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六章 Return
十一月 <果報> 6
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「・・彼は誤解されやすい人だった」
不意にナカマイ先生が呟いた。
「お世辞にも子供達に人気のある先生
とは言えなかったでしょ?」
そう言ってナカマイ先生は無理に笑顔を作った。
「女の子達の噂も私の耳には入ってたのよ」
ナカマイ先生の言葉の一つ一つが
俺の心に刺さった。
「彼ったら、
水泳の授業の着替え中に
家庭科室に入ることが何度かあったんでしょう。
あれも悪気はなかったのよ。
猿田先生は
考えるよりも先に行動するところがあって。
あの人は単に
家庭科室の火元のチェックをしていただけなの。
二年前に家庭科室で小火があって、
それ以来すごく気にしてたから」
彼という言葉が生々しいと思ったのか、
ナカマイ先生は途中から
「猿田先生」と言い直した。
「それにあの外見だから。
皆怖がってたでしょう」
そう言ってナカマイ先生は目頭を押さえた。
「猿田先生は常に子供達のことを考えていたの。
でもそれは空回りしてたみたいだけど」
ナカマイ先生の話すボス猿は
俺の知っているボス猿とは
まったくの別人のようだった。
俺は子供の頃の記憶と先入観により
ボス猿という人間を誤解していたのか。
大吾の件でも、
運動会の組体操の練習中の指導にしても。
誰かが怒らなければならない。
決して理不尽な説教ではなかった。
甘やかすことと優しくすることは違う。
俺はナカマイ先生から目をそらした。
胸が締め付けられるような感覚に
俺は息苦しくなった。
俺はナカマイ先生に気付かれないように
大きく息を吸った。
俺は眩暈と体の震えに耐えながら思考に集中した。
葉山を殺したのはボス猿ではなかった。
ボス猿は葉山の死を探るために
俺の手紙に誘われて屋上へやってきた。
そしておそらく、
誰かに突き落とされた。
その誰かはボス猿の死を自殺に偽装した。
当然その誰かは葉山を殺した人物である。
「せ、先生・・。
遺書は職員室の猿田先生の机の引き出しに
入ってたんだよね?」
ナカマイ先生は俺の質問の意図がわからないのか
首を傾げつつ「そうよ」と呟いた。
遺書が見つかったのは
たしかボス猿の死から四日後。
時間的には誰にでもそのチャンスはあった。
同僚の教師は当然のこと、
生徒にだってそれくらいの工作は可能だ。
それでも。
第一発見者を疑うのは捜査の基本である。
「先生、その遺書って誰が見つけたの?」
「えっ?」
ナカマイ先生の表情が固くなった。
そしてナカマイ先生は
俺の質問の意図を悟ったようだった。
ナカマイ先生は何も言わず空を見上げた。
それからしばらくして
ナカマイ先生は躊躇いがちに口を開いた。
「・・一色先生よ」
俺とナカマイ先生の視線がぶつかった。
お互い何も言わなかった。
二人のいるこの空間だけ
時が止まったかのようだった。
「・・あら、もうこんな時間」
ナカマイ先生の言葉でふたたび時が動き出した。
気付けば辺りはすっかり暗くなっていた。
「さあ、もう帰りましょう」
俺達は並んで屋上を出た。
扉を閉めると、
ナカマイ先生はポケットの中から鍵を取り出して
施錠した。
「校長先生のお部屋からこっそり借りてきたの。
スペアキーはないから返しておかないと」
そう言って
ナカマイ先生は悪戯っ子のように
ペロっと舌を出した。
不意にナカマイ先生が呟いた。
「お世辞にも子供達に人気のある先生
とは言えなかったでしょ?」
そう言ってナカマイ先生は無理に笑顔を作った。
「女の子達の噂も私の耳には入ってたのよ」
ナカマイ先生の言葉の一つ一つが
俺の心に刺さった。
「彼ったら、
水泳の授業の着替え中に
家庭科室に入ることが何度かあったんでしょう。
あれも悪気はなかったのよ。
猿田先生は
考えるよりも先に行動するところがあって。
あの人は単に
家庭科室の火元のチェックをしていただけなの。
二年前に家庭科室で小火があって、
それ以来すごく気にしてたから」
彼という言葉が生々しいと思ったのか、
ナカマイ先生は途中から
「猿田先生」と言い直した。
「それにあの外見だから。
皆怖がってたでしょう」
そう言ってナカマイ先生は目頭を押さえた。
「猿田先生は常に子供達のことを考えていたの。
でもそれは空回りしてたみたいだけど」
ナカマイ先生の話すボス猿は
俺の知っているボス猿とは
まったくの別人のようだった。
俺は子供の頃の記憶と先入観により
ボス猿という人間を誤解していたのか。
大吾の件でも、
運動会の組体操の練習中の指導にしても。
誰かが怒らなければならない。
決して理不尽な説教ではなかった。
甘やかすことと優しくすることは違う。
俺はナカマイ先生から目をそらした。
胸が締め付けられるような感覚に
俺は息苦しくなった。
俺はナカマイ先生に気付かれないように
大きく息を吸った。
俺は眩暈と体の震えに耐えながら思考に集中した。
葉山を殺したのはボス猿ではなかった。
ボス猿は葉山の死を探るために
俺の手紙に誘われて屋上へやってきた。
そしておそらく、
誰かに突き落とされた。
その誰かはボス猿の死を自殺に偽装した。
当然その誰かは葉山を殺した人物である。
「せ、先生・・。
遺書は職員室の猿田先生の机の引き出しに
入ってたんだよね?」
ナカマイ先生は俺の質問の意図がわからないのか
首を傾げつつ「そうよ」と呟いた。
遺書が見つかったのは
たしかボス猿の死から四日後。
時間的には誰にでもそのチャンスはあった。
同僚の教師は当然のこと、
生徒にだってそれくらいの工作は可能だ。
それでも。
第一発見者を疑うのは捜査の基本である。
「先生、その遺書って誰が見つけたの?」
「えっ?」
ナカマイ先生の表情が固くなった。
そしてナカマイ先生は
俺の質問の意図を悟ったようだった。
ナカマイ先生は何も言わず空を見上げた。
それからしばらくして
ナカマイ先生は躊躇いがちに口を開いた。
「・・一色先生よ」
俺とナカマイ先生の視線がぶつかった。
お互い何も言わなかった。
二人のいるこの空間だけ
時が止まったかのようだった。
「・・あら、もうこんな時間」
ナカマイ先生の言葉でふたたび時が動き出した。
気付けば辺りはすっかり暗くなっていた。
「さあ、もう帰りましょう」
俺達は並んで屋上を出た。
扉を閉めると、
ナカマイ先生はポケットの中から鍵を取り出して
施錠した。
「校長先生のお部屋からこっそり借りてきたの。
スペアキーはないから返しておかないと」
そう言って
ナカマイ先生は悪戯っ子のように
ペロっと舌を出した。
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