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2章

22 ホン侯爵家 7

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 上空で爆発を起こしたSブラスバットは真鍮色の流星となって地上に落ちた。
 落下の衝撃でバラバラになり、無残にも五体が千切れ飛ぶ。
 その頃には改造古竜ジュエラドンも、レレンとタリンが乗る2機のケイオス・ウォリアーに倒されていた。


 砕け散ったブラスバット。普通なら操縦者も生存は絶望的。
 だがユーガンはダンピール……普通の人間ではない。地表で砕けた残骸の中、全身をズタズタに裂かれおびただしい血を流しながら、よろよろと立ち上がった。人間なら絶命必至の傷は、夜空の下、徐々に塞がってゆく。

 よろめきながら残骸の間から出たユーガン。
 彼にポリアンナが駆け寄った。
「兄上! 大丈夫ですか?」
 心配と切なさが零れんばかりの義妹いもうとの目から視線を逸らし、ユーガンはポリアンナを振り払おうとした。
 だがその動作でさえ苦痛……彼の端整な顔が歪む。

 その周りへ、ケイオス・ウォリアーを降りたガイ達がやってきた。
 ユーガンは血で滑る手で苦労しながら剣を抜く。なんとか切っ先を上げはするが、もはや構えさえとれない。
 それでもその目には闘志があった。屈さぬという意思があった。


 ガイ達は互いに目くばせすると、得物を構えた。降伏も逃亡もしない、戦意を失わないなら――倒すしかない。

 だがそこへ。
 ガイ達をかき分けて入ってくる者がいた。彼は真っすぐにユーガンへ向かう。
 ユーガンの義父、ホン侯爵だった。
 皆が武器を手に殺気立つ空間を、彼は丸腰のまま、背筋を伸ばして堂々と歩く。誰も彼もが戸惑う中、侯爵は義息子むすこの眼前に……真正面に立った。

 侯爵は毅然と告げた。
「ユーガン。お前を勘当する」

「なっ!」
 驚愕するユーガン。彼は思わず剣を落とした。
 ポリアンナも悲痛に叫ぶ。
「父上……そんな!」

 そこへ響き渡る馬鹿笑い。
「ぎゃーはっはっは! 権利が一つありませんでゴネてたヤロウが、全部なくしてやがんのか! ぶわーはっはっは!」
 心底楽しそうにタリンが腹を抱えて笑っていた。高い地位と実力を持つ眉目秀麗な男が惨めな目に遭うのが嬉しいヤツはそれなりにいる物なのだ。
 まぁ側頭部をレレンに殴打されて地に付し、静かになったが。

 だがしかし。
 そんなタリンの笑い声を聞き、ユーガンは呟いたのだ。
「そうか……何も無くなったのか」
 頷くホン侯爵。
「そうだ。だからもう、本来どうだの、私達がなんだのと……気にするな。そんな事はもう考えなくていい」
 厳めしいその顔は、どこか穏やかで優しささえあった。
 そして侯爵は、今度は娘へと振り返る。
「ポリアンナ。今この時から領主はお前だ。全権を譲る」
 あまりに突然で重大な言葉に、ポリアンナは硬直してしまう。
 だが数秒経ってそれが解けるや、大声をあげていた。
「ち、父上!? 一体何を!」

 侯爵は……娘の問いには答えなかった。
 黙ってそのまま歩き去る。輪の外にいる、シャンリーの前へと。
 横を通り過ぎる侯爵の顔をガイは見た。
 厳めしい顔は固く無表情だった。
(泣いている……)
 なのになぜそう感じたのか。ガイにもわからない。

 侯爵はシャンリーの前で膝をついた。
「シャンリー様。この度の不祥事は全て私の監督不行き届きでございます。責任の全てはこの私に。いかようにも処罰ください」

「そう来ましたか」
 感心し、納得するスティーナ。
 己自身をスケープゴートにする事で、侯爵は己の家族と領地を守ろうとしているのだ。
 だが当然、それに納得する者ばかりではない。
「そ、そんな事はおかしい!」
 そう言って誰よりも焦るのは――庇われているユーガンだった。
 しかしその肩にそっと優しく手が添えられる。
「ユーガン。あの人の最後の想いを無駄にしないで」
 いつのまにか後ろにいた、義母だった。

 皆がどうなるのか見守る中。
 シャンリーは腕組みし、顎に手をあてて考え込んだ。
「困ったわね。侯爵領の処断ともなれば、色々な手続きを飛ばして軽々しく下す事なぞできないわ。都にも戻らないうちから扱いかねるわね」

「なら先にこっちの用事を済ませたいんだが」
 そこに声をかけたのは、ガイ。
 彼は聖剣を収めると、ユーガンの前へずかずかと歩く。もはや戦意も闘志も無い――それはユーガンも同じ事だが。
 そして先刻まで戦っていた相手に、極めて軽い口調……世間話でもするかのように話しかけた。
「ジュエラドンの本体、この領のどこかで管理してるんだろ。案内してくれ。倒すなり封印するなりしないといけないし、それをこの目で確認しないと帰れないぜ」
 それを聞いて頷くシャンリー。
「そうね。ユーガン、案内して」

「あの……父の件は?」
 恐る恐るポリアンナが訊くが、シャンリーは「ん?」と――軽く微笑んで――小首を傾げる。
「先に収めるべき事を済ませないと。まあ当分先になるんじゃないかしら? その当分がいつまでなのか、誰にもわからないわね」

「ほら、案内しろ」
 レレンがユーガンの背中を軽く叩く。
 その頃にはダンピールの再生能力で、ユーガンの傷はほとんど塞がっていた。
 うなだれ、小さな声で彼は呟く。
「……わかった」


 のろのろと歩き始めるユーガンについて、ガイ達も移動を始める。
 ふと、シャンリーは視線に気づいた。

 ガイだ。
 なんだか嬉しそうである。

「どうしたの?」
 シャンリーが訊くと、ガイはニッと笑った。
「根っこの部分は村にいた頃と変わってないのかな……と、思ってさ」
 シャンリーは……歩きながらもガイを見つめる。
「褒められてるんだと思っておくわ」
 彼女の方は、あまり嬉しそうではなかった。
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