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1.一匹と一人、転生する
0.犬と共に去りぬ
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トテ、トテ、トテ。
目の前をモコモコのお尻が歩く。
フリ、フリ、フリ。
左右に揺れるくるくる尻尾。
ああ。可愛いなぁ。
愛犬との散歩――それは人生において最も偉大な至福の時間である。
今、日本は空前のペットブーム。
数年前には、飼われている犬猫の数が、十五歳以下の子供の数をとうとう上回った。
だけれども、親バカかも知れないが、そんな星の数程いるペットの中でも柴犬というのは格別な味わいがあると思う。
日本人のDNAに刻まれた素朴さ。凛々しさ。そして――
ぷり、ぷり、ぷり。
ああ、このお尻よ。
うっとりとサブローさんのお尻に見とれていると、俺の視線に気づいたサブローさんは振り返って首を傾げる。
「クン?」
俺の中の可愛さバロメーターが爆発する。
「ああっ……可愛い! お前はなんて可愛いんだッ!!」
目の前の茶色いモフモフを抱き上げ、自分の頬を擦りつける。
産まれたてみたいにホワホワした毛。
落ち葉のような香ばしい匂い。
くるくる尻尾に、引き締まった肛門。
お尻の周りのモコモコした白い毛。
可愛らしい肛門――
ああああああああぁぁぁ!
「可愛い……可愛い!!」
柴犬というのはどうしてこんなに可愛いのだろう。まさに神が作った芸術品。
「ママーわんちゃん」
「シッ、近寄っちゃいけません!」
ハアハア言いながら犬にスリスリする俺が不審者に見えたのか、女の子の手を母親が慌てて引っ張っていく。
「ハッ、駄目だ駄目だ、つい興奮してしまった」
我に返り、サブローさんを地面に下ろす。
「どうも犬の事となると我を忘れてしまうな。注意しないと」
申し遅れたが、俺こと柴田犬司《しばたけんじ》は大の犬好きだ。
犬の魅力に取り憑かれて早十数年。
その犬への愛は、モフモフにまみれた大学生活を送りたいという一心で、偏差値を1年で20上げ、親にも学校にも絶対に無理だと言われていた大学の獣医学部にも合格したほど。
俺も来月からは晴れて大学生。憧れの大学生活に思いを馳せる。
「ふふふ、沢山動物に触れるんだろうなあ」
俺がモフモフにまみれたを大学生活を夢見ながら曲がり角を曲がると、突然目の前にヌッと黒い柴犬が現れた。
「わっ」
咄嗟にサブローさんのリードを短くする。
普段は人に会わないように誰もいない早朝に散歩をするのだが、春休みだからって散歩の時間を遅めにしたのが裏目に出たか。
ドギマギしていると、飼い主の女の子がニコニコしながら言う。
「あ、大丈夫ですよー、うちの子、大人しいので」
ニコリと笑うセーラー服の女の子。
いや、そっちが大人しくても、うちの犬が何かするかもしれないしだな。
噛んだりしないかハラハラしながら見守っていると、サブローさんは自分の倍くらいの大きさの黒柴に普通に近づき挨拶をした。
「わあ、お友達になったみたいですね」
ナヌッ。早すぎないか? まさかサブローさん、リア獣?
「可愛いですねー。お名前は?」
微笑む女の子。可愛い。
だが勘違いしてはならない。犬の飼い主というものは、基本的に犬にしか興味は無い。
犬の散歩中に「お名前は」と聞かれたら、それは100%犬の名前を尋ねている。
「さ、サブローさんって言うんです」
「サブローさん。可愛い~!」
女の子がサブローさんの背中を撫でるとサブローさんは気持ちよさそうな顔をした。
「うちの子はムギっていうんです!」
ニコリと微笑むムギちゃんの飼い主。
「可愛いなぁ。ムギちゃん」
俺もムギちゃんの背中を撫でる。広い背中。同じ柴犬だけどサブローさんより一回り大きい。
ムギちゃんは尻尾を振って俺の手を舐めた。うーん、キャワイイ!!
俺は赤の方が好きだけど、黒柴もいいな。茶色い眉毛がたまらん。キリッとしてて可愛くて最高だ。毛艶もいいしまだ若いんだろうな。
「じゃあ、私はこれで。ありがとうございましたー」
ペコリと頭を下げて去っていく女の子の後ろ姿を見送る。近所の高校の制服。これから補修か何かで学校に行くのだろうか。
「お友達が出来て良かったなぁ、サブローさん」
良かった。初めて会った人や犬と仲良くできるなんて、サブローさんは俺みたいなコミュ障ぼっちじゃないんだ。
ちなみにだが、俺はと言えば、家族以外の女性とまともに話したのは数年ぶりである。
自慢じゃないが、俺には生まれてこのかた彼女が出来たことがないし、女友達もいない。というか、男友達すらあまり居ない。
何故なのかはよく分からない。顔はそんなに悪くないと思う。背だって割と高いし、頭も運動神経も悪くないと思う。
他に考えられる要因としては俺のコミュニケーション能力に問題があるのではないかということぐらい。
だけど今日は初対面の女の子と普通に話せた。ということは、俺はコミュ障じゃないのかもしれない。
いや――
「もしかするとサブローさんと一緒だったから上手く話せたのかもしれないな」
犬を連れていると緊張せずに人と話すことができる。
相手もたまたま犬好きだったから、それで上手くいったのかもしれない。
「サブローさんのおかげだな。犬の散歩をしていたおかげで、犬好きな人に会えた」
交差点。信号が青になる。
横断歩道をゆっくりと渡りだす。
「もしかして、サブローさんを連れていれば、これから散歩友達が沢山できるかもしれないな」
揺れる茶色い尻尾。
「今までは他の犬を避けてきたけど、今度からは遅めの時間に散歩してもいいかもな。犬の集まる公園なんかにも――」
頭に輝かしい未来を思い浮かべる。
丁度来月から大学生だし、これから沢山犬友達ができるんじゃないかという、淡い期待を。
だけど――
「――危ない!」
響き渡るブレーキ音。
大きなトラックが、俺たちの方へと突っ込んでくる。
咄嗟にサブローさんを抱きかかえる。
――が。
俺はそこで、動物にまみれた理想の大学生活を送ることも、犬好きの友達が出来ることもなく一生を終えたのであった。
◇◆◇
「ハッハッハッ」
「あーよちよち、可愛いでしゅねー」
そして目が覚めると、目の前で知らない金髪の女がサブローさんを撫でていた。
「サブローさん?」
呟くと、サブローさんは耳をピクリと動かし、尻尾を激しく振りながらこちらに向かってきた。
「わはは、くすぐったい!」
俺の顔をベロベロ舐めてくるサブローさん。その首元をワシャワシャ撫でていると、金髪女が冷たい声で言った。
「あら柴田、目を覚ましたのね?」
何だこいつ。一体誰だ?
見たことない女だ。金髪に青い目。外国人だろうか。一度見たら忘れないほどの整った顔立ちだが、見覚えがない。
それに白い薄布一枚をバスローブみたいに羽織っただけで何とも妙な格好だ。露出狂だろうか?
女はカツカツと俺の側まで歩いてくると、腕組みをし、俺を見下ろしながら言った。
「単刀直入に言うわ。あなたは死んだの。これから異世界に転生して魔王を倒してきて貰うわ!」
……はい?
--------------------------------------------
◇柴田のわんわんメモ🐾
◼柴犬
小さな立ち耳に巻き尾が特徴の日本原産の小型犬。天然記念物に指定されている6犬種の内の一つで、縄文時代からその姿がほとんど変わっていないとされる。被毛は赤、黒、白、胡麻など。性格は飼い主に忠実で警戒心が強い。今年の人気犬種ランキングでは5位。
目の前をモコモコのお尻が歩く。
フリ、フリ、フリ。
左右に揺れるくるくる尻尾。
ああ。可愛いなぁ。
愛犬との散歩――それは人生において最も偉大な至福の時間である。
今、日本は空前のペットブーム。
数年前には、飼われている犬猫の数が、十五歳以下の子供の数をとうとう上回った。
だけれども、親バカかも知れないが、そんな星の数程いるペットの中でも柴犬というのは格別な味わいがあると思う。
日本人のDNAに刻まれた素朴さ。凛々しさ。そして――
ぷり、ぷり、ぷり。
ああ、このお尻よ。
うっとりとサブローさんのお尻に見とれていると、俺の視線に気づいたサブローさんは振り返って首を傾げる。
「クン?」
俺の中の可愛さバロメーターが爆発する。
「ああっ……可愛い! お前はなんて可愛いんだッ!!」
目の前の茶色いモフモフを抱き上げ、自分の頬を擦りつける。
産まれたてみたいにホワホワした毛。
落ち葉のような香ばしい匂い。
くるくる尻尾に、引き締まった肛門。
お尻の周りのモコモコした白い毛。
可愛らしい肛門――
ああああああああぁぁぁ!
「可愛い……可愛い!!」
柴犬というのはどうしてこんなに可愛いのだろう。まさに神が作った芸術品。
「ママーわんちゃん」
「シッ、近寄っちゃいけません!」
ハアハア言いながら犬にスリスリする俺が不審者に見えたのか、女の子の手を母親が慌てて引っ張っていく。
「ハッ、駄目だ駄目だ、つい興奮してしまった」
我に返り、サブローさんを地面に下ろす。
「どうも犬の事となると我を忘れてしまうな。注意しないと」
申し遅れたが、俺こと柴田犬司《しばたけんじ》は大の犬好きだ。
犬の魅力に取り憑かれて早十数年。
その犬への愛は、モフモフにまみれた大学生活を送りたいという一心で、偏差値を1年で20上げ、親にも学校にも絶対に無理だと言われていた大学の獣医学部にも合格したほど。
俺も来月からは晴れて大学生。憧れの大学生活に思いを馳せる。
「ふふふ、沢山動物に触れるんだろうなあ」
俺がモフモフにまみれたを大学生活を夢見ながら曲がり角を曲がると、突然目の前にヌッと黒い柴犬が現れた。
「わっ」
咄嗟にサブローさんのリードを短くする。
普段は人に会わないように誰もいない早朝に散歩をするのだが、春休みだからって散歩の時間を遅めにしたのが裏目に出たか。
ドギマギしていると、飼い主の女の子がニコニコしながら言う。
「あ、大丈夫ですよー、うちの子、大人しいので」
ニコリと笑うセーラー服の女の子。
いや、そっちが大人しくても、うちの犬が何かするかもしれないしだな。
噛んだりしないかハラハラしながら見守っていると、サブローさんは自分の倍くらいの大きさの黒柴に普通に近づき挨拶をした。
「わあ、お友達になったみたいですね」
ナヌッ。早すぎないか? まさかサブローさん、リア獣?
「可愛いですねー。お名前は?」
微笑む女の子。可愛い。
だが勘違いしてはならない。犬の飼い主というものは、基本的に犬にしか興味は無い。
犬の散歩中に「お名前は」と聞かれたら、それは100%犬の名前を尋ねている。
「さ、サブローさんって言うんです」
「サブローさん。可愛い~!」
女の子がサブローさんの背中を撫でるとサブローさんは気持ちよさそうな顔をした。
「うちの子はムギっていうんです!」
ニコリと微笑むムギちゃんの飼い主。
「可愛いなぁ。ムギちゃん」
俺もムギちゃんの背中を撫でる。広い背中。同じ柴犬だけどサブローさんより一回り大きい。
ムギちゃんは尻尾を振って俺の手を舐めた。うーん、キャワイイ!!
俺は赤の方が好きだけど、黒柴もいいな。茶色い眉毛がたまらん。キリッとしてて可愛くて最高だ。毛艶もいいしまだ若いんだろうな。
「じゃあ、私はこれで。ありがとうございましたー」
ペコリと頭を下げて去っていく女の子の後ろ姿を見送る。近所の高校の制服。これから補修か何かで学校に行くのだろうか。
「お友達が出来て良かったなぁ、サブローさん」
良かった。初めて会った人や犬と仲良くできるなんて、サブローさんは俺みたいなコミュ障ぼっちじゃないんだ。
ちなみにだが、俺はと言えば、家族以外の女性とまともに話したのは数年ぶりである。
自慢じゃないが、俺には生まれてこのかた彼女が出来たことがないし、女友達もいない。というか、男友達すらあまり居ない。
何故なのかはよく分からない。顔はそんなに悪くないと思う。背だって割と高いし、頭も運動神経も悪くないと思う。
他に考えられる要因としては俺のコミュニケーション能力に問題があるのではないかということぐらい。
だけど今日は初対面の女の子と普通に話せた。ということは、俺はコミュ障じゃないのかもしれない。
いや――
「もしかするとサブローさんと一緒だったから上手く話せたのかもしれないな」
犬を連れていると緊張せずに人と話すことができる。
相手もたまたま犬好きだったから、それで上手くいったのかもしれない。
「サブローさんのおかげだな。犬の散歩をしていたおかげで、犬好きな人に会えた」
交差点。信号が青になる。
横断歩道をゆっくりと渡りだす。
「もしかして、サブローさんを連れていれば、これから散歩友達が沢山できるかもしれないな」
揺れる茶色い尻尾。
「今までは他の犬を避けてきたけど、今度からは遅めの時間に散歩してもいいかもな。犬の集まる公園なんかにも――」
頭に輝かしい未来を思い浮かべる。
丁度来月から大学生だし、これから沢山犬友達ができるんじゃないかという、淡い期待を。
だけど――
「――危ない!」
響き渡るブレーキ音。
大きなトラックが、俺たちの方へと突っ込んでくる。
咄嗟にサブローさんを抱きかかえる。
――が。
俺はそこで、動物にまみれた理想の大学生活を送ることも、犬好きの友達が出来ることもなく一生を終えたのであった。
◇◆◇
「ハッハッハッ」
「あーよちよち、可愛いでしゅねー」
そして目が覚めると、目の前で知らない金髪の女がサブローさんを撫でていた。
「サブローさん?」
呟くと、サブローさんは耳をピクリと動かし、尻尾を激しく振りながらこちらに向かってきた。
「わはは、くすぐったい!」
俺の顔をベロベロ舐めてくるサブローさん。その首元をワシャワシャ撫でていると、金髪女が冷たい声で言った。
「あら柴田、目を覚ましたのね?」
何だこいつ。一体誰だ?
見たことない女だ。金髪に青い目。外国人だろうか。一度見たら忘れないほどの整った顔立ちだが、見覚えがない。
それに白い薄布一枚をバスローブみたいに羽織っただけで何とも妙な格好だ。露出狂だろうか?
女はカツカツと俺の側まで歩いてくると、腕組みをし、俺を見下ろしながら言った。
「単刀直入に言うわ。あなたは死んだの。これから異世界に転生して魔王を倒してきて貰うわ!」
……はい?
--------------------------------------------
◇柴田のわんわんメモ🐾
◼柴犬
小さな立ち耳に巻き尾が特徴の日本原産の小型犬。天然記念物に指定されている6犬種の内の一つで、縄文時代からその姿がほとんど変わっていないとされる。被毛は赤、黒、白、胡麻など。性格は飼い主に忠実で警戒心が強い。今年の人気犬種ランキングでは5位。
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