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第2話
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青年は、三日三晩熱を出してしまい、うなされていたが、シャルロッテの甲斐甲斐しい看病のお陰で、順調に回復していった。
「傷口も塞がったし、熱も下がったし、意識が戻るのを待つだけね……」
シャルロッテは濡れた清潔な布で彼の体を拭く。
鍛え上げられている筋肉質な体格。何かの手術痕のような大きな傷。
どうして怪我をしていたのか、どうしてこんなにも傷だらけの体なのか。聞きたいことはたくさんあるが、彼の意識が戻るまで見守るしかない。
『やあ、シャルロッテ。また、そいつの面倒見てるのかい?』
「あらデューク、おはよう」
窓にやって来た小さなお客にシャルロッテは微笑む。
『そいつの事はおいらにはどうでも良いけど。ところでさ、最近街の方が何だか物騒になってきてるみたいなんだ』
頬袋にたくさん木の実を詰め込みながらデュークは話す。
『おっかねえ奴等がうろうろし始めてるみたいだぜ。シャルロッテも街に行くときは気をつけてな』
「ご忠告ありがとう、デューク」
シャルロッテは、フィオーレの森で大抵の物をまかなっている。しかし、布や砂糖、金属製の物などシャルロッテでは作れない、手に入らないものに関しては街に行く必要がある。
街で買い物をするのに必要な金銭も、森で採れた珍しい物と引き換えに稼いでいるので、街の治安が良くないというのは気になる所だ。
それに、シャルロッテが大好きな本も街に行かないと手に入らない。読書が趣味のシャルロッテにとって、街は切り離せない存在なのだ。
「もしかしたらこの人も、そのおっかない人に襲われたのかもしれないわね……」
「……ん」
ふと青年がうめき声をあげる。だんだんと意識がはっきりとしてきたのか、瞼がゆっくりと開かれた。
黄みを帯びた少し暗めの不思議な赤の瞳。戸惑ったように辺りに視線をさ迷わせ、やがてシャルロッテを捕らえた。
「君は……?」
「わたしはシャルロッテ。このフィオーレの森に住んでいるの。そして、森で倒れていた貴方を見つけてここに連れてきたのよ」
青年は体を起こそうとするが、頭部が痛むのだろう、顔をしかめた。シャルロッテは、彼が起き上がりやすいように体を支えてやる。
「森に倒れて……?」
青年は自分がどうなったのか分からないようだった。何故、ここにいるのかも理解出来ていないのだろう。
「そうよ。傷だらけだったのよ、貴方。何をしてそうなったのか知らないけど……ところで名前は?」
「僕はセルジュ・フライハイト」
「良い名前だわ。どこから来たの?」
セルジュは考え込むように黙った。そして、分からないというように、左右に首を振る。
「覚えて……ない?」
シャルロッテはセルジュに問うと、彼は静かに頷いた。
「どうして森にいたのか、何で傷だらけなのか……そもそも、僕はどこの誰で何をしていたのかさえ、分からないんだ」
怯えた子どものように恐怖でいっぱいの瞳。
「僕には名前しかない」
セルジュは真っ直ぐシャルロッテを見る。
「そう……頭部に酷い傷があったから、おそらくそれが原因なのだわ。多分あれは殴られた痕だと思う」
多量の出血があったほどの大きな傷。転倒して頭を打ったとは思えなかった。
「記憶喪失になるくらい強い衝撃が与えられた可能性があるわ。脳内で出血を引き起こしているかもしれないから、しばらくは安静にしておいて」
気分が悪くなればすぐに言うのよ、と付け加えるとセルジュは素直に頷いた。
「僕は……ここに居ても良いの?」
不安げにシャルロッテを見る彼は、迷子になった子どものようだった。
「ええ、勿論よ」
こうして、シャルロッテと記憶を失ったセルジュとの生活が始まった。
「傷口も塞がったし、熱も下がったし、意識が戻るのを待つだけね……」
シャルロッテは濡れた清潔な布で彼の体を拭く。
鍛え上げられている筋肉質な体格。何かの手術痕のような大きな傷。
どうして怪我をしていたのか、どうしてこんなにも傷だらけの体なのか。聞きたいことはたくさんあるが、彼の意識が戻るまで見守るしかない。
『やあ、シャルロッテ。また、そいつの面倒見てるのかい?』
「あらデューク、おはよう」
窓にやって来た小さなお客にシャルロッテは微笑む。
『そいつの事はおいらにはどうでも良いけど。ところでさ、最近街の方が何だか物騒になってきてるみたいなんだ』
頬袋にたくさん木の実を詰め込みながらデュークは話す。
『おっかねえ奴等がうろうろし始めてるみたいだぜ。シャルロッテも街に行くときは気をつけてな』
「ご忠告ありがとう、デューク」
シャルロッテは、フィオーレの森で大抵の物をまかなっている。しかし、布や砂糖、金属製の物などシャルロッテでは作れない、手に入らないものに関しては街に行く必要がある。
街で買い物をするのに必要な金銭も、森で採れた珍しい物と引き換えに稼いでいるので、街の治安が良くないというのは気になる所だ。
それに、シャルロッテが大好きな本も街に行かないと手に入らない。読書が趣味のシャルロッテにとって、街は切り離せない存在なのだ。
「もしかしたらこの人も、そのおっかない人に襲われたのかもしれないわね……」
「……ん」
ふと青年がうめき声をあげる。だんだんと意識がはっきりとしてきたのか、瞼がゆっくりと開かれた。
黄みを帯びた少し暗めの不思議な赤の瞳。戸惑ったように辺りに視線をさ迷わせ、やがてシャルロッテを捕らえた。
「君は……?」
「わたしはシャルロッテ。このフィオーレの森に住んでいるの。そして、森で倒れていた貴方を見つけてここに連れてきたのよ」
青年は体を起こそうとするが、頭部が痛むのだろう、顔をしかめた。シャルロッテは、彼が起き上がりやすいように体を支えてやる。
「森に倒れて……?」
青年は自分がどうなったのか分からないようだった。何故、ここにいるのかも理解出来ていないのだろう。
「そうよ。傷だらけだったのよ、貴方。何をしてそうなったのか知らないけど……ところで名前は?」
「僕はセルジュ・フライハイト」
「良い名前だわ。どこから来たの?」
セルジュは考え込むように黙った。そして、分からないというように、左右に首を振る。
「覚えて……ない?」
シャルロッテはセルジュに問うと、彼は静かに頷いた。
「どうして森にいたのか、何で傷だらけなのか……そもそも、僕はどこの誰で何をしていたのかさえ、分からないんだ」
怯えた子どものように恐怖でいっぱいの瞳。
「僕には名前しかない」
セルジュは真っ直ぐシャルロッテを見る。
「そう……頭部に酷い傷があったから、おそらくそれが原因なのだわ。多分あれは殴られた痕だと思う」
多量の出血があったほどの大きな傷。転倒して頭を打ったとは思えなかった。
「記憶喪失になるくらい強い衝撃が与えられた可能性があるわ。脳内で出血を引き起こしているかもしれないから、しばらくは安静にしておいて」
気分が悪くなればすぐに言うのよ、と付け加えるとセルジュは素直に頷いた。
「僕は……ここに居ても良いの?」
不安げにシャルロッテを見る彼は、迷子になった子どものようだった。
「ええ、勿論よ」
こうして、シャルロッテと記憶を失ったセルジュとの生活が始まった。
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