を10分過ぎても彼女は現れなかった。
SNSを開いてメッセージを確認しても彩からは何も連絡が来ていなかった。
(後5分待って来なければ帰ろう)
そう思って何気なく店の前に貼り出されたメニューを見ていると後ろから声を掛けられた。
「もしかして…一条さん?」
突然の声に驚いた僕は黙って振り返る。
(うっわ…ええ…?)
僕の目の前には、制服ではあるがまるでキャバ嬢のように綺麗に髪をセットしたザ・ギャルがいた。しかも容姿が想像の三倍は美人で驚いた。スタイルも良く紺のソックスが良く似合い、AVのギャルJKシリーズに居そうな感じだ。
僕に仕掛けても何の意味も無いのだが、思わずハニートラップを疑ってしまうほど彩という女は美人で僕は声が出なかった。初対面でこんな事思うのは下品だが、まだ性欲が大いにある僕としては彼女のような女を抱けたらどれたけ幸せだろうと感じた。
「うん…そうだけど。彩ちゃん?」
「うん、そだよ。ってか瑠花はこんな感じがタイプなんだ~」
彩は品定めをするように僕の足元から頭頂部までじっくりと見た。どう見ても自分よりも上の階級の男性しか相手にしなさそうな彼女のその視線に気まずさを感じて僕は彼女に話しかけた。
「あ、あの。瑠花ちゃんとはどういう…?高校は違うの?」
瑠花とは違うデザインの制服が目に付いたので訊くと、彼女は視線を僕のスーツに向けたまま答えた。
「瑠花とは中学まで一緒だったの」
「へぇ」
そこで一旦会話が止まる。すると、ようやく品定めを終えたのか彩は「ふーん」と言った。
その「ふーん」の意味が分からなかったが僕は早速彼女に用件を問うた。
「それで?話って何かな?」
「あぁ~…ちょっとね。こんなとこで話すのもあれだから中入ろっか」
彼女は顎でファミレスの店内を指した。釣られて僕も店内に目を向けると「あぁ、そっか」と彼女は呟いてから「制服はまずいか…」と言った。
それに同意の意味もあって僕は黙っていた。
「今日何で来たの?車?」
「えっ?…ああ、そうだけど」
「そっ。じゃあ車に戻ろうよ」
「うん、分かった」
それから僕達は歩いてパーキングへと向かい、車に乗り込んだ。彩は慣れた調子で助手席へと座る。もったいない精神で料金を払ってしまったから車を出すしかなくなり、行くあてもなくアクセルを踏み込んだ。
数分間の気まずい沈黙が続いた。耐えきれず何か話をしようかと思ったと同時に彼女が口を開いた。
「瑠花とヤりまくってるらしいじゃん」
「っっ…!?」
彼女は独り言のように呟いた事もあって僕は反応に遅れた。
「それに昨日喧嘩したんでしょ?」
(それはオメーの間の悪い連絡のせいだよっ!)
僕は平静を保ちつつ言い返す。
「喧嘩っていうか…まぁちょっと意見の食い違いがあってね」
「ふーん。ま、何でもいいけどさ。瑠花プンプンだったよ」
「だろうね。今日中にでも謝っておくよ」
彩はきっと友人である瑠花が僕に対しての愚痴をこぼした事を気にして間に入ろうとしたんだ。この年代の友情は特に熱いもんな、などと思い少し表情がほころんだ。わざわざ会って話をするのだからもっと深刻な話だと思っていたので正直拍子抜けした。
そして適当に車を流して、再び駅前に戻ろうとハンドルを切った時に彼女は言った。
「何処行くの?」
「何処って…駅前に戻ろうかなって。話って瑠花ちゃんとの喧嘩の事でしょ?」
すると彩は「ははっ、違う違う」と笑う。
「一条さんの家行こうよ」
「え?家?」
「うん。駄目?お茶くらい出せるでしょ?」
(お茶くらいって…この子結構偉そうだよな)
「まぁお茶くらいなら出せるけど。何もないよ?」
「うん、いい。大丈夫」
「分かった」
マンションの駐車場に車を停めると彼女はすぐに助手席から降りて歩き出した。僕は慌てて彼女を追いかける。彼女は正面玄関まで進むと建物全体をあの品定めする目で見上げた。
「ふーん。そこそこでかいじゃん。賃貸?」
「賃貸だよ」
「へぇ。家賃いくら?」
キーを差し込みドアを開ける僕に彼女は訊いた。
「はは、初対面の人にそういうの訊くもんじゃないよ。家賃はまぁ…君の一ヶ月分のバイト代くらいじゃない?」
「へぇー、そんなもんなんだ」
瑠花とずいぶん違うタイプの彼女に僕は苦笑しながら部屋へと向かった。部屋に入ると彼女はズカズカと部屋中を探索し始めた。
「お、おいっ!」
僕が声を掛けると、彩はちょうど瑠花の使っていた物置部屋を覗いた。
「ここが瑠花の部屋?…てかどう考えてもそーだよね」
(あー、やっぱ知ってたのか)
僕は少し安心した。知られていなかった時の言い訳も少し考えていた。
「で…?瑠花とはどこでヤりまくってたの?」
彩は振り返りながら興味深そうに聞いた。年頃の女の子を前にして、答えづらくて黙っていると「私そーいうの何とも思わないから」と彼女は言った。
その言葉が背中を押す形になり、僕はしぶしぶ「この部屋だけど」と彩を寝室に案内した。
「どんな感じで?」
「は?どんな感じ?」
「だからぁ、体位とか。普通お決まりとかあるじゃん。やってみてよ」
言われてみれば確かにある。僕はいつも前戯を済ますと正常位で挿入する。だが、さすがに今ここでエア正常位を披露するのは酷すぎる。
「別に普通だよ」
「普通って何?意味分かんないんだけどっ」と彼女は笑う。
このまましぶってても彼女はしつこいのが目に見えていたので僕は仰向けに寝転がり騎乗位の姿勢で「こんな感じかな」と嘘をついた。
「まさかの騎乗位スタート?ウケる」と笑われ、僕が溜め息混じりに立ち上がろうとした時に彼女は僕を押し倒した。
「お、おいっ…!?」
彩は仰向けに寝る僕に股がるように座り、少しにやついていた。
「どうせ今晩私の事オカズにしてオナニーするんでしょ?」
「んなバカなっ。しねーよ」
「ふふっ、嘘ばっかり。別にいいんだよ?」
「しねーって。つか瑠花ちゃん居るからそんな事しなくても…!」
「でも今は居ないじゃん?…瑠花より私の方が良いでしょ?正直言ってみ?」
考えないようにはしてたけど確かに容姿の好みは瑠花よりも彩だった。瑠花もものすごく美女なのだが、背も低く童顔でまだ垢抜けていなかった。それに比べ彩は良い意味で大人っぽく見えるし、エロさ…いや、色気も瑠花より数段上だった。
もちろん性格は絶対に瑠花の方が好みなのだが、そこを抜きにして、この二人を風俗店で指名するとすれば僕は彩を選んでいたはずだ。
「まぁ、彩ちゃんも…そこそこ良いと思うけど」
「はぁ?ちょー偉そうなんですけどっ。つか硬くなってきてるし」
そう言って彩は腰をゆっくり回すように振り、自身の陰部をパンティ越しに僕の性器のに擦りつけて形を確認した。
「まぁまぁデカチンじゃん。瑠花もヤバいって言ってた…」
その言葉を聞いて僕の股間は一層膨れ上がる。
「きゃっ…!?…ふふっ、また硬くなったぁ」
勃起した性器が脈打つ度、彩は「やぁん」とわざとらしく声を漏らす。そして優しく僕に訊いた。
「ねぇ、このままエッチしちゃおっか?」
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