上 下
6 / 10
第一章 二度目の人生

しおりを挟む

 明琳は自分の寝台に荷物を置くと、薄暗い部屋の中を見渡した。

 部屋には寝台が二つと机が二つ。お風呂や厠所は共同だ。

 明琳は荷物を慣れた位置に収めると、巫宮の奥にある図書房へと向かった。

 ここには、この国の歴史を記した書物や巫術、占星術、植物学や鉱物学まで、ありとあらゆる国中の書物が収められている。

 その上、宮廷に仕える人間であれば、料金を払うこともなく書庫の書物が全て自由に借りられる。もちろん巫女もその対象だ。

「よしっ」

 前回の生では、図書房を知ったのはここに来てからだいぶ経った後だった。

 その時はなんで早く知らなかったんだろうと後悔したけど、今回は一日目から徹底的に利用してやろう。

 前回は失敗してしまったけれど、今回は猛勉強をして実力をつけ、何がなんでも炎巫にならなくちゃ。

 そう明琳は決心をした。

「よいしょっと。少し借りすぎたかしら」
 
 明琳が持てるだけの書物を手に図書房から戻ると、部屋の前に一人の小柄な少女の姿が見えた。

 部屋の前を自信なさげに往復する赤いおさげ髪。

 クリクリとした丸い目が可愛いあの子は――。

「こんにちは。もしかして、同室のかたですか」

 明琳が声をかけると、おさげの少女は小さな肩を小鹿のように震わせ、振り返った。

「あの、私、梅梅メイメイと申します。お散歩が趣味で……その辺をウロウロしているうちに迷ってしまって、もしかして同じ巫女候補の方ですか?」

 梅梅は明琳より一つ歳下の十六歳の巫女。

 同じく炎巫候補として巫宮入りし、一度目の人生でも明琳と同じ部屋であった。

「私は紅明琳。梅梅……さんとは同じ部屋なの。よろしくね」

「は、はいっ。よろしくお願いします!」

 梅梅はおさげ髪をふるわせ、ぴょこんと頭を下げる。

 明琳の胸になんとも言えない感情がこみ上げてくる。

 うわあ、この感じ、懐かしいなあ。

 炎巫候補生になる条件は三つ。

 一、十代の少女であること。
 二、髪が赤いこと。
 三、巫力ふりょくと呼ばれる予知能力や透視能力、火を操る能力を持つこと。
 
 明琳を含め、この三つの条件に当てはまる十六人の少女が炎巫候補として宮殿に呼ばれ、考試を受けることになるのだけれど、梅梅もそのうちの一人。

 梅梅は前回、一度目の試験で脱落していなくなってしまうけれど、それまでは二人でこの部屋で暮らしていた。

 一度目は人見知りをして中々声をかけられず、仲良くなるのに時間がかかったけど、今回はもっと仲良くなりたいものだと明琳は思う。

「よいしょ」

 明琳が勢いよく机に書物を置くと、梅梅は目を丸くした。

「それどうしたの」

 明琳は悪いことをしたわけでもないのに早口になって説明した。

「ああ。これ図書房から借りてきたの。ほら、私、田舎から出てきたし、他の人より勉強しないと追いつけないと思って」

「ええっ、すごいです」

 感動したような目で私を見る梅梅。

「すごいです、明琳。意識が高いのですね! 私なんて、親に言われるがまま、流されるようにここに来たのに。尊敬します!」

 梅梅が尊敬の眼差しで明琳を見つめる。

「そ、そう?」

 明琳は頭をかいて横を向いた。

 弱ったな。別に自分はそんなに凄いわけではないのに。

 明琳自身、一度目の人生の時は特に目的もなくここに来ていた。

 むしろそういう人の方が大多数だと思う。

 けれど今回はそうは言っていられない事情があるのだ。

「別に大したことないよ」

 明琳は苦笑いをして机に向かうと、占星術の本を開いた。

 明琳はただ救いたいだけだった。

 自分の命を、家族の人生を。そしてこの国の行く末を。

 ***

 巫宮に入ったその日から、明琳の猛勉強が始まった。

 巫女の選考期間は半年で、その間に考試は二度行われる。

 巫宮に入ってから三月みつき後、一回目の考試の結果で十六人いた炎巫候補生が八人に絞られる。

 そのさらに三月みつき後、その中から一人の炎巫が選ばれる。

 炎巫は巫長の占いで決定されるため、必ずしも成績上位者とも限らないけれど、勉強しておくに越したことはない。

 明琳が再び机に向かおうとした時、梅梅の声がした。

「んー、取れない」

 その声を聴いた瞬間、前回の人生での光景が明琳の頭に蘇ってきた。

 そういえば前回は、部屋で荷物を整理している時に地震が起こったのだった。

 地震の影響で、棚の荷物を取ろうとした梅梅は、倒れてきた棚に手を挟まれて捻挫してしまう。

 そうだ、思い出した。

 その手の怪我のせいで、梅梅は勉学にも少し遅れを取って、最初の考試にも落ちてしまうんだった。

 明琳が慌てて梅梅のほうを振り返ると、ぐらぐらと地面が揺れた。

 地震だ!

 目の前の棚がゆっくりとこちらへ倒れてくる。

「危ないっ」

 明琳は慌てて梅梅に抱きつくと、そのまま横に転がった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う

ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。 煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。 そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。 彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。 そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。 しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。 自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。

後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜

菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。 私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ) 白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。 妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。 利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。 雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。

九尾の狐に嫁入りします~妖狐様は取り換えられた花嫁を溺愛する~

束原ミヤコ
キャラ文芸
八十神薫子(やそがみかおるこ)は、帝都守護職についている鎮守の神と呼ばれる、神の血を引く家に巫女を捧げる八十神家にうまれた。 八十神家にうまれる女は、神癒(しんゆ)――鎮守の神の法力を回復させたり、増大させたりする力を持つ。 けれど薫子はうまれつきそれを持たず、八十神家では役立たずとして、使用人として家に置いて貰っていた。 ある日、鎮守の神の一人である玉藻家の当主、玉藻由良(たまもゆら)から、神癒の巫女を嫁に欲しいという手紙が八十神家に届く。 神癒の力を持つ薫子の妹、咲子は、玉藻由良はいつも仮面を被っており、その顔は仕事中に焼け爛れて無残な化け物のようになっていると、泣いて嫌がる。 薫子は父上に言いつけられて、玉藻の元へと嫁ぐことになる。 何の力も持たないのに、嘘をつくように言われて。 鎮守の神を騙すなど、神を謀るのと同じ。 とてもそんなことはできないと怯えながら玉藻の元へ嫁いだ薫子を、玉藻は「よくきた、俺の花嫁」といって、とても優しく扱ってくれて――。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

月宮殿の王弟殿下は怪奇話がお好き

星来香文子
キャラ文芸
【あらすじ】 煌神国(こうじんこく)の貧しい少年・慧臣(えじん)は借金返済のために女と間違えられて売られてしまう。 宦官にされそうになっていたところを、女と見間違うほど美しい少年がいると噂を聞きつけた超絶美形の王弟・令月(れいげつ)に拾われ、慧臣は男として大事な部分を失わずに済む。 令月の従者として働くことになったものの、令月は怪奇話や呪具、謎の物体を集める変人だった。 見えない王弟殿下と見えちゃう従者の中華風×和風×ファンタジー×ライトホラー

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

処理中です...