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六章 Return

十一月 <果報> 1

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十一月の末日。
この日学校が終わると、
俺達探偵団は一度家に帰ってから
「Riverside Doom 春日」に集合することになった。

俺は家に帰ると鞄を机に置いてから
ベッドの下に手を伸ばした。
ひんやりとしたモノが手に触れた。
俺はそれを引っ張り出した。
鍵の壊れたアルミ製のアタッシュケースを
開けると、
綺麗に畳まれた体操着が顔を出した。
自然と溜息が出た。
早く処理をしなければと思いつつも、
この厄介なモノはまだここにあった。
俺はもう一度大きな溜息を吐くと、
ケースを閉じてベッドの下へ押し込んだ。

その時、
俺は学校に体操着を忘れたことに気付いた。
別に今日でなくてもよかったのだが
俺は学校に戻ることにした。

俺は家を出ると自転車に跨り通学路を走った。
水着を忘れて取りに戻ったあの夏の日のように、
もしかしたら
まだ教室に相馬が残っているかもしれない。
何の根拠もなくそう思った。

校門の前に自転車をとめた。
校庭に子供達の姿はなかった。

次の瞬間、俺の目が校舎の屋上の人影を捉えた。

目の錯覚か。
俺は一度視線を地上へ戻してから
もう一度屋上へ視線を向けた。
屋上の縁に立つ人影が見えた。

おかしい。屋上は封鎖されているはずだ。

相馬!

あの夏の日、
一人教室で泣いていた相馬の姿が
フラッシュバックして、
俺は無意識のうちに駆け出していた。

走り出してすぐに
その人影が相馬でないことがわかった。
あの姿は。

ナカマイ先生。

俺は足を止めた。
その時、最悪のシナリオが頭に浮かんだ。

「ナカマイ先生ー!」
俺は声の限り叫んだ。
しかし俺の声は
上空を彷徨う風に遮られているのか、
彼女は何の反応も示さなかった。
俺は全力で走り出した。

校舎に入って靴を脱がず
そのまま階段を駆け上がった。
三階に着くと校舎の東に向かって走った。
屋上へ続く階段を上がると
踊り場に鉄の扉が姿を見せた。
俺は扉のノブに手を掛けて力一杯押した。
重い鉄の扉がゆっくりと開く。


「ナカマイ先生ー!」
俺は走りながら叫んだ。

フェンスの外側で立ち尽くしていた
ナカマイ先生が俺の方を振り向いた。
俺とナカマイ先生はフェンス越しに向かい合った。
俺は肩で息をしながら、
こんなことなら
禁煙を続けておくべきだったと反省した。

「どうしたの?」
彼女は一瞬驚いた顔を見せたが、
すぐにいつもの優しい表情に戻った。
「ど、どうしたのって、
 そ、それは、俺の、セリフ、だよ。
 そんな、ところで。
 何を、してるんだよ、先生」
「まさか私がここから飛び降りるとでも思った?」
ナカマイ先生はそう言って笑うと
軽い身のこなしで
フェンスを乗り越えてこちら側へ戻ってきた。
それから俺の目を見て微笑んだ。
彼女の目尻に涙の跡を認めた俺は視線を外して、
それに気付いてないふりをした。

「それより、君こそこんな時間にどうしたの?」
「・・体操着を学校に忘れたから」
ナカマイ先生は
「そう」と頷くと俺の頭を優しく撫でた。


「・・先生。猿田先生のどこが好きだったの?」
前は上手くはぐらかされた気がしたが、
今なら
ナカマイ先生の正直な気持ちが聞けると思った。
しかし、
ナカマイ先生の口から出た言葉は
以前とまったく同じだった。

真面目で誠実。

「ふふ。前にも君とこんな話をしたわね」
そう言ってナカマイ先生は悲しそうに笑った。
そんな彼女を見て俺は胸が痛んだ。
あんな男でも
ナカマイ先生にとっては最愛の人だった。
そして彼女の最愛の人を自殺に追い込んだのは
他ならぬ俺かもしれないのだ。

俺の流した噂でボス猿は追い詰められた。
そして極めつけがあの日、
ボス猿が自殺した日。

『葉山実果がお腹の子の父親に宛てた手紙がある。
 詳しく知りたければ十七時に屋上に来い』

あの手紙は
葉山を殺した犯人しか知りえない事実が
書かれていた。
ボス猿は恐れたに違いない。
そして同時に覚悟を決めたのだろう。

俺は自分のしたことを後悔していない。
それでも。
こうして悲しむナカマイ先生の顔を見るのは
辛かった。
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