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2章

26 樹がどこまでも萌ゆるかのように 1

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――時は流れ、月日は過ぎ行く――


「5年ぶりか? 互いにあんま変わんねーな」
 ケイト帝国の将軍にそう言われ、カーチナガ子爵は冷や汗を大量に流しながら壊れたオモチャのごとく首を縦にぶんぶん振った。
「おおお、お久しぶりですね。なんともご立派になられました。再び帝国に帰属できる事、本当に嬉しく思います」


 カーチナガ公国の首都・チマラハの街。その外には百近いケイオス・ウォリアーと万近い兵士の大部隊が、街を見張るかのように布陣している。
 ケイト帝国首都とカーチナガ公国の間にある領は全て帝国に帰属済みだ。
 この日、カーチナガ公国は帝国の要求をのみ、戦わずしての再帰属を決めた。過去同様、ケイト帝国カーチナガ子爵領に戻ったのである。

 5年前に軍が再編成されてから、帝国は凄まじい勢いで盛り返し、領土を取り戻して行った。
 最も手強い勢力だった南隣のハク公爵領を真正面から破って併合し、それを皮切りに次々と周辺を帰属させていったのだ。
 カーチナガ公国が5年も占領されなかったのは、単に距離があったからに過ぎない。その間にある国で、開戦して一年戦えた国は一つも無かった。

(ま、ええか。小さな公国でやっていくよりも、今の帝国傘下にいた方が領運営は楽だし……)
 愛想笑いで媚びながら、子爵は内心あきらめきっていた。
(どうせワシなんて御飾り扱いだしのう!)


 このカーチナガ公国はかなり特殊な地である。
 領主の子爵よりも立場が上の、事実上の支配者がいる。首都は行政を担当する街というだけで、事実上の中心地たる別の街がある。
 いつの間にか領内の山中に生えていた霊木・世界樹の若木がこの領の中心で、その番人こそがこの地の主だと、知らぬ者などいないのだ。

 世界樹の最寄りにあったカサカ村は5年でカサカの街になり、世界樹の恵みを分けられて、珠紋石じゅもんせきを中心とした魔法具と各種薬品の生産地としては大陸でも屈指の規模。そのため大陸中から魔術師や錬金術師が集まり、魔術の都市としてはこれまた大陸有数。
 とうの昔に、かつて唯一の都市だったチマラハの街が衛星都市同然になった。カサカへの流通路である事が一番の価値などと言われているのが現状だ。

 その世界樹の番人が本気を出せば、ケイト帝国を上回る国家を建てる事だってできただろう。
 なのに番人は「俺の仕事はこの樹を守り育てる事。領土拡張したけりゃあんたの能力と責任で勝手にやってくれ」などと言って動かなかった。
 ケイト帝国から再度の帰属を求められても「別にいいよ。女房の実家とケンカはしない」と泣ける返事しかこなかった。

(こんな土地が他にあるか?)
 心で泣きつつ、カーチナガ子爵は将軍に笑いかける。
 ケイト帝国の軍を率いて戻ってきた、かつて冒険者の若造だったタリン将軍へ。
 何も考えていないちゃらんぽらんなガキだった男が、一回り大きくなった逞しい体に重厚な鎧を纏い、圧を放つ顔から鋭い眼光を向けている。
(何が互いに変わらんじゃ。お前もう別人じゃろ……)
 昔を知っている子爵は詐欺にあったような気になっていた。

 タリン将軍はマントを翻す。
「後の細かい話はウチの役人としてくれ。何人か連れてきてあるからよ」
 去ろうとする将軍の背へ、子爵は恐々と訊いた。
「あの、将軍はどこへ向かわれるので……?」
 肩越しに鋭い目がぎろりと光る。
 震える子爵へ、将軍はドスの利いた声を返した。
「個人的な用事だ」


・この時代の大陸の状勢
 頂点国スイデンを一強として、その下に二大国・四中国、さらに下に無数の小国がある。
 勢いを盛り返したケイト帝国は、かつての規模にはまだまだ遠いものの、二大国として扱われるようになっていた。

・ケイト帝国の三大将軍
 5年前、軍の再編時に現れた三人の武人。全員が異界から召喚された半人半魔の怪人でもある。
 夜の貴族・月光将軍ユーガン、紅一点・魔獣将軍レレン、地獄から蘇った戦鬼・不死将軍タリン……剣を抜けば百の兵士が屠られ、機体に乗れば千の兵機が砕けると恐れられた命知らずの猛者どもであり、その存在が引導とまで言われている。
 一説には第一皇女が命と引き換えに召喚した者達で、帝国を第二王女が治めているのはそのせいだ、とも。
……というのが首都の外に広まっている話である。


――タリン軍野営地――


「後の事は任せたぞ」
「ウス」
 タリンの指示に応えるウスラ。
 元パーティリーダーが将軍になったと聞いてすぐにケイト帝国へ渡った彼は、再編初期の軍に思惑通りコネで入る事ができた。そして目論見どおり最初からちょっとした地位を貰えてスタートダッシュをきれたのだが……

 その地位というのが将軍の親衛隊。つまりタリンの側近だった。
 タリンは昔どおり、タンク役としてウスラを雇い、己の防御壁を任せたのである。
 そしてタリンの軍の率い方が、己が先陣をきって敵軍に斬り込む物だったので――この5年、最も危険な所にずっと連れ回される事となった。
 死にそうになって泣きべそかいたのが何回か、もう数えきれやしない。正直、後悔していた。
 ケイト三大軍の親衛隊といえば、今や野心ある若者達が目を輝かせて羨む高位高給ではあるので、立身出世という見方なら結果オーライではあるのだが。

 個人の野暮用といって、タリンは愛機Sバスタードスカルに乗って野営地を去って行った。
 それを見送り、ウスラは思う。

(今さらアイツに何の用があるのかな……)
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