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5.魔王様と桃色の使い魔

33.魔王様と巨人

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 そういえば先程左の道に行ったモモちゃんが戻ってきていない。何かあったのか?

「まさか、モンスターにやられて?」

 モモちゃんは不死身だ。死にはしないだろう。だが強力なモンスターに出くわした可能性は高い。

「分からない。けど左の道ににボスがいるかもしれないね。引き返す?」

「とりあえず様子だけでも見てみない? 駄目だったら引き返すってことで」

「ルリハがそう言うなら」

 念の為生き残ったほうのモモちゃんを巨大化させ、俺たちは、その後についてそろそろと左の道へと進んだ。

 しばらく歩いた所で道が開ける。

 ズゥン……

 奥の暗がりから足音が聞こえた。
 武器を構え息を潜める。 

 やがて大きな影がこちらに近づいてきた。

「サイクロプス!」

 目の前に現れたのは、人の倍くらいの大きさの一つ目の巨人、サイクロプスだった。

「ボスかしら?」

「うん。たぶんね」

 ピリピリと緊張が走る。警戒しながら後ずさりをし、武器を構える。

「逃げる?」

「そうね。今の私たちのレベルじゃ――」
 
 ブン。

 相談している所へ、サイクロプスは問答無用で手に持った棍棒を振り下ろしてくる。

「きゃあっ」

 ルリハが衝撃で吹き飛ばされる。

「大丈夫か」

 ヒールをかけてやる。だがあまり顔色がよくならない。今の俺の魔法だと回復量が足りないのかもしれない。

「大丈夫。棍棒には当たってないわ。風圧で飛ばされただけ」

「あれは当たるとまずいな」

 風圧だけであんなに飛ばされるんだから、もしまともに当たったら――背中がゾッとなる。

 駄目だ、逃げないと。でもこの状況で相手に背中を見せるのも怖い。

 ――ブン!

 考えている間にも、さらに棍棒は振り下ろされる。

「モモちゃん!」

 叫ぶと同時に、モモちゃんが壁状になり攻撃を受け止める。だがミシミシと軋む音がし、モモちゃんの体にヒビが入っていく。

「今の隙に逃げよう」

「ええ」

 モモちゃんが食い止めてくれている間に逃げるしかない。俺はルリハの手を引いた。

 が、同時に脇腹に鋭い痛みが走る。
 宙を舞う体。

 サイクロプスに蹴り飛ばされてしまったということに気づいた時には既に遅し。俺は地面に力なく転がっていた。

「マオ!」

 今度は棍棒が俺に向かって振り下ろされる。が、モモちゃんがサイクロプスの腕に絡みついて動きを止めた。

 その隙に、サーベルをサイクロプスの足に突き立てる。

 ザンッ!

 だが手応えがない。サイクロプスのギョロりと血走った目がこちらを見据える。

「チッ」

 俺はモモちゃんが時間を稼いでくれている間にサイクロプスの側を離れた。

「マオ、大丈夫!?」

「うん。なんとか」

 ズキズキ痛む脇腹を抑える。これはアバラが折れたかもしれない。でも俺の回復力なら直ぐに回復するはず。歯を食いしばって耐える。

「それよりルリハ、業火は打てる? ファイアーは無理でも業火なら通じるかもしれない」

 ルリハが力なく首を横に振る。

「ううん。魔力が足りないわ。普通のファイアーなら何とか」

「そうか」

 俺は目の前の巨人を見すえた。ひょっとしたら、それじゃ火力が足りないかもしれない。

 再度サイクロプスの棍棒が振り下ろされる。

「きゃあっ」

 地面に転がるルリハ。

「ルリハ、こっちへ」

 手を伸ばすと、ルリハが俺のローブにしがみついてきた。

 カサリ。

 その瞬間、何かが地面に落ちた。

「マオ、何か落ちたわよ」

 ルリハがローブのポケットから落ちた羊皮紙を拾ってくれる。

「ありがとう」

 今はそんなことしてる場合じゃないと思いつつもルリハの手に握られている羊皮紙に目を落とす。

 前にルリハの魔法を軽量化した時に余った魔法式だ。

 もしかして、これ使えるのでは?

 嗟に羊皮紙から魔法式を抜き取ると、素早く自分の魔法式に付与する。

 再び振り下ろされる棍棒。再びモモちゃんが盾代わりになるも、ついに棍棒によって粉々になる。

「モモちゃん!」

「よくやった、モモちゃん」

 モモちゃんが時間を稼いでいる間に、俺は素早く呪文を唱えた。

「ヒール!」

 ルリハの体力を回復させる。強化の式を足したから、これでしばらくは体力が持つはずだ。

「え? これって」

 ルリハは俺の回復魔法を受けると、目をぱちくりさせた。何がおかしいのだろう。もしかして魔法が失敗した?

「とりあえず逃げよう!」

 だがルリハは首を横に振った。

「いえ、これならいけるわ」

「え?」

 ルリハは、見開いた目をキッとサイクロプスに向ける。いけるとは、どういう意味だろう。

 サイクロプスが棍棒を掲げる。

「ルリハ、逃げよう!」

「いえ、大丈夫」

 ルリハの口元にニィと笑みが浮かぶ。

「え?」

 見ると、ルリハの体から真っ赤なオーラが噴き出している。ふわりと舞う髪。煌めく炎。

 ルリハは杖を振り下ろした。

「行けえっ、ファイアーーーー!!!!」

 途端、炎が吠えた。

 轟音。大きな赤い煌めきが辺りを包む。灼熱の炎だ。赤々と燃え上がるサイクロプス。

「ガア……アアア」

 サイクロプスは、炎に包まれながらもがき苦しむ。大きな一つ目が苦悶に歪む。

「……どういうことだ?」

「グア……アアア」

 黒焦げとなったサイクロプスの手が、足が、ボロボロと崩れていく。

 この魔法は……


 ファイアーじゃない?


「マオ、とどめを!」

「う、うん」

 俺はサーベルを手に一直線に走った。
 無我夢中で差し出したサーベルは、真っ直ぐにサイクロプスの目玉に刺さり、サイクロプスの動きが止まる。

 やがてキラキラとした塵になり、サイクロプスはダンジョンから消え去った。

「……やったわ」

 ルリハが不敵な笑みを浮かべる。

 俺たちは、レベル2のダンジョンボスも倒したのだ。





「凄いよルリハ。まだ業火を撃つだけの魔力があったんだね?」

 褒めてやると、ルリハは目をキョトンと見開いた。

「何言ってるの。あれはただのファイアーよ」

「えっ?」

 あれがファイアー?

「威力が増したのは、貴方の魔法の効果よ」

「僕の魔法……?」

 ルリハによると、俺にヒールされた瞬間、体力が回復すると同時に力が湧き上がって来るのを感じたのだという。

「ヒールに何か追加効果を付けたんでしょ?」

 追加効果? 確かに強化の式は足したが……。

「強化の式を足しただけだよ。モモちゃんもやられちゃったし、逃げるために沢山回復させなきゃと思って」

 そこで俺は、自分の間違いに気づいた。

 俺は強化の魔法式を足せば回復量が増えると思っていた。

 だが実際には、俺のヒールには攻撃力アップの効果が付加されていたのだ。いわゆるバフってやつだ。

 その結果、ルリハのファイアーはあれだけの大火力となったのだろう。

「なるほど。勘違いしていたよ」

 しかも強化魔法は普通は消費魔力が大きいはずなのに、さっきの俺がルリハにかけた魔法の消費魔力は、普通の回復《ヒール》とさほど変わらなかった。

 回復に追加効果をつけることで、普通の強化魔法より少ない魔力で強化できたのだ。

「なるほど……」

 となると、これは普通の強化よりはるかに効率がいい。しかも他の追加効果も回復に付けようと思えば付けられることになる。

 俺の回復は魔力消費が少ない分、一人しか回復できないし、効果範囲も狭くて手の届く範囲しか回復できないから万能ではないけれど――

 これは思っていたより色々と応用ができそうだ。

 何だか体がソワソワして落ち着かなかった。

 俺は帰りに図書館で魔法書を数冊借りると、夜が更けるまでそれを読みあさった。

 自分の魔法を思ったように改良できる。そう思っただけで、ワクワクが止まらなかった。





「おはようございまーす」

 翌朝、俺は眠い目を擦りながら職員室へと向かった。

 昨日遅くまで魔法書を読み漁ったせいで寝不足でぼんやりしている。

 それでもこんなに早くに職員室に行くのには訳がある。

 図書館にあった魔法書のほとんどは現代魔法で、中々思うような魔法が無かったのだ。

 だけど旧校舎にある旧図書室には古代魔法の資料が沢山あると聞く。そして、その旧図書室の鍵を持っているのがクザサ先生なのだ。

 朝一で本を借りて今日は一日授業中に内職して魔法書を読んでやろう。俺はそんな計画を立てていた。

 だが職員室へと向うと、何やら中が騒がしい。

「あの、クザサ先生は」

「ああ、クザサ先生のクラスの子か。ちょうどいい、クラスのみんなに知らせて欲しいんだけど、クザサ先生が怪我で入院したらしい」

 クザサ先生が……入院!?

「えっ、事故か何かですか?」

「よく分からないけど、どうやら何者かに襲われたようだ。偶然近くにいた神官さんが助けてくれたから蘇生できたものの、そうでなければ危なかったって」

 そこまで言うと、先生は慌てて口をつぐんだ。

「……おっと、これはまだ話しちゃいけなかったんだったな。すまん、クラスのみんなには怪我で入院したとだけ伝えてくれ」

「はい。分かりました」

 頭を鈍器で殴られたような衝撃を受ける。

 クザサ先生が、襲われた?

 一体なぜ?



 
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