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4.お姉様と水の都セシル

105.お姉様と二人の船長

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 そして翌日。

「たのもー」

 何やら騒がしいと思ったら、ロレンツがグレイス海賊団の前で大声を張り上げているではないか。

 その後にはオディルとベルくんもいる。

 それを見つけた船員がギョッとして奥に引っ込む。

 やがて船員に引っ張られ、メリッサが姿を現す。

「何しに来たのよ!?」

「グレイスを出してくれへん?」

 呑気な声で尋ねるロレンツ。

「ダメだ! 男は帰れ!」

 ピシャリと跳ね除けるメリッサ。
 そうだそうだと女たちの声援が上がる。

 ロレンツはヤレヤレと首を振った。

「あんたみたいな下っ端じゃあ、埒が明かん。グレイスに話を通してくれへん?」

「な、なんですって!?」

 激昴するメリッサ。その肩を、後から掴んだのはグレイスだ。

「客人を中に案内しろ」

 冷たい瞳で言い放つグレイス。

「で、ですが」

「私の命令が聞けないのか?」

「は、はい、ただいまご案内します」

 メリッサが渋々俺たちを船内に案内する。

 船長室の隣にある応接間に通された俺たちは、緊張しながらグレイスが来るのを待った。

 やがてグレイス、マリンちゃん、メリッサ、そしてアンとモア、俺の六人が部屋に入ってきてテーブルを囲んだ。

 要するに、今回の登場人物がほぼ全員揃った訳だ。
 
「いやあ、美女に囲まれて壮観やなあ」

 ロレンツ船長がいつもの様に軽口を叩く。

「世辞はいい」

 冷たく突っぱねるグレイス船長。

「何のために来た? 目的は何だ?」

 睨みつけるグレイス船長の瞳を、ロレンツ船長は軽く受け流す。

「おうおう、おっかないなぁ。俺はただ、この子らがあんたに用があるっちゅーから、危ないと思ってついてきたんや。この船は女豹揃いやさかい」

 グレイス船長のあの鋭い視線を受け流すなんて、流石ロレンツ船長と言ったところか。

「ほれ」

 ロレンツ船長がベルの背中を叩く。

「ほ、ほれって?」

「ベルくん、何かそちらの船長に渡したい物があって来たんやろ?」

 にこやかに言うロレンツ船長。
 ベルくんはおずおずとグレイス船長に琥珀の指輪渡した。

 グレイス船長はその指輪をじっと見ると

「ご苦労だった」

 と言って宝石箱にそれをしまうと、代わりに金色のメダルと鎖で出来たペンダントをベルに渡す。

「良くやった。これが望みの品だ」

 ベルくんはチラリとペンダントを確かめると、腰の袋にしまい込んだ。

「確かに、望みの品です」

 ベルの望みの品はそれだったんだな。

「え、どういう事です?」

 メリッサが慌てる。グレイスは表情を動かさずに淡々と説明した。

「こいつには、向こうの船にスパイとして潜入してもらっていたんだ」

「そうだったんですね」

 そうか、ベルくんが向こうの船に忍び込んでいたことはアンとグレイス船長しか知らなかったんだっけ。

「いやはや、二人とも、希望の品を手に入れられて、良かったなぁ」

 ケラケラと笑うロレンツ船長。その呑気な顔をキッとグレイスは睨んだ。

「で? これで私の用は済んだ。あんたがここに来た目的は?」

「俺の目的はこれや。マリンちゃん」

 ロレンツがマリンに呼びかけると、全員の目がマリンに向く。

 マリンは赤くなり、モジモジとすると、懐から小さなダイヤがキラリと光る銀の指輪を取り出し、ロレンツに渡した。

「マリンちゃん」

「お前まさか、向こうの船と通じて!?」

 グレイス船長が立ち上がり、マリンの胸ぐらを掴む。

「ごめんなさい! 私、前みたいにグレイス船長とロレンツ船長が仲良くして欲しくて!」

 マリンが頭を下げる。

「お前」

「まあまあ船長!」

 メリッサが止めに入る。
 そうか、こちらの情報をロレンツ海賊団側に漏らしていたのはマリンだったのか。でも、どうして。

「お前のそういう喧嘩っ早いところは昔とちっとも変わらんな」

 ため息をつくロレンツ。

「昔からって」

 モアがメリッサに尋ねる。
 メリッサは小声で答えた。

「あの二人は元々幼馴染みで、元恋人同士なの。婚約もしていたのよ」

「余計なことを言うな!」

 顔を真っ赤にして一喝するグレイス船長。

 聞けば、グレイスが探していたあの指輪は、幼い頃にロレンツから貰った思い出の品なのだという。

「なるほど」

 でも待てよ。二人の思い出の品をそんなに必死になって探すってことは、まだグレイス船長にはその気があるということか?

「あの指輪を必死で探しとるっちゅーことを密かにマリンちゃんから聞いた俺は、これは行けるんちゃうかと思って、代わりにこのダイヤの指輪を用意したんや」

 ヤレヤレと首を振るロレンツ。

「けど、その指輪もいつの間にか無くなってもーて。まさか両方とも鳥が盗んどったなんて思わんかったわ」

 呑気に笑うロレンツ。
 グレイス船長は顔をますます赤くして答える。

「いけるって何じゃいこのドアホウ!! 誰があんたなんかとやり直すっちゅーねん!!」

 先程までの喋り方とは違い、方言丸出しで感情を顕にし、机を叩くグレイス。

「分かった、分かった」

「分かっとらん! あんたは全然分かっとらん! 昔からそうや!!」

 痴話喧嘩を始める二人。

 でも、もうギスギスした雰囲気はない。昔からの仲間が痴話喧嘩してる、そんな感じだ。

「二人がこうなったらもう止まらないわ。あなた達はもういいわよ」

 マリンちゃんがモアたちに耳打ちする。

「じゃあ」
「遠慮なく」

 モアと俺、オディル、ベルの4人は、この隙に部屋を出た。

「あの二人、結局元の鞘に戻るんじゃ無いかな」

「ああ、そうかもな」

 グレイスは、昔ロレンツから貰った指輪を探していた。
 ロレンツは、グレイスの為に新たに買った指輪を探していた。
 それぞれ違うものを手に入れようと競ってたけど、目指す場所は一緒のはずだ。

 思えば壮大な痴話喧嘩だぜ!

「そう言えばお姉様、例のものは?」

 モアが俺の顔をチラリと見る。

「ああ。ちゃんとここに」

 俺はピンクサファイアのブローチをモアに渡した。

「君たちの探していた物ってそれなの?」

 オディルがきょとんとする。
 ベルくんがチラリとこちらを見やる。

「君たちの狙いはそれだったんだね。まさかそのブローチまで盗まれてたとは」

「そのブローチ?」

 何か、このブローチを前々から知ってるような物言いだけど。

 ため息をつくベルくん。

「その様子だと、まだ気づいて無いみたいだね。僕はセラスの弟べルーク。君たちの従兄弟だよ」

 えっ!? ベルくんがセラスの弟??

 そう言えば、初めてあった時から、ベルくんはモアに似ていると思った。それは、俺たちの従兄弟だったから!?

「まさか、従兄弟同士なのに気づかないなんて」

 大きなため息をつくベルくん。

「いや、だって最後にここに来たのは十年以上前で、今までほとんど会ったこと無かったし、セラスに弟がいたなんてすっかり忘れてたんだよ!」

「モアもセシルに来たこと無かったし、セラスの顔すら見たことなかったから、知らなかった」

 慌てて弁解する俺とモア。

「まあいいけどさ」

 ベルくんは、指輪と引き換えにグレイスから返してもらったネックレスを取り出した。

「このネックレスは、元々僕がセラス姉さんから盗んだものだったんだ。でもある日、間違ってそのブローチと一緒に船に乗せられて」

「海賊団に襲われたってわけか」

「うん。これにはセラス姉さんの名前が入ってる。他に渡ったらまずいと思って、他のお宝はいいからこれだけは取り戻したいと思ったんだ」

 ベルくんは金色のペンダントを俺に手渡してくる。

「これはそのブローチを姉さんに渡す時に一緒にあなたからセラス姉さんに返してくれないかな。僕は城に戻るつもりはないから」

「そうなの?」

「うん。僕は冒険者になると決めたんだ」

 胸を張るベルくん。
 なんだろう。王族のくせに冒険者になりたがるのは血筋なのだろうか。

「まあ、それは良いけどさ」

 俺は手の中で光るペンダントを見つめた。
 何やら、 ペンダントトップの金色のメダルが二つにズレている。

「あれ、中に何か」

「どうしたの? お姉様」

 モアと一緒にペンダントを除きこむ。
 中に入っていたのは、肖像画だった。
 俺は小さく息を飲み込んだ。

 そこには金髪で緑の目の少年が描かれていた。
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