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24話 不完全な聖女④
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今日ほどジェナの存在に感謝したことはない。
レグランを欺けたのかは不明だけど、とりあえずあの場を切り抜けられただけでも助かった。
あのメッセージは、聖女である私しか読めない。
レグランがあの白紙の紙を変に勘繰ってライナス辺りに話して、私に探りを入れようとしない限りはバレることはないはず。
メッセージの聖女は、最終的に偽物の聖女扱いをされている。
もしメッセージの内容がバレたら、私だって同じ扱いをされる可能性は十分過ぎるほどある。
自分の命を削って人を救って、それで偽物の聖女扱いだなんて……考えただけで気が狂いそうだ。
「…………」
頭が痛い。吐きそう。
ひとまず一旦冷静になるために、私は自室へと戻ったのだった。
夕食も断り、誰も部屋に入らないでと人払いしていたところ、ライナスがわざわざ私の様子を見に訪れた。
一度は断ったものの、結局押し切られ、渋々ライナスが部屋に入るのを了承した。
私はソファで足を組んで座りながら、あからさまに不機嫌オーラを醸し出す。
ライナスが私と話したいと思う気を少しでも削ぐために。
「何の用? 今この通り機嫌が最悪だから誰とも会いたくないのだけど」
ライナスは相変わらず表情を変えないまま、私の向かい側のソファに腰掛ける。
「体調が優れないようだとレグランから聞いたが、大丈夫か」
「別に心配するふりなんてしなくていいわよ。──ああ、明日の聖女の仕事が出来るか確認しに来たのね。それなら問題ないわ。お望み通りいくらでも働いてあげる。ほら、これで用は済んだでしょ?」
ライナスにいくら嫌われようがもう構わない。
今までは出来るだけ平穏に生きることを目標にして、ライナスとの仲を少しでも良くしたいと考えていた。
けれどもうその必要はないのだから。
だって、私がどんな道を選択しても、平穏なんて訪れない。
だから悪態をつくのも、もう怖くないの。
例えそれが誰かの逆鱗に触れて、私が処刑されることになったとしても、それはそれで別に構わない。
聖女を続けて苦しみながらじわじわ死んでいくより、首をはねてスパッと終わらせてくれる方が、むしろいいかもしれない。
ライナスは浅くため息をつく。
私の無礼な態度に呆れたというよりは、腰を据えて話を聞こうと決めたような姿勢に見えた。
「随分荒れているな。何があった?」
「それ、本当に知りたいの? 私のことなんて興味ないくせに。聖女として仕事さえしてくれたらどうでもいいんじゃないの」
「私は君と敵対したいわけじゃないんだが……。何故そこまで私を責める言い方をする?」
「私が聖女だから気にかけてるだけのくせに、あたかも私のことを心配しているかのような態度に見せかけて来るあなたが偽善的で本当に反吐が出るのよ。それなら完全に無視してくれた方がマシだわ」
聖女の私を利用したいだけのくせに、上辺だけの気遣いなんていらない。
いっそ徹底的に冷たくしてくれたら、潔くあなたを憎めるから楽なのに。
これだけのことを言ってもライナスは怒らない。
自分の顎に手をかけて、何故か納得したように何度か頷いた。
「なるほど。聖女としてではなく、君個人を尊重して欲しいということか」
「はぁ? 別にそういうわけじゃ……」
「確かに私は、聖女だからと君を気にかけていた点は否めない。だが、口では色々言うものの、結局は自分の身体のことよりも目の前で苦しむ民を見捨てられない、不器用な君自身のことももちろん心配している」
明らかに嫌われていると思っていたライナスから初めて聞く私に対する評価に、言葉を失ってしまう。
ついこの前まで私の態度を快く思っていなかったライナスが、考えを変えた……?
あれだけめちゃくちゃな悪態と失言を繰り返していたのに、とても信じられない。
ライナスが人の機嫌を取るようなタイプではないとわかっていても、受け入れられなくてつい口に出してしまう。
「何よ、それ……。お世辞にしては下手すぎるわよ」
「世辞などではない。私が今持っている君への印象を述べているだけだ」
……どうして、そんなに私のことを良く見てくれるの。
私のことを嫌ってくれていたら、罵ってくれたら。
聖女から逃げることに罪悪感なんて抱かずに済むのに。
──でもきっと、今だけだわ。
そんな印象、絶対に変わるわ。
「……どうせその評価もいずれ覆るわ。断言出来るわよ」
私が逃げたらあなたは失望するでしょうし、もし聖女を続けたとしたなら、第二の聖女──つまりホンモノが現れる。
その時あなたは一体どんな反応をするでしょうね。
何だ、君は偽物だったからそれほど性悪だったんだな。納得したよ。君のような人が聖女だなんて、おかしいと思っていたんだ。
──そんな風に冷たく突き放すんじゃないかしら。
「既に散々な態度を私に取っている君に、これ以上印象が悪くなることなど無いと思うがな。……とにかく、君が聖女であることは抜きにして君には無理をして欲しくないと私は思っている。そこは信用して欲しい」
ライナスの真剣な眼差しから逃れるように、目を伏せることしか出来なかった。
今まで私がついた悪態を受けてもなお思いやりを見せるあなたは、まるで恋愛小説に出てくるヒーローみたいに優しいのね。
でもヒロインは私じゃない。
これはいつか現れる第二の聖女──本物のヒロインとライナスが結ばれるお話よ。
アイヴィは偽物で、君が本当の運命の人だったんだな。危うく騙されるところだった。君を見つけられて良かった。
そんなチープな結末かしら。
……そうね。もしもここが小説の世界なら、私がこの世界に転生してきた理由もわかるわ。
私はジェナと同じ、ヒーローとヒロインを結ぶための障害になったり、花を添えるだけの役割を与えられたのね。
引き立て役が転生した先もまた、引き立て役だった。──ただそれだけの話。
レグランを欺けたのかは不明だけど、とりあえずあの場を切り抜けられただけでも助かった。
あのメッセージは、聖女である私しか読めない。
レグランがあの白紙の紙を変に勘繰ってライナス辺りに話して、私に探りを入れようとしない限りはバレることはないはず。
メッセージの聖女は、最終的に偽物の聖女扱いをされている。
もしメッセージの内容がバレたら、私だって同じ扱いをされる可能性は十分過ぎるほどある。
自分の命を削って人を救って、それで偽物の聖女扱いだなんて……考えただけで気が狂いそうだ。
「…………」
頭が痛い。吐きそう。
ひとまず一旦冷静になるために、私は自室へと戻ったのだった。
夕食も断り、誰も部屋に入らないでと人払いしていたところ、ライナスがわざわざ私の様子を見に訪れた。
一度は断ったものの、結局押し切られ、渋々ライナスが部屋に入るのを了承した。
私はソファで足を組んで座りながら、あからさまに不機嫌オーラを醸し出す。
ライナスが私と話したいと思う気を少しでも削ぐために。
「何の用? 今この通り機嫌が最悪だから誰とも会いたくないのだけど」
ライナスは相変わらず表情を変えないまま、私の向かい側のソファに腰掛ける。
「体調が優れないようだとレグランから聞いたが、大丈夫か」
「別に心配するふりなんてしなくていいわよ。──ああ、明日の聖女の仕事が出来るか確認しに来たのね。それなら問題ないわ。お望み通りいくらでも働いてあげる。ほら、これで用は済んだでしょ?」
ライナスにいくら嫌われようがもう構わない。
今までは出来るだけ平穏に生きることを目標にして、ライナスとの仲を少しでも良くしたいと考えていた。
けれどもうその必要はないのだから。
だって、私がどんな道を選択しても、平穏なんて訪れない。
だから悪態をつくのも、もう怖くないの。
例えそれが誰かの逆鱗に触れて、私が処刑されることになったとしても、それはそれで別に構わない。
聖女を続けて苦しみながらじわじわ死んでいくより、首をはねてスパッと終わらせてくれる方が、むしろいいかもしれない。
ライナスは浅くため息をつく。
私の無礼な態度に呆れたというよりは、腰を据えて話を聞こうと決めたような姿勢に見えた。
「随分荒れているな。何があった?」
「それ、本当に知りたいの? 私のことなんて興味ないくせに。聖女として仕事さえしてくれたらどうでもいいんじゃないの」
「私は君と敵対したいわけじゃないんだが……。何故そこまで私を責める言い方をする?」
「私が聖女だから気にかけてるだけのくせに、あたかも私のことを心配しているかのような態度に見せかけて来るあなたが偽善的で本当に反吐が出るのよ。それなら完全に無視してくれた方がマシだわ」
聖女の私を利用したいだけのくせに、上辺だけの気遣いなんていらない。
いっそ徹底的に冷たくしてくれたら、潔くあなたを憎めるから楽なのに。
これだけのことを言ってもライナスは怒らない。
自分の顎に手をかけて、何故か納得したように何度か頷いた。
「なるほど。聖女としてではなく、君個人を尊重して欲しいということか」
「はぁ? 別にそういうわけじゃ……」
「確かに私は、聖女だからと君を気にかけていた点は否めない。だが、口では色々言うものの、結局は自分の身体のことよりも目の前で苦しむ民を見捨てられない、不器用な君自身のことももちろん心配している」
明らかに嫌われていると思っていたライナスから初めて聞く私に対する評価に、言葉を失ってしまう。
ついこの前まで私の態度を快く思っていなかったライナスが、考えを変えた……?
あれだけめちゃくちゃな悪態と失言を繰り返していたのに、とても信じられない。
ライナスが人の機嫌を取るようなタイプではないとわかっていても、受け入れられなくてつい口に出してしまう。
「何よ、それ……。お世辞にしては下手すぎるわよ」
「世辞などではない。私が今持っている君への印象を述べているだけだ」
……どうして、そんなに私のことを良く見てくれるの。
私のことを嫌ってくれていたら、罵ってくれたら。
聖女から逃げることに罪悪感なんて抱かずに済むのに。
──でもきっと、今だけだわ。
そんな印象、絶対に変わるわ。
「……どうせその評価もいずれ覆るわ。断言出来るわよ」
私が逃げたらあなたは失望するでしょうし、もし聖女を続けたとしたなら、第二の聖女──つまりホンモノが現れる。
その時あなたは一体どんな反応をするでしょうね。
何だ、君は偽物だったからそれほど性悪だったんだな。納得したよ。君のような人が聖女だなんて、おかしいと思っていたんだ。
──そんな風に冷たく突き放すんじゃないかしら。
「既に散々な態度を私に取っている君に、これ以上印象が悪くなることなど無いと思うがな。……とにかく、君が聖女であることは抜きにして君には無理をして欲しくないと私は思っている。そこは信用して欲しい」
ライナスの真剣な眼差しから逃れるように、目を伏せることしか出来なかった。
今まで私がついた悪態を受けてもなお思いやりを見せるあなたは、まるで恋愛小説に出てくるヒーローみたいに優しいのね。
でもヒロインは私じゃない。
これはいつか現れる第二の聖女──本物のヒロインとライナスが結ばれるお話よ。
アイヴィは偽物で、君が本当の運命の人だったんだな。危うく騙されるところだった。君を見つけられて良かった。
そんなチープな結末かしら。
……そうね。もしもここが小説の世界なら、私がこの世界に転生してきた理由もわかるわ。
私はジェナと同じ、ヒーローとヒロインを結ぶための障害になったり、花を添えるだけの役割を与えられたのね。
引き立て役が転生した先もまた、引き立て役だった。──ただそれだけの話。
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