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第7話

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 セルウィリアは背後からした声の方へ振り返る。
 そこに立っていたのは、背の高い青年だった。非常に端正な顔立ちをしていて、黒い髪の毛は後ろへ流れるように撫でつけられている。少し吊り上がった深い青色の瞳が快活そうな印象を受けた。
 彼女は目の前の男が誰なのか、名は聞かなくても分かった。

 青年は口角の片端を上げると、セルウィリアを見やる。
「初めまして、奥方。僕はフェリクス・ネージュだ」
「お初にお目にかかります、旦那様。わたくしはセルウィリアです」
 お互い貴族式の挨拶を交わすが、どちらも目は笑っていない。

「旦那様、帰ってこられて早々お小言は言いたくないのですけれど、事前にご連絡いただけませんでしょうか。お出迎えが出来ませんわ」
 そっけなく言うと、フェリクスは顔をくしゃくしゃにして笑う。その笑顔がどこか幼く感じた。
「出迎えは要らないさ。ところで、飾ってあるそれらは君が集めた貝殻?」
 背後にあるセルウィリアのコレクションを指差す。
「何で集めているの? まるで幼い子どものようだ」

 幼い子ども、と言われてセルウィリアは恥ずかしくなった。かぁっと顔が熱くなる。
「故国には海がありませんでしたもの。あったとしても、神代は自由に動けませんから見る事は叶わなかったでしょうし。初めて見る海と生き物が目新しく感じてしまうのです。小さい頃から海がある貴方には理解出来ないでしょうけれど」
 恥ずかしさを隠してひたすら弁明するが、ぼそぼそと話してしまう。だが、フェリクスはセルウィリアが作った貝の額縁を見て言う。

「ならネレイア海を飽きるほど楽しめば良い。子どもみたいと言ったが、僕はそういった感性は大事にすべきだと思う」
 フェリクスは大きな手をセルウィリアの頭に乗せた。ごつごつと骨ばった手が優しく彼女の頭を撫でる。子どもをあやすようだったが、自分を受け入れてもらえたような気がして、セルウィリアは嬉しくなる。

「では、他の作品もご覧になりますか?」
「それはいい」
「ところで突然どうされたのです? 手紙では帰ってくる気が無さそうでしたけど」
 フェリクスの手紙には事務的なことしか書かれておらず、きっと帰ってくるつもりはないだろうと端から思っていた。彼の帰還はセルウィリアにとって予想外の事だった。

「入籍手続きが終わった報告と自分の妻を見ておこうと思ってね」
 そう言って笑うフェリクスは、とても甘い顔をしているが、セルウィリアは怪しいと警戒をする。何か考えているのかもしれない。
「そうですか。では、わたくしは部屋に戻りますわ。御用があれば、イェリンを通してお呼びくださいませ」
 スカートの裾をつまみ、優雅に一礼をすると、フェリクスの書斎を出ようとする。

 しかし、セルウィリアを止めるように彼はぽつりと言った。

「新しい神代が決まったようだよ」
 神代。聞きなれた言葉にセルウィリアの動きがぴたりと止まる。
 もう故国とは関係がないから早く忘れて、次の人生を歩もうと思っていたのに、気になってしまうのは生まれてからずっと過ごしてきた国だからなのか。

「……誰になったのです?」
「フランチェスカ・ワズーという十四歳の少女らしい」
 出てきた姓を聞いてセルウィリアは青ざめる。
「何か知っているの?」
「……彼女は宰相グイド・ワズーの娘ですわ。優秀な魔導士とは聞いておりました」

 自分を他国に追いやり、娘を神代にするために罪をなすりつけたのか。もし、宰相の言う通り本当に国王が刺殺されていたならば。
 膨れ上がる疑問に胸が押し潰されそうになって苦しい。早く部屋に戻りたい。
「顔色が悪いようだけど、宰相と君にどんな関係があるのかな」
「国王陛下を暗殺した疑いをかけられ、公にしない代わりに帝国の貴族に嫁ぐよう言われておりました」
 セルウィリアは下を向きながら答える。フェリクスはどんな顔をしているのだろう。自分を愚かだと嗤うのだろうか。

「君が暗殺したのかな」
 彼の言葉に思わず顔を上げてしまう。必死に訴えようとして、感情が高ぶり泣くつもりはないのに涙が出てしまった。
「違います。わたくしは断じて陛下を殺めてなどいません……」
「うん。そうだろうと思った。宰相に嵌められたんだろう? 故国からの付添人も連絡を取る人もいないのか?」
 頷くとフェリクスは顎に手をやり、考え込んでいるようだった。

 ****

 フェリクスが初めて自分の妻を見た時、あまりの美しさに体が硬直してしまった事は死ぬまで覚えているだろう。
 艶やかな黒い髪は腰ほどまで伸び、彼女が動く度に光り輝きながら揺れる。振り返った顔は、整った人形のように精巧で愛らしかった。大きな目は濃い茶色をしていて、不思議そうにフェリクスをきらきらと輝く水晶玉のような瞳に映している。

 子どものように楽しそうに笑いながら貝殻を飾る妻。可愛いと思ってしまった自分を諌める。この女には悪い噂があっただろう、と。男に可愛いと思わせる事が得意なのかもしれない。男の懐に入り込んで魔導国を有利に立たせるように、命を受けている最中なのかもしれないのだぞと。警戒は怠ってはいけないと思うのに、自分の心がセルウィリアに傾きかけるのを感じていた。

 魔導国で新しい神代が決まったと話した時のセルウィリアは気の毒なほど、顔色が悪くなっていた。故国に良い思い出がないのか、それとも思い出すのが嫌になるほどの出来事があったのか。

 セルウィリアに一連の経緯を聞くと、彼の心はより彼女に興味を示す。
 彼女は帝国に売られた巫女だ。追い立てられるようにして故国を出立した。当初は間者かと睨んでいたが、彼女の態度を見ていればとてもそうとは思えない。
 彼女は何もしていない。本当の事を話しているだけだ。

 味方もいない土地にいきなり放り込まれた彼女を思うと、哀れみの感情が溢れ出てきては、この手で守ってやりたいとさえ思う。
 セルウィリアから目が離せないのは、いったいどんな魔法がかけられているのだろう?
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