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第23話

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 乾いた音と何かが飛び散った水音。重いものが地面に倒れる音。
 シャルロッテはゴーレムに視界を遮られながら、耳を覆ってもなお聞こえてくるおぞましい音に体を震わせた。
 これで全てが終わった。

 ゴーレムはゆっくりと手を除ける。
 セルジュの目の前には、布を被せられたバルトロが横たわっている。
 組員達はバルトロの遺体を移動させるが、それ以外は皆どうすれば良いのか分からないようだった。

 組織の長を亡くし、セルジュに復讐しようとする者はここにはいないだろう。彼の強さを分かっているからだ。

「お前らもシンのせいで不幸になった人々を救済するんだ。それが贖罪だと俺は思う」
 セルジュは組員達を見渡しながら告げる。
 神妙な面持ちで組員達は頷いた。シャルロッテは、彼等にセルジュの言葉が届いていることを願う。
 組員達はゆっくりとした足取りで、各々動き出す。早速シンが溜め込んだお金を何に使うのか相談する者もいる。セルジュは彼等の様子を見つめると、穏やかな表情をシャルロッテに向けた。

 ゴーレムが手を伸ばし、セルジュを抱え込む。
「助けに来てくれてありがとう」
 セルジュはシャルロッテを強く抱き締める。アルテミシアの加護で回復力が向上しているとはいえ、深い傷にはまだ修復に時間がかかっているらしく、まだ痛々しそうだった。
「二度とわたしを置いてどこかに行かないでよね」
「ごめん、もうしない」
 どこに行くのも一緒なんだから、とシャルロッテは笑う。セルジュは微笑むと、優しく口付けをする。少し離れただけで久しく感じる彼の体温。唇から伝ってくる彼の存在を体に刻み込むように、シャルロッテは何度も口付けを重ねた。

「家に帰ろう?」
 みんなが待っているあの家に。セルジュの帰る場所へ。
「うん」
 セルジュは瞳に透き通った涙を浮かべ、大きく頷いた。

 シンの屋敷を出ると、朝日が顔を出そうとしていた所だった。もう夜明けが近い。1日の事なのに何日も過ごしたような感覚がある。その分、セルジュと離ればなれになったようだった。

「それにしても、シンはあんなに大きな犯罪組織なんだったら国に睨まれるなんて事ないのかしら」
 ゴーレムが2人を森へと運んでいる際、シャルロッテは隣に寝そべるセルジュに問う。
 眠たそうな顔でセルジュが教えてくれる。
「国に毎月金を払ってるからだよ。国は金を受け取る代わりにシンを見逃していたんだ。王族の中にはシンが栽培する薬物を購入していた者もいたらしい」
「ほんっと腐ってるわね、この国は……」
 呆れたようにため息をつくシャルロッテ。セルジュは朗らかに笑うと、シャルロッテの頬を撫でる。

「過去の記憶を取り戻した時、俺はこんなにも罪を重ねた手で君に触れていたんだと思うと、君の前から消えた方が良いんじゃないかって何度も葛藤した」
 優しく指先で頬を撫でる。壊れ物に触れるように、大切なものを扱うように。
「消えようとした時、君と過ごした日々が鮮明に甦ってきて俺の足を踏み止ませた。最愛の人の傍を離れるのは体を裂かれるより辛かったんだ」

 セルジュは穏やかな口調で告げる。

 シャルロッテとの日々が自分にどれだけ幸福を与えていたか。これからもずっと傍に居たい。彼女を守りながら罪を償おう。その前に過去と決着を付けなければならない。そうやってシンの拠点に向かったが、バルトロに脅され手足が出なかった。

 シャルロッテに指一本でも触れられる事が耐えられない。シンならどんな手を使ってでもシャルロッテを襲おうとするだろう。セルジュが戻れば彼女はシンから解放される。自分がいるから彼女が不幸になるのではないか。彼女の事を考えれば消えた方が良いはず。

 幾度となく殴られ蹴られて、激しい暴力を振るわれてもシャルロッテが無事でいればそれで良いと思っていた。
 ――彼女を愛している。
 再度自覚した時、シャルロッテが助けにやって来た。

「その時、神の思し召しかもしれないって思ってね。君の隣に居ることを許されているんじゃないかって思う俺は自分勝手過ぎると思うけど……」
「今まで自分を犠牲にして、心の声を押し殺して耐えてきたんだもの。報われたって良いんじゃないかしら? 貴方が奪った命は戻って来ないけど、咎を背負って生きていくと決めたもの。死を選ぶよりも厳しい道のりを選んだ貴方の償いは、いつかきっと天に届くと思う」
 セルジュは彼女の頭を優しく撫でた。

「ずっと傍に居る。愛してる、シャルロッテ」
「わたしもよ」
「落ち着いたらどこかへ旅しに行っても良いかもしれないね。いつの日か旅をしたいって言ってたろ?」
 セルジュは笑った。2人はゴーレムの手の平で語り合う。いつまでも笑い合いながら。
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