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異世界放浪篇
第28話 剣戟の狂想曲
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「シノア君、今だ!」
「はい!」
アルクの弓がドラゴサウルスの足に命中し、動きを止める。
その隙を逃さずシノアが刀で斬り掛かる。
出会って1時間ほどだが、2人の息はぴったりと合っていた。
「グゥォォォォン…」
シノアの刀により切り裂かれたドラゴサウルスは咆哮を上げながら絶命した。
肩で息をするシノアに、アルクは解体ナイフを渡しながら話しかける。
「お疲れ様。まさか、たった2人でB+ランクのドラゴサウルスを狩れるなんて思わなかったよ」
「ありがとうございます。1人だったら確実に死んでたと思います…」
シノアはギルドマスターの顔を思い出しながら解体を始め、テキパキと持ち帰る分を切り分ける。
解体が終わると汗を拭い、討伐の証拠になる牙をアルクへ渡す。
「どうぞ、これ牙と食用の肉です。硬い部分は取り除いてるので食べやすいですよ」
「すごい腕だな…魔物に対する知識も相当か…すぐにランクも追い越されそうだ」
シノアの解体の腕を褒めながら肉と牙を受け取り、鞄に直すアルク。
フードを被り直し、森へと向き直る。
「俺はこれから依頼を2つ消化しないといけないんだが…君はどうする?」
「そうですね…この近くにギルドマスターから行くように指示されている場所があるので行ってみようと思います」
シノアが言った場所は切り立った崖を降りた所にある洞窟のことだ。危険な場所のため、現地民すら立ち寄らないそこに行くようにという指示が冒険者手帳に書かれていたのである。
「そうか…なんなら俺もついて行こうか?」
「いえ…一人で行くように…と書かれているので…」
「そうか、じゃあここでお別れかな」
そう言うとアルクはシノアの方を向き、手を差し出した。
「いい出会いだったよ。この先も気をつけて」
その手を両手で握り、微笑むシノア。
「こちらこそありがとうございました!とても楽しい時間でした」
その返答に満足そうに笑ったアルクは手を振りながら森へと姿を消した。
しばらくアルクが去っていった方を見守ったシノアは、気持ちを切り替え洞窟へと向かい始める。
これから自分が何と出会うのかも知らずに。
◇◇◇
「ここの下か…」
シノアは現在、切り立った崖の淵にいた。
冒険者手帳に描かれた無駄に丁寧な地図を頼りにここまでやってきたのだ。
崖の下を覗いてみるが崖下の海まで垂直で切り立っており、途中にある洞窟に行くのはほぼ不可能に思える。
「とりあえず、刀を突き刺しながら降りるかな…」
この世界に来て思考がだんだんと荒々しくなっているシノアは、いくら頑丈とはいえ貰い物の刀をとんでもないことに使おうとしていた。
シノアが自分の案を実行に移そうと刀を鞘から抜いた瞬間、シノアの意識は闇に飲まれた。
◇◇◇
「…うっ…こ、こは…」
鼻につく嫌な血の匂いで目を覚ましたシノアは自分が水辺に倒れていることに気付き、ゆっくりと体を起こす。周囲は霧で包まれており1メートル先も見えない。
「はぁ…一体ここは…ど、こ…」
顔を拭った瞬間さらに濃厚になる血の匂いに違和感を覚え、目を開けると自身の手が真っ赤に染まっていることに戦慄を覚えた。
そして、恐る恐る足元を見ると足首のあたりまで侵食していたのは水ではなく、紛れもない血であったことに気付くと声にならない悲鳴をあげる。
「ひっ…な、なんだこの血の量は…」
霧で隠れてはっきりとは見えないが少なくとも直径1メートルの範囲に血が満ちているのだ。2.3人殺した程度ではこの量にはならないだろう。
「とにかく、戻らないと…」
立ち上がり、霧で包まれた中を感覚を頼りに進んでいく。
場所どころか方角すらはっきりとしない場所をしばらく彷徨うシノア。
しばらくして、足に何かが触れたことに気付き下を向く。
「これは…桜…?」
シノアの足に触れたのは薄紅色の桜の花びらだった。
花びらを拾い手のひらに乗せた次の瞬間、景色は一変する。
周辺の散策を阻害していた霧は嘘のように消え去り、どこまでも続く青空と血の海が広がっていた。そこにあるのは人影のみ、それ以外は何もない。
茫然と立ち尽くすシノアに突然、声が掛けられる。
「あら、久しぶりね、元気だったかしら?」
聞き覚えのない声に戸惑い聞こえたほうを向くシノア。
そこには美しい桜色の着物を纏った美女がいた。目を閉じたままシノアの方を向き、漆のように艶めく黒髪を贅沢に背に垂らしている。
女性のこちらを知っているような口ぶりに思わず疑問を口にするシノア。
「あの…久しぶりというのは…?」
シノアの疑問に違和感を覚えた女性は目をゆっくりと開きシノアを見た。
その視線に捉えられたシノアは身動き、いや呼吸すら忘れるほどの衝撃を覚えた。
目を開いた女性の美しさは、閉じていた蕾を開かせた一凛の百合のごとき儚さ、獅子のような力強さという差異を同時に持ち合わせるという矛盾を成し得ていた。
だが、何よりもシノアが惹き付けられたのはその目だ。
桜色という言葉がふさわしい瞳は桜の形をした瞳孔を宿していた。そして、その目からは隠す気のない殺気が駄々洩れだった。
「あら、ごめんなさい。知り合いと勘違いしてしまったみたい。その刀を持っていたから」
シノアの持つ刀を見つめ、首を傾げる女性は人外の美しさだった。
そんな彼女を目の当たりにしているシノアは、彼女から発せられる殺気に中てられ必死に震えを抑えていた。
「こ、この刀は貰い物です」
「あら、そうだったの…ごめんなさいね」
少し残念そうに顔を曇らせると再び目を閉じ、溜息をつく。
「でも、せっかく来たのだから─」
そう言うと口元を釣り上げ、シノアに向けて殺気を放つ。
「少し私と死合をしましょうか」
その言葉に身構えるシノアだったが、一瞬で間合いを詰められ気付けば彼女はシノアの後方へと移動していた。
(いつの間ッ─!)
突然肩に走った痛みに思わず片膝を着くシノア。触れるとそこから出血しており先程の一瞬で切り付けられたことが発覚した。
「あら、肩を砕くつもりだったのだけど…あの一瞬で無意識に肩を落としたのね」
シノアの無意識下の動きを賞賛し、少し驚いたような言葉を口にする。
しかし、次の瞬間には笑みをより深め恐ろしい言葉を発する。
「だったらもう少し強く行くわよ」
その言葉にもう覚悟を決めるしかないと、刀を抜くシノア。
斬られた肩に痛みが走るが、死の恐怖の前にそんなものは些細なことだ。
そして刀を構え、彼女に斬り掛かる。
だが、シノアの攻撃は僅かばかり鞘から抜かれた刀により受け止められる。
「あら、加減してくれているの?」
シノアの温い攻撃に思わず片眉を上げた彼女だったが、シノアの刀を持つ手と足が僅かに震えているところを見て察する。
「そう、人を斬ったことがないのね」
遠回しに恐れている、と言われているような気分になり思わず唇を噛むシノア。
だが、彼女はそんなシノアに優しげな視線を向けた。
「坊や、責めているわけじゃないわ。人を斬ることを躊躇うことが出来るのは人間としての尊厳を失っていない証拠よ」
その言葉にシノアが思わず反論する。
「っ…だけど、この世界では…躊躇すれば、大切なものを失う」
嘗て自分が躊躇ったことで失いかけた大切な命の重みをシノアは忘れてはいない。
そんなシノアを慈しみに満ちた表情で見つめる彼女は、フィリアに通ずるものが感じ取れた。
「そうね、だから時には斬らなければならない。だけど、その躊躇いを失ったら人ではなくなる。斬る側から斬られる側に鞍替えよ」
優しげな笑みを湛えたまま、シノアの目を見てハッキリと言い放った。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね」
その言葉と共に刀をしまい、軽くお辞儀をする。
「私の名は紅桜。昔は有名だったけれど今ではあまり知られていないかしらね」
突然の自己紹介に戸惑っていたシノアだったが、紅桜に倣い名を告げる。
「きょうご…いえ、シノアといいます」
「苗字と呼ばれるモノかしら?召喚者なのね、坊やは」
何故それを、と聞きたかったシノアだったが紅桜に再び殺気が宿ったことで聞きそびれてしまう。
「さて、自己紹介も終わったことだし…始めましょうか」
そして再び、剣戟の響きが血の海を揺らした。
「はい!」
アルクの弓がドラゴサウルスの足に命中し、動きを止める。
その隙を逃さずシノアが刀で斬り掛かる。
出会って1時間ほどだが、2人の息はぴったりと合っていた。
「グゥォォォォン…」
シノアの刀により切り裂かれたドラゴサウルスは咆哮を上げながら絶命した。
肩で息をするシノアに、アルクは解体ナイフを渡しながら話しかける。
「お疲れ様。まさか、たった2人でB+ランクのドラゴサウルスを狩れるなんて思わなかったよ」
「ありがとうございます。1人だったら確実に死んでたと思います…」
シノアはギルドマスターの顔を思い出しながら解体を始め、テキパキと持ち帰る分を切り分ける。
解体が終わると汗を拭い、討伐の証拠になる牙をアルクへ渡す。
「どうぞ、これ牙と食用の肉です。硬い部分は取り除いてるので食べやすいですよ」
「すごい腕だな…魔物に対する知識も相当か…すぐにランクも追い越されそうだ」
シノアの解体の腕を褒めながら肉と牙を受け取り、鞄に直すアルク。
フードを被り直し、森へと向き直る。
「俺はこれから依頼を2つ消化しないといけないんだが…君はどうする?」
「そうですね…この近くにギルドマスターから行くように指示されている場所があるので行ってみようと思います」
シノアが言った場所は切り立った崖を降りた所にある洞窟のことだ。危険な場所のため、現地民すら立ち寄らないそこに行くようにという指示が冒険者手帳に書かれていたのである。
「そうか…なんなら俺もついて行こうか?」
「いえ…一人で行くように…と書かれているので…」
「そうか、じゃあここでお別れかな」
そう言うとアルクはシノアの方を向き、手を差し出した。
「いい出会いだったよ。この先も気をつけて」
その手を両手で握り、微笑むシノア。
「こちらこそありがとうございました!とても楽しい時間でした」
その返答に満足そうに笑ったアルクは手を振りながら森へと姿を消した。
しばらくアルクが去っていった方を見守ったシノアは、気持ちを切り替え洞窟へと向かい始める。
これから自分が何と出会うのかも知らずに。
◇◇◇
「ここの下か…」
シノアは現在、切り立った崖の淵にいた。
冒険者手帳に描かれた無駄に丁寧な地図を頼りにここまでやってきたのだ。
崖の下を覗いてみるが崖下の海まで垂直で切り立っており、途中にある洞窟に行くのはほぼ不可能に思える。
「とりあえず、刀を突き刺しながら降りるかな…」
この世界に来て思考がだんだんと荒々しくなっているシノアは、いくら頑丈とはいえ貰い物の刀をとんでもないことに使おうとしていた。
シノアが自分の案を実行に移そうと刀を鞘から抜いた瞬間、シノアの意識は闇に飲まれた。
◇◇◇
「…うっ…こ、こは…」
鼻につく嫌な血の匂いで目を覚ましたシノアは自分が水辺に倒れていることに気付き、ゆっくりと体を起こす。周囲は霧で包まれており1メートル先も見えない。
「はぁ…一体ここは…ど、こ…」
顔を拭った瞬間さらに濃厚になる血の匂いに違和感を覚え、目を開けると自身の手が真っ赤に染まっていることに戦慄を覚えた。
そして、恐る恐る足元を見ると足首のあたりまで侵食していたのは水ではなく、紛れもない血であったことに気付くと声にならない悲鳴をあげる。
「ひっ…な、なんだこの血の量は…」
霧で隠れてはっきりとは見えないが少なくとも直径1メートルの範囲に血が満ちているのだ。2.3人殺した程度ではこの量にはならないだろう。
「とにかく、戻らないと…」
立ち上がり、霧で包まれた中を感覚を頼りに進んでいく。
場所どころか方角すらはっきりとしない場所をしばらく彷徨うシノア。
しばらくして、足に何かが触れたことに気付き下を向く。
「これは…桜…?」
シノアの足に触れたのは薄紅色の桜の花びらだった。
花びらを拾い手のひらに乗せた次の瞬間、景色は一変する。
周辺の散策を阻害していた霧は嘘のように消え去り、どこまでも続く青空と血の海が広がっていた。そこにあるのは人影のみ、それ以外は何もない。
茫然と立ち尽くすシノアに突然、声が掛けられる。
「あら、久しぶりね、元気だったかしら?」
聞き覚えのない声に戸惑い聞こえたほうを向くシノア。
そこには美しい桜色の着物を纏った美女がいた。目を閉じたままシノアの方を向き、漆のように艶めく黒髪を贅沢に背に垂らしている。
女性のこちらを知っているような口ぶりに思わず疑問を口にするシノア。
「あの…久しぶりというのは…?」
シノアの疑問に違和感を覚えた女性は目をゆっくりと開きシノアを見た。
その視線に捉えられたシノアは身動き、いや呼吸すら忘れるほどの衝撃を覚えた。
目を開いた女性の美しさは、閉じていた蕾を開かせた一凛の百合のごとき儚さ、獅子のような力強さという差異を同時に持ち合わせるという矛盾を成し得ていた。
だが、何よりもシノアが惹き付けられたのはその目だ。
桜色という言葉がふさわしい瞳は桜の形をした瞳孔を宿していた。そして、その目からは隠す気のない殺気が駄々洩れだった。
「あら、ごめんなさい。知り合いと勘違いしてしまったみたい。その刀を持っていたから」
シノアの持つ刀を見つめ、首を傾げる女性は人外の美しさだった。
そんな彼女を目の当たりにしているシノアは、彼女から発せられる殺気に中てられ必死に震えを抑えていた。
「こ、この刀は貰い物です」
「あら、そうだったの…ごめんなさいね」
少し残念そうに顔を曇らせると再び目を閉じ、溜息をつく。
「でも、せっかく来たのだから─」
そう言うと口元を釣り上げ、シノアに向けて殺気を放つ。
「少し私と死合をしましょうか」
その言葉に身構えるシノアだったが、一瞬で間合いを詰められ気付けば彼女はシノアの後方へと移動していた。
(いつの間ッ─!)
突然肩に走った痛みに思わず片膝を着くシノア。触れるとそこから出血しており先程の一瞬で切り付けられたことが発覚した。
「あら、肩を砕くつもりだったのだけど…あの一瞬で無意識に肩を落としたのね」
シノアの無意識下の動きを賞賛し、少し驚いたような言葉を口にする。
しかし、次の瞬間には笑みをより深め恐ろしい言葉を発する。
「だったらもう少し強く行くわよ」
その言葉にもう覚悟を決めるしかないと、刀を抜くシノア。
斬られた肩に痛みが走るが、死の恐怖の前にそんなものは些細なことだ。
そして刀を構え、彼女に斬り掛かる。
だが、シノアの攻撃は僅かばかり鞘から抜かれた刀により受け止められる。
「あら、加減してくれているの?」
シノアの温い攻撃に思わず片眉を上げた彼女だったが、シノアの刀を持つ手と足が僅かに震えているところを見て察する。
「そう、人を斬ったことがないのね」
遠回しに恐れている、と言われているような気分になり思わず唇を噛むシノア。
だが、彼女はそんなシノアに優しげな視線を向けた。
「坊や、責めているわけじゃないわ。人を斬ることを躊躇うことが出来るのは人間としての尊厳を失っていない証拠よ」
その言葉にシノアが思わず反論する。
「っ…だけど、この世界では…躊躇すれば、大切なものを失う」
嘗て自分が躊躇ったことで失いかけた大切な命の重みをシノアは忘れてはいない。
そんなシノアを慈しみに満ちた表情で見つめる彼女は、フィリアに通ずるものが感じ取れた。
「そうね、だから時には斬らなければならない。だけど、その躊躇いを失ったら人ではなくなる。斬る側から斬られる側に鞍替えよ」
優しげな笑みを湛えたまま、シノアの目を見てハッキリと言い放った。
「そういえば、自己紹介がまだだったわね」
その言葉と共に刀をしまい、軽くお辞儀をする。
「私の名は紅桜。昔は有名だったけれど今ではあまり知られていないかしらね」
突然の自己紹介に戸惑っていたシノアだったが、紅桜に倣い名を告げる。
「きょうご…いえ、シノアといいます」
「苗字と呼ばれるモノかしら?召喚者なのね、坊やは」
何故それを、と聞きたかったシノアだったが紅桜に再び殺気が宿ったことで聞きそびれてしまう。
「さて、自己紹介も終わったことだし…始めましょうか」
そして再び、剣戟の響きが血の海を揺らした。
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※諸事情によりしばらく連載休止致します。
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