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4.お姉様と水の都セシル

84.お姉様と船室

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「お姉様たちの部屋はここですよ!」

 アンに案内され船室に入る。木でできた真新しい室内。モアが声を上げた。

「わぁ」

「二人はあたいと同じ部屋です。こっちがあたいのベッドで、お姉様とモアちゃんはそっち」

 アンは二段ベッドが二個置いてあるうちの一つを指さす。狭いが、思ったより清潔で過ごしやすそうだ。

「四人部屋なのに三人しかいないのか?」

「そうですよ。ついこの間までもう一人居たんですが、ちょっと今は訳あって居なくて」

「ふーん」

「お姉様、二段ベッドの上がいい? 下がいい? それとも一緒に寝る?」

モアが部屋の中央でくるくる回る。

「一緒に寝る♡」

 俺が答えると、アンが苦笑する。

「いいなぁ。あたい、一人っ子だから姉妹とかいませんし」

「そうなんだ」

「大丈夫だよ!」

 モアが笑う。

「アンちゃんはお姉様の妹になったんだから、モアたちと姉妹みたいなものだよ!」

「そうですね、ありがとうございます」

「あっ、でもお姉様の一番の妹はモアだから!」

 どうやらモアはいくら妹が増えようと自分が妹の中で一番だということで、俺に妹が出来るのを許容しているらしい。

 確かに、一位の座が揺るがないのであれば、いくら他に妹が増えようと、むしろ自分の地位が上がるだけなのかもしれない。

「ねっ、お姉様」

「ああ、モアはいつだって特別で、一番だ」

「そうですか」

 微笑むアン。

「ところで、お二人には他に兄弟はいないのですか?」

「ああ、兄さんが一人いるけど、どうしてだ?」

 するとアンが不思議そうな顔をした。

「......そうですか。三人兄弟。羨ましいです」

 俺とモアは顔を見合わせた。
 ……何だ? この反応は。





 部屋に荷物を置いた俺たちは、今度は船内を案内してもらった。

 どうやら船は一番上がマストのある甲板と操舵室、その下には船長や副船長の部屋と大浴場、それから食堂と調理室があり、最下部には倉庫と俺たちのような下っ端全員の船員の部屋があるという三層構造になっているらしい。

「この船には何人くらいの海賊がいるんだ?」

 俺はアンに尋ねた。

「えーと、20人くらいかな」

「結構若い船員が多いの?」

「そうだね。グレイスさまが30代前半で、それより上はそんなにいないと思う。出来たばっかりの海賊団ですし」

 グレイスって若く見えたけど30代だったのか。てっきり20代かと。

「すごーーい。お風呂もあるんだ!」

 モアが大浴場を見て目を輝かせる。

 そこにあったのは、檜作りの10人くらいは入れそうな大浴場だった。

「風呂場も綺麗だな」

「ええ、改修したばかりだから、下手したら安い客船なんかよりかはずっと綺麗ですよ」

 アンが入浴時間や船内のルールを説明していると、若い女海賊たちがわらわらとやってきた。

「船を汚すような汚らしい男どもはいないからな」
「本当、男って不潔よねぇー、臭いし汚いし」
「それに比べてグレイス船長やメリッサ様の美しくて強いことと言ったら」

 どうやらグレイスは随分船員に慕われているようだ。

「まだ夕方なのに、混んでるんだな」

「今の時間に入浴をする人も多いんですよ。夜は混雑しますから」

 アンが教えてくれる。

「へぇ、そうなのか」

「お姉様、私たちも今入る?」

「それでしたら、こちらにタオルがありますよ。晩餐までまだ時間はありますし」

 そんな風に俺たちが風呂場の前で話していると、後から尻を撫でられる。

「ふぇ!!?」

「あーら、あなた達もお風呂?」

 振り返ると、そこに居たのは風呂上がりと思しきメリッサだ。桃色に染まった肌。濡れた髪が肩にかかっていて妙に色っぽい。

 彼女は右手で俺の、左手でアンの尻を揉み御満悦といった表情で微笑む。
 
「メリッサ様!」

 アンが顔を真っ赤にする。

「あら、船の中なら良いって言ったじゃない!」

 ケラケラと笑うメリッサ。
 アンは涙目でメリッサを睨みつける。

「では、明日の朝出港しますが、それまでは自由時間なので、好きに過ごしていてください。それでは私はこれで!」

 そそくさと去っていくアン。

「あらあら、可愛いこと!」

 メリッサは可笑しそうにケラケラと笑う。と、俺たちに向かってウインクした。

「じゃあ、私もこれで。ここのお湯はいいわよ。ごゆっくり!」

 ヒラヒラと手を振り去っていくメリッサ。
 俺たちは顔を見合わせた。

「じゃあお言葉に甘えて、お風呂に入ろっか」

「ああ」





「あー、いいお湯だったぜ」

 俺は浴室から出るとぺたぺたと船内の廊下を歩いていた。

 モアはもう少し居ると言ったのだが、俺はすぐにのぼせてしまうので先に出てきたのだ。

「あれ?」


 考え事をしながら歩いていると、部屋に戻るはずだったのにいつの間にか外の甲板に出てしまっていた。

「まずい。道に迷った」

 とりあえず来た道を引き返そうとした時、船を出て町の方へと走っていくポニーテールが見えた。

「アン?」

 これから晩餐だというのに、どこへ行くんだ?

 アンの険しい表情に何となく胸騒ぎがした俺は、持ち前の脚力で三階建ての建物ほどもある船から飛び降り、港に着地した。

「さてアンは……いたっ」

 曲がり角を曲がるポニーテール。俺は慌ててその後を追った。
 アンは人気のない裏通りを周りを確認しながら小走りで駆けていく。
 俺は気づかれないよう遠くから尾行した。

 アンが立ち止まったのは、人気のない路地裏だった。

 大きな酒樽に身を隠し、アンの様子を探っていると、黒いスカーフで顔を隠した黒づくめの小柄な女の子がアンに駆け寄り何かの紙を渡し去っていく。

 あれは……

 アンに何かの紙を渡すと、人目を避けるように去っていく銀髪の少女。その少女と俺の目が、一瞬だけ会う。

 銀の髪。射抜くような、ブルーの瞳。

 俺は思わず彼女の進行方向へ回り込みその跡を追いかけた。
 居た。去っていく黒づくめの少女。全速力で後を追うと、俺はその手を掴んだ。

 ギョッと見開かれる瞳。

 ――その顔は、モアそっくりだった。

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