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7話 君に合わす顔はない

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「……なんか、いつにも増して機嫌悪い?」


 放課後、指導教師にまたも連行され、再び礼拝堂に閉じ込められた。

 することもないし、告解室に入ったらやっぱり変な奴がいて。適当に相槌打ってたら、顔も見えないくせに私の気分を当ててきた。


「何それ、まるで私がいつも機嫌悪いみたいじゃん」
「え? 違うの?」
「別に常にってわけじゃ……」
「そう? 君はいつも眉間に深ーい皺を寄せて、誰も話しかけるなオーラがすごいから」
「まあ、それは意図的に出してるから」


 本当に誰にも話しかけて欲しくない。
 何の悪意もない純粋でまっさらな気持ちで私に話しかけて来る奴なんているわけないし。

 この壁の向こうにいる男もきっと何かしらの意図はあるはず。
 ただ、他の奴らと違ってまともに話せるのは、顔が見えないのと、今のところ男から敵意を感じないからだ。
 もし少しでもこの男が片鱗を見せたなら、その時点で口を聞くのをやめる。


 機嫌が悪い理由を聞かれるかと思って身構えていたけど、壁の向こうから届いたのは全然別の質問だった。


「君はいつもイヤホンをしているね。何を聞いてるの?」
「何も聞いてない」
「何だ、教えてくれないの? 好きなアーティストとか聞きたかったのにな」
「好きなアーティストなんて別にいないし」


 相手は私が質問に答える気がないのかと思ってるみたいだけど、そうじゃなくて本当にいないだけだ。
 今時の音楽はよくわからない。家にテレビやPCはあるけど、ほとんどつけないから何が流行ってるのとか、本当に知らない。

 でもそこまで説明するのは面倒だから、誤解されたままでいいや。


「じゃあ好きな曲は?」


 まだ聞くのかよ。相変わらずへこたれないな、こいつ。
 機嫌の悪さも相まって、少し意地悪に答える。


「この世の音楽すべてが嫌い」
「はは、ピアノ専攻なのに面白いこと言うね。クラシックも嫌いなの?」
「……」


 好きだよ、でも嫌い。
 こんな複雑な感情、誰に言っても理解されない。
 好きなのに、苦い記憶が私を苦しめる。いっそのこと興味を失えたなら、どんなにいいことだろう。

 こっちが黙っていたら相手は勝手にペラペラ喋り始めた。


「僕はドビュッシーの『亜麻色の髪の乙女』とか『夢』、ラヴェルの『水の戯れ』が好きなんだよね」
「へえ、叙情的じょじょうてきなのが好みなんだ」
「感情を乗せやすいよね。繊細なタッチを求められるけど、そこを含めて好きなんだ」
「なんだ、やっぱりアンタもピアノ専攻なの? まあ、私に興味持つくらいだからそうだとは思ってたけど」


 一応この高校には普通科もある。素性の知れない話し相手に関する情報が一つ手に入ったわけだ。
 私と同じ音楽科のピアノ専攻。……それだけなんだけど。


「まあね。でも僕は自分のピアノよりも君のピアノが好きだよ」
「そりゃどーも」
「つれない返事だなあ」
「お世辞は効かないタイプだから」
「本気で言ってるんだけどな。それで君は? 何が好きなの?」


 思い入れのある曲はたくさんある。その中でもとりわけ好きだったものはあるけど……口に出すのは少しだけ辛い。


「……ドビュッシーの『月の光』。でも今は嫌い」
「四年前に君が出場した、最後のコンクールで弾いた曲だね」
「うわ、その情報すぐ出てくんの? 怖っ」
「もちろん。君のことはよく知ってるから」
「その発言、本当にストーカー一直線なんだけど自覚ある?」
「うん、あるね」
「あるんかい」


 割と気持ち悪いことは自覚してるらしい。思わず突っ込んでしまったけど、『私のことをよく知っている』のはそんなに嘘ではないらしい。

 もしかしたら今までコンクールで弾いた曲名を言えば、今みたいにいつ参加したコンクールのやつなのかパッと答えられるのかもしれない。
 ……ちょっと怖いので、試すことはしない。口を噤んでおく。


「月の光かあ。僕も大好きだよ。あれだけ繊細な音楽を作るのに、意外と作曲者は恋愛遍歴が激しめだよね」
「不倫とか浮気とか二股のドロ沼ってやつね。確かに方向としては間違ってたかもしれないけど、いい風に取ればとりわけ人を想う気持ちが他の人よりも強かったんじゃないの。まあ……美しい曲を作れるのも別に不思議じゃないんじゃない」


 不特定多数に愛をばらまくのは確かに良くないし、かなりいい風に解釈してのことだ。私自身はもちろん不倫や浮気は肯定してない。
 結構暴論に近い気もするけど、相手は気に入ったようだ。


「いいね、その考え。今日帰ったら弾こうかな」
「そこで弾けば? アップライトピアノあるじゃん」


 告解室を出たすぐそばに、ピアノが置いてある。オルガンではなくピアノなところが、音楽科のある高校らしい。
 弾きたいなら弾けば、くらいの気持ちで提案したが、彼の反応は微妙だった。


「弾きたいけど、君僕の顔見に来るでしょ?」
「さあね」
「絶対来るじゃん」


 だから弾かない。そう言って笑う相手は、この告解室でしか私と話す気がないらしい。そして、顔を合わせる気も。


「てか今更だけど、何で顔隠してんの? なんか不都合あんの?」
「君に合わせる顔がないからだよ」
「何それ? 意味わかんない」


 結局はぐらかされて、隠している理由は教えてくれなかった。
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