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2章

閑話 妖伝6 しずく

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 自警団の面々はお互いに叱咤してさっさと体勢を立て直し、迎撃の準備に入った。

 私は守られていることしかできない娼婦なのか?

 自問にかられる中、薄暗くなり魔物たちと会敵した。先に襲ってきたのは飛べる魔物だった。

 地面があんな状態だからだろう。地上の魔物は遅れていた。自警団は弓矢や魔法を使って撃墜しているが薄暗さもあいまってなかなか撃墜できている数は少ないと思う。

 私はこれでいいのか?

 このままでいいのか?

 後ろで横になっているももえを見た。この手足のない彼女と今の私。何が違うというのか。行動しないことは受け入れているのと同じか。

 死を受け入れる。私が?せっかく生き残ったのに?そんなの勿体ない。せめて精一杯戦って死のう。折角の命なのだ。

 私は彼の妹を無理やり後ろに下げた。

 魔法か。頑張ってみよう。ポイントを【火1】【水1】【捕捉1】【大きく1】【合成1】【干渉1】【拡散1】【操作1】【壁1】の9つを2に上げた。【魔法攻撃2】を5に上げて、更に【魔法防御5】まで新規でとった。【MP自動回復5】もとる。……あと、【矢1】と【固定1】のスペルも取った。MPにポイントを割り振って1000にした。

 既に数人の私と同じような娼婦が明かりを灯していた。ある意味では消化専門の私たちが前線に出ているのはどうかと思うがやってしまえ。詠唱を開始する

「【水2】【固定】【矢】【複製2】【複製2】【複製2】【複製2】【複製2】【複製2】【複製2】」

 合計128本の水の魔法の矢が完成する。一本一本は1.2メートルあるくらい。それがそこに滞空していた。いや、空間に固定してある。さて、やろうか。

「【捕捉】【捕捉】【捕捉】【捕捉】【捕捉】【捕捉】【捕捉】【捕捉】」

 数本で一体を仕留める。それで行こう。彼のように化け物じみた数の魔法は展開できないけど少しは役に立てるはず。

「【始動】」

 一斉に私の魔法が飛び出す。用意したうちの数本だ。でもその数本で飛んできたEやDと呼ばれるランクの魔物が消えて行く。周りの魔法使いは自分の魔法で倒しやすい相手を攻撃していた。

 私が攻撃しているのもフレイムバグだったりの火を使う魔物や急所がわかりやすい魔物だ。

 維持しているだけでMPが減っていく。でも、一々詠唱していたら間に合わない。既に20メートルあたりまでは飛べる魔物が迫ってきている。

 魔法を絶やさない。

 周りの人に合わせて、魔法を使う。

 気付けばかなりの人数の娼婦が魔法を使っていた。その辺の自警団よりも魔法を使っている。

 しかし、違和感がある。

 魔法はこんなに乱発するものなのか?

 娼婦の数人が、まだ十分もたっていないのに倒れる。

「MP切れ!」

 彼女が担っていた部分を私が埋める。地上の魔物はまだ気にしなくていい。後ろから「大きいの行っくよぉー!」と声が聞こえた私は振り返ってそれを見た瞬間、急いで伏せた。がっしりした鎧を身につけていた自警団のお兄さんにつかまる。

「【風2】【嵐2】【強く2】【強く2】【大きく2】【大きく2】【大きく2】【操作2】巻き込んでぶっ飛ばしちゃえ。」

 魔法名もへったくれもない暴風の襲撃。その魔法は私たちが苦労していた魔物たちを悉く衝突させて自滅させてゆく。終いには向こうの地上にいた魔物にまで被害を出して消えた。

「ももえ?」

 魔法を使ったのが誰なのか特定しようとして絶句した。使ったのはももえだった。彼が「東さんあずまさん」と呼ぶ少女。四肢を失い、胴だけの裸でいる少女。

 哀れみをほしいままにするだるま・・・の少女。

 その少女がこの魔法を行使した?

 守られるだけの娼婦。いや、物だと思われていたそれが?【嵐】のスペルの体への負担が酷いことはかなり前から知られている。それなのに2まで使い、このそちらが有利と言う大勢を守った。道化を無恥を気違いを無能を悟られることなく演じていたとでもいうの?

 私は恐くなった。

「そんなの狂っている。」

 心のどこかで見下していた彼女は私の遥か先にいた。はたから見たらどちらが道化か。

 ももえはそのまま目を瞑ってしまった。息はしているので生きてはいるようだ。形勢は変わらずともこのままではその内破綻する。そんなのは目に見えていた。どうすればいい?

 今戦っていない人は戦えない人だ。それを守る必要があるらしい。義務なんてものは存在しないから。まったく逃げ出したくなる。

「戦いながら聞いてくれ!迎撃部隊の再編を行う!戦っている者は戦闘員と見做す!文句は聞かん!魔法部隊と弓兵は淵のギリギリへ、迎撃ラインを淵から21メートルを目安に設定。魔法部隊への負担を減らしたい。俺を含む近接は下へ。淵から20メートルを活動ラインとする。地面はだいぶ冷めている。得物の異常や少しの怪我でもしたらすっこめ。出し惜しみするな。抗ってやろうじゃないか!?それと、余裕があったら食われる前に回収してやれ。後方に投げるだけで構わん。俺たちは運命共同体だ。お前たちはただ死ぬのか。その死に何の意味がある!?」

 なるほど。それはいい。最後の言葉は後ろにいる人たちに向けられていた。それだけ告げると自警団の団長は一人、斜面を下って行った。

「しずくさん。これを。低級ばっかですけど……。」

「しずくさん。俺からも。」

 何度も相手をした人たちが私に魔力ポーションを渡してくる。【収納空間】に入れた。貰った内、すぐに使えるように何本か手に持った。

 迅速に団長の指示に応える。一律的な指示に従った方がこの場合はいい。てんでばらばらの方向に向く方が危険だ。私は壁があった淵ギリギリまで前に出た。

 続々と近接の人たちが下って行く。そこに自警団云々は関係なかった。

「【捕捉】【捕捉】【捕捉】【捕捉】【捕捉】【捕捉】【始動】」

 言われたとおりに少し遠くにいる魔物を相手に魔法を当てる。まだストックの魔法に余裕はある。時折、地上の近接に厄介な魔物が近づけば、足や頭に魔法を当てて隙を作るくらいはやった。

 迫りくる魔物に理不尽な強さの魔物は含まれていなかった。それでも前衛は倒れて行く。

 団長に迫るマンティスの鎌の付け根辺りを攻撃する。何発か外れたけど効果はあった。その腕が半分はずれかけている。その隙に団長はツーハンデッドソードでその首を斬り飛ばした。

 ツーハンデッドソードは両手でしか扱うことのできないような大きさの剣の総称だ。団長、大崎小里の身長ほどの長さの剣だった。落下の力を利用して一撃の重さで勝負している。

 他では似たような魔物を三人くらいで囲んでタコ殴りにして倒していたりもするが……。

「足りない。頭数が。」

 今も増え続ける魔物に対して、こちらの戦力は近接が多く見積もって80。弓が20。魔法職が40もいない。弓を使っていた一部が近接に回ってこの状況だ。

 段々と敵の増援は来るがこちらの脱落者は増えて行く。既に片手じゃ効かない数の近接の死者が出ていた。

「【始動】っ!」

 私に現状を変える術はない。ただ抗うことしかできない。飛ぶ魔物の処理は大概終了していた。追加で迫る魔物の中にはその姿も少ない。私はお客を守ることに専念しよう。
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