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4.お姉様と水の都セシル

120.お姉様と悪魔に魅入られた男

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「お姉様ーっ! 見て見て! 海が眩しいよ!」

 海の悪魔との一戦を終えた俺とモアは、海を間近に見下ろせる浜辺の宿屋で一夜を過ごした。

 俺は太陽の降り注ぐ海を見ながらはしゃぐモアに目を細める。

「ああ、そうだな」

 幸せな朝だ。

 そうしてモアと海の向こうに煌めく朝日を見ていると、コンコン、とドアがノックされた。

「はい?」

 ドアを開けると、そこに立っていたのはベルくをだった。

「ベルくん?」

「入っていい?」

 口元に少し笑みを作るベルくん。だが、その目元は真剣だ。

「ああ」

「どうぞ、空いてるところに座って!」

 モアにうながされ、ベルくんは硬い木でできたイスに腰掛ける。

「どうしたんだ? こんな早くから」

 俺がたずねると、ベルくんは半ズボンの端をギュッと握った。

「実は、冒険者を辞めて城に帰ろうかと思って」

 話を聞くに、あの海底神殿で余程怖い思いをしたらしい。
 海の悪魔と戦い、何もできなかったこと。俺たちとの力の差も目の当たりにしたこと。色々なことが重なり、ベルくんは冒険者を辞めることを決意したのだという。

「姉さんにも心配かけたし」

「そっか。それがいいかもな」

「うんうん」

 ベルくんを海底神殿から救い出し、あとはどうやって城に戻るように説得しようかと思っていたが、これで一件落着だな。

「じゃあ、そういうわけだから」

 帰ろうとしたベルくん。

「あ、そう言えば」

 俺はその背中に向かって、ずっと疑問に思っていたことをぶつけてみた。

「海のダンジョンの壁の仕掛けがあっただろ? あれの解き方、どうやって分かったんだ?」

 十二支がギミックとして使われていたあの仕掛け扉。あれを解いたのはどうしてなのか――

「ああ、あれ?」

 ベルくんはキョトンとした顔をする。

「うちに――セシル王家に古くから伝わる『十二匹の動物の伝説』を使って解いたんだ。昔母さんが教えてくれて――」

「そうだったのか」

 なるほど、セシル王家に「あちらの世界」と似たような伝説が伝わっていたのか。これは偶然だろうか。

 俺がそんなことを考えていると、ベルくんは、すくっと立ち上がり、手を振った。

「じゃあ僕はこれで帰るね。じゃあね、お姉様」

「ああ、元気でな」

 パタンとドアが閉まる。

「ん? お姉様??」

 俺は首をひねった。





 そして俺たちは宿をチェックアウトすると、オディルの家へと向かった。

「どうしたんだモア、そんなにソワソワして」

 尋ねる俺に、モアは眉を釣り上げる。

「だって、お姉様に何かあったら大変だもの!」

「何かって」

「あの人、お姉様にあんな事やこんな事するに違いないよ! エロ同人みたいに!! うわーーーん!!」

 あんな事やこんな事って何だ。というか、この世界にもエロ同人なんてものがあるのか!?

「おっ、ここか」

 そうこうしている間に、目的の住所に辿り着く。

 所々はげかかった白い壁。ぼうぼうに生えた雑草。街の中心地から少し離れた住宅街にオディルの家はあった。

「こんなでかい一軒家に住んでるのか」

「家族がいるとか?」

「そういう風には見えなかったけどなあ」

 とりあえずドアをノックしてみる。
 少しの間の後にドアが開く。

「良く来たね」

 オディルが無表情に顔を出す。

「まぁ、入りな」

「おじゃましまーす」

 モアと俺は、そろりと部屋へと足を進める。

 酷く散らかっていて、雑然としている室内。

「一人暮らしか? 家族とかは」

「お前はこれが嫁さんと住んでる家に見えるのか?」

 顔を引きつらせるオディル。

「いや、すまん」

 俺は話題を変えようと、部屋の隅に転がる大きな箱を指差した。

「これは引越しの準備か?」

「ああ。今、持っていく物と捨てるものを分けていたんだ」

 巨大な箱をボンボンと叩くオディル。

「そうそう。今日君を呼んだのは、引越しの手伝いをしてもらうためだ」

「なぁんだ」

 エロ同人じゃなかった。ほっと胸を撫で下ろす。

 それにしても、この町を去るつもりなのか。一体どうして。

「この布は何だ?」

 俺は部屋の隅に積んである布の山に目をやった。

「これは趣味の手芸に使う予定だった布だ」

「しゅ、趣味? 内職とかじゃなくて?」

「ああ。別に料理や手芸が趣味の男がいても構わないだろう?」

「いや、別にいいけどさ」

「余ってるからスカートでも作ってやろうか? お前の服はいつも似たような味気のないものばかりだから」

「別にいい」

 誰がいつも同じような服ばかり着てる女だよ、失礼な。

 部屋に散らばった荷物をまとめていく。

「そう言えば、あの時どうやって海底から脱出したんだ? 怪我は……」

 俺が尋ねると、オディルは手に持っていた布を置いた。

「ああ、その話か」

 何か思いつめたような表情のオディル。

「そうだね。君たちならこの話を信じてもらえるかと思って話すけど……これを見てくれ」

 神妙な顔をしたオディルが手渡してきたのは、金色の指輪だった。そこに掘られていたのは、角の生えた悪魔。

「まさか」
「お姉様、これって――」

 驚く俺たちに向かって、オディルは淡々と話し始める。

「俺がまだ普通の人間だったころ――俺はとあるダンジョンに挑んだ。そのダンジョンは魔王支配時代に、上級悪魔が居城として使っていたものらしく、高難度だったがなんとかクリアして」

 悪魔?

 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

「ダンジョンクリアしたのは良いものの、俺は瀕死の重症を負ったんだ。そこで俺はダンジョン内で見つけた指輪で悪魔を呼び出して怪我を直してもらったんだが……」

 オディルは立ち上がり台所へと向かった。その手には果物ナイフ。

「おい、何だよ」

 嫌な予感がして立ち上がると、オディルはその果物ナイフを自分の腕に突き刺した。

「キャーッ!」

 モアが目を覆う。

「うげっ」

 俺も思わず固まってしまう。が――

「傷が」

 俺の目の前でナイフが刺さり真っ赤な血が吹き出ていたはずの腕。そこには傷口が全く無かった。

「俺は体が傷ついてもすぐに塞がるし、痛みもそんなに感じない。簡単に言うと不老不死なんだ」

「不老不死!?」

「ふーむ?」

 俺たちが驚いていると、鏡の悪魔が興味深げにモアの影から出てくる。

「なあ鏡の悪魔、そんな風に人を不老不死にしちまう悪魔なんているのか?」

 俺が尋ねると鏡の悪魔は即答する。

「沢山いる」

「そんなにいるの!?」

「とは言え、居城を持つほどの大悪魔といえばそんなに数は多くないが」

「そうなのか」

「なあ、鏡の悪魔とやら、あんたなら、俺を不老不死にした悪魔の正体や居場所を知ってるんじゃないか!?」

「知らん」

 即答する鏡の悪魔。
 俺は思わずずっこけそうになった。

「でも鏡ちゃんは悪魔なんでしょ?」

 モアが尋ねるも、鏡の悪魔はペロリと舌を出す。

「妾たち悪魔はお互い干渉し合わない決まりになっていてな。余程親しい間柄でなければ互いに居場所を知らせることも無い」

「ましてや妾は先の大戦では早々に封印されたので大戦後に他の悪魔がどうなったかは殆ど知らぬしな」

「そうなのか」

 本で読んだことがある。『大戦』というのは約600年前、魔族と人間との間で起こった戦いのことだ。

 この戦いでは、魔王討伐のために、後に勇者と呼ばれる若者たちがパーティーを組み、魔王を打ち払い、人間軍が勝利を収めた。

 この時、鏡の悪魔を初めとする多くの悪魔が封印されたのだという。

「でも、悪魔に願いを叶えてもらうには、代償がいるんじゃ?」

「ああ。恐らくダンジョンの魔物達を殺すことでダンジョン内に瘴気が満たされ悪魔召喚に相応しい魔力が集まったのじゃろう」

「じゃあ、ダンジョンの魔物が上手いこと生贄になったってワケか」

「とりあえず、そんなわけで俺は一つの町に長くは居れない。早々に引っ越すからな」

「そっか」

 まあ、俺たちもいつ兄さんや爺やが追っ手を寄越すか分からないから、ひとつの街には長く居れないんだけどな。

 そんな話をしながら、俺たちはオディルの荷物をまとめ、馬車に積み込んだ。

「これでよしっと」


 馬車に乗り込んだオディルが念を押す。

「じゃあこれで。くれぐれも不老不死のことは周りに内緒にするようにね?」

「分かってる」

 俺たちが手を振るとオディルはニヤリと笑ってこう言った。

「ああ――そうそう。こちらも君が元男だってことは黙っておくから」

「――――ッ」

 顔が見る見るうちに熱くなっていくのが分かった。

 な、何でバレたんだよっ!
 鏡の悪魔が記憶操作したんじゃないのか!?

「お、おう、じゃあまた」

 俺は平静を装ってぎこちなく手を振る。こうして、俺たちはオディルの家を出た。

「なんかビックリしたね、お姉様」

「ああ、そうだな」

 鏡の悪魔や海の悪魔の他にも悪魔がいる――そしてはるか昔に封印された彼らのような悪魔が、これからどんどん目覚めようとしているのかもしれない。

 そう思うと、なんだかゾッとしたのだった。
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