2 / 33
第2話
しおりを挟む
自室に戻ったサーラを待っていたのは、1人の男性だった。
「お帰りなさいませ、サーラ様」
そう言って彼は恭しく一礼する。
「ただいま、サンスクリット」
サーラよりも濃い紫色の髪を後ろで束ね、髪と同じ色の瞳を真っ直ぐにサーラへと向ける彼は、彼女が幼い頃からの近衛騎士であり、剣術の指南役でもあった。
早くに母を亡くし、一族から見放されて生きてきたサーラの数少ない味方でもある。
「顔色が優れないようですが、お父上に何を言われたのですか?」
近衛騎士なのだから一緒に話を聞けたら良いのに、というような顔をしながらサンスクリットは尋ねる。
「わたしに縁談が決まったらしいの」
サンスクリットは一瞬、嬉しそうに目を輝かせたが、主人の表情を見て悟ったのか、硬い声音で問う。
「お相手は?」
「シュトルツ族の長だそうよ」
「獣人族ですか……。一国の姫が嫁ぐようなお相手ではありませんが……彼等は仲間には優しいと聞きます。きっと快く迎えてくれますよ」
サーラを元気付けようとサンスクリットは笑顔を浮かべて、シュトルツ族の事やシュトルヴァ領について話す。
サーラは、サンスクリットの話を遮るようにして声を振り絞る。
「異民族へ嫁ぐのが嫌というわけではないの」
湧き出る悲しみを堪えようとするが、大粒の真珠がサーラの目から零れ落ちる。
「お父様がシュトルヴァ領にはわたしとサンスクリットの2人だけで行け、と」
その言葉にサンスクリットの目が大きく見開かれる。
一般的に姫君が嫁ぐ場合、侍女と近衛騎士を数十、そして嫁入り道具と嫁ぎ先への贈り物を運ぶための馬車を何両か用意される。
イサークはサーラの輿入れに何も用意するつもりはないと意思表示をしたのだ。王家は勿論、貴族や大商人など高い地位にある父親は、娘の晴れ舞台をいかに豪華にして送り出してやれるかが重要とされる。財力をかければかけるほど、その父親の娘への愛情があるとされているのだ。
自身の末の娘でありながら、スフェール王国第5王女という肩書きを持つサーラの輿入れに何もしないという事は、嫁ぎ先であるシュトルツ族に対するスフェール王国としての体裁も、サーラへ父としての最後の仕事もどうでも良いと思えるほど、サーラと嫁ぎ先に興味がないのだろう。
たとえシュトルツ族の長が王族ではなく、少数民族の統率者であっても、数人の侍女と近衛騎士、少しの嫁入り道具はあっても良いはずだ。それなのに何もしないという。
その事がサーラにとっては辛かった。
幼少の頃から自分は姉と兄達と違い、父に愛されていないと知っていた。姉と兄達は、蔑ろにされるサーラを見て冷たく接するのは時間の問題だった。
自分は平気だと思っていても、こうも「愛されていない」ことを目の当たりにするのは辛い。
零れ落ちる涙の滴を見つめながら、もう2度と涙を流さないとサーラは思った。
「お帰りなさいませ、サーラ様」
そう言って彼は恭しく一礼する。
「ただいま、サンスクリット」
サーラよりも濃い紫色の髪を後ろで束ね、髪と同じ色の瞳を真っ直ぐにサーラへと向ける彼は、彼女が幼い頃からの近衛騎士であり、剣術の指南役でもあった。
早くに母を亡くし、一族から見放されて生きてきたサーラの数少ない味方でもある。
「顔色が優れないようですが、お父上に何を言われたのですか?」
近衛騎士なのだから一緒に話を聞けたら良いのに、というような顔をしながらサンスクリットは尋ねる。
「わたしに縁談が決まったらしいの」
サンスクリットは一瞬、嬉しそうに目を輝かせたが、主人の表情を見て悟ったのか、硬い声音で問う。
「お相手は?」
「シュトルツ族の長だそうよ」
「獣人族ですか……。一国の姫が嫁ぐようなお相手ではありませんが……彼等は仲間には優しいと聞きます。きっと快く迎えてくれますよ」
サーラを元気付けようとサンスクリットは笑顔を浮かべて、シュトルツ族の事やシュトルヴァ領について話す。
サーラは、サンスクリットの話を遮るようにして声を振り絞る。
「異民族へ嫁ぐのが嫌というわけではないの」
湧き出る悲しみを堪えようとするが、大粒の真珠がサーラの目から零れ落ちる。
「お父様がシュトルヴァ領にはわたしとサンスクリットの2人だけで行け、と」
その言葉にサンスクリットの目が大きく見開かれる。
一般的に姫君が嫁ぐ場合、侍女と近衛騎士を数十、そして嫁入り道具と嫁ぎ先への贈り物を運ぶための馬車を何両か用意される。
イサークはサーラの輿入れに何も用意するつもりはないと意思表示をしたのだ。王家は勿論、貴族や大商人など高い地位にある父親は、娘の晴れ舞台をいかに豪華にして送り出してやれるかが重要とされる。財力をかければかけるほど、その父親の娘への愛情があるとされているのだ。
自身の末の娘でありながら、スフェール王国第5王女という肩書きを持つサーラの輿入れに何もしないという事は、嫁ぎ先であるシュトルツ族に対するスフェール王国としての体裁も、サーラへ父としての最後の仕事もどうでも良いと思えるほど、サーラと嫁ぎ先に興味がないのだろう。
たとえシュトルツ族の長が王族ではなく、少数民族の統率者であっても、数人の侍女と近衛騎士、少しの嫁入り道具はあっても良いはずだ。それなのに何もしないという。
その事がサーラにとっては辛かった。
幼少の頃から自分は姉と兄達と違い、父に愛されていないと知っていた。姉と兄達は、蔑ろにされるサーラを見て冷たく接するのは時間の問題だった。
自分は平気だと思っていても、こうも「愛されていない」ことを目の当たりにするのは辛い。
零れ落ちる涙の滴を見つめながら、もう2度と涙を流さないとサーラは思った。
0
お気に入りに追加
112
あなたにおすすめの小説
ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて
木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。
前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる