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五章 Reality
九月 <真実> 1
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新学期。初日。
教室は級友との再会を喜ぶ
子供達の喧噪で包まれていた。
久しぶりに会うクラスメイトの中には
真っ黒に日焼けした顔がチラホラ見られた。
ここでは葉山実果の死は
すでに過去の出来事となっていた。
たしかに葉山は隣のクラスの生徒で
直接の接点はない。
加えて夏休み中の出来事であり、
あれからもうすぐ一か月が経過しようとしていた。
わかってはいるが、
それでも子供は残酷だと思った。
いやそれは何も子供に限ったことではない。
去る者日々に疎しは世の常だ。
だが俺はそう簡単に忘れることはできなかった。
俺だけが彼女の死が自殺ではないことを
知っている。
葉山の死は事件にすらなっていない。
葉山を殺した男は何の罰を受けることなく、
今ものうのうと生きている。
そんなことは許されない。
「前世」では逃げおおせたようだが
「今世」ではそうはさせない。
犯人には必ず罪を償わせる。
俺は犯人に関して
夏休みの間に一つの結論を出していた。
俺は葉山を殺したのは
六年二組の担任であるボス猿ではないか
と考えていた。
根拠はいくつかある。
まず大前提として、
葉山を殺した男はこの学校の教師であり、
葉山のお腹の子の父親である。
そこから考えると犯人はかなり限定される。
教師が特定の生徒と親密になるのは意外と難しい。
受け持ちのクラスの生徒でなければ
そのハードルはぐんと上がる。
実際、六年生の担任であれば俺も把握しているが、
他の学年の教師となると俺は名前すらわからない。
つまり他の学年の教師が
葉山に近づくのは困難だといえる。
そして。
六年生は全部で三クラス。
俺達三組の担任のナカマイ先生は
女性であることから当然犯人から除外される。
残るは二人。
一人は一組の担任である一色拓海。
一色はノリの軽い気障な男だった。
軽くウェーブの掛かった髪が少しでも乱れると、
スーツの胸ポケットに刺さっている櫛で
すぐに整えられた。
明るい性格というよりも、
俺の目には
学生気分が抜け切れない社会人一年目
のように映った。
それでいて実は三十歳を超えている
というから驚きだった。
一色拓海はボス猿とは違って
子供達からは人気があった。
男子生徒からは「ヒーロー」と
女子生徒からは「拓ちゃん」と
まるで友達のように慕われていて、
本人も咎めることはなく
その呼び名を受け入れていた。
「前世」では俺も変わった教師がいるな
と思っていた。
しかし今改めて考えると
明らかに異端と言わざるを得ない。
一色拓海ならば葉山も気を許した可能性がある。
そして二組の担任である猿田権造は当然、
葉山と最も接点がある有力な容疑者だった。
ボス猿に関しては以前、
洋が仕入れてきた情報が重要になる。
ボス猿は前の学校で女子生徒への悪戯
という問題を起こしている。
これは被害を主張した少女が
普段から素行が悪かったため、
結局ボス猿は無罪となった。
しかし、もしこの件における少女の訴えが
正しかったならば。
さらにボス猿には女子生徒の着替えを覗く
という余罪がある。
少女に対する如何わしい執着。
世間ではそれを
少女趣味、所謂ロリータ・コンプレックスと呼ぶ。
そして動機の問題。
将来ボス猿はナカマイ先生と結婚する。
葉山の妊娠をボス猿が知った時点で
ナカマイ先生との関係がどうだったのか
わからないが、
葉山の妊娠がボス猿にとって
都合が悪いことに変わりはない。
葉山を殺したのはボス猿の可能性が高い。
それが俺の出した結論だった。
その時、
教室のドアが開いてナカマイ先生が入ってきた。
ナカマイ先生は挨拶の後で、
一人一人の顔を見ながら
丁寧に今学期初めての出席をとり始めた。
俺は窓の外に目を向けて
ぼんやりと考え事をしていた。
どうすればボス猿が葉山を殺した証拠を
見つけることができるだろうか。
そして証拠が見つかったとして。
そこでまた問題が出てくる。
証拠が見つかったら。
どうする?
警察に知らせるのか?
しかしそれでは葉山の妊娠も明らかになり、
たとえ犯人を罰することができたとしても
同時に葉山の名誉を傷付けることにもなる。
葉山の両親も新たな悲しみを背負うだろう。
それにこの国では
被害者の無念よりも加害者の救済が優先される。
命の代償が十年の懲役なら死者は浮かばれない。
『目には目を・・』
その声に俺は慌てて首を振った。
『熊谷大吾は上手く殺せたじゃないか』
違う。
あれは事故だ。
俺はすぐに心の声を否定した。
『そうだ。
あれは事故だ。
事故にみせかけろ。
そういう工作は得意だろ?
それに誰も子供のお前が殺したなんて
思わないさ』
俺は大きく深呼吸をして額に滲む汗を拭った。
教室は級友との再会を喜ぶ
子供達の喧噪で包まれていた。
久しぶりに会うクラスメイトの中には
真っ黒に日焼けした顔がチラホラ見られた。
ここでは葉山実果の死は
すでに過去の出来事となっていた。
たしかに葉山は隣のクラスの生徒で
直接の接点はない。
加えて夏休み中の出来事であり、
あれからもうすぐ一か月が経過しようとしていた。
わかってはいるが、
それでも子供は残酷だと思った。
いやそれは何も子供に限ったことではない。
去る者日々に疎しは世の常だ。
だが俺はそう簡単に忘れることはできなかった。
俺だけが彼女の死が自殺ではないことを
知っている。
葉山の死は事件にすらなっていない。
葉山を殺した男は何の罰を受けることなく、
今ものうのうと生きている。
そんなことは許されない。
「前世」では逃げおおせたようだが
「今世」ではそうはさせない。
犯人には必ず罪を償わせる。
俺は犯人に関して
夏休みの間に一つの結論を出していた。
俺は葉山を殺したのは
六年二組の担任であるボス猿ではないか
と考えていた。
根拠はいくつかある。
まず大前提として、
葉山を殺した男はこの学校の教師であり、
葉山のお腹の子の父親である。
そこから考えると犯人はかなり限定される。
教師が特定の生徒と親密になるのは意外と難しい。
受け持ちのクラスの生徒でなければ
そのハードルはぐんと上がる。
実際、六年生の担任であれば俺も把握しているが、
他の学年の教師となると俺は名前すらわからない。
つまり他の学年の教師が
葉山に近づくのは困難だといえる。
そして。
六年生は全部で三クラス。
俺達三組の担任のナカマイ先生は
女性であることから当然犯人から除外される。
残るは二人。
一人は一組の担任である一色拓海。
一色はノリの軽い気障な男だった。
軽くウェーブの掛かった髪が少しでも乱れると、
スーツの胸ポケットに刺さっている櫛で
すぐに整えられた。
明るい性格というよりも、
俺の目には
学生気分が抜け切れない社会人一年目
のように映った。
それでいて実は三十歳を超えている
というから驚きだった。
一色拓海はボス猿とは違って
子供達からは人気があった。
男子生徒からは「ヒーロー」と
女子生徒からは「拓ちゃん」と
まるで友達のように慕われていて、
本人も咎めることはなく
その呼び名を受け入れていた。
「前世」では俺も変わった教師がいるな
と思っていた。
しかし今改めて考えると
明らかに異端と言わざるを得ない。
一色拓海ならば葉山も気を許した可能性がある。
そして二組の担任である猿田権造は当然、
葉山と最も接点がある有力な容疑者だった。
ボス猿に関しては以前、
洋が仕入れてきた情報が重要になる。
ボス猿は前の学校で女子生徒への悪戯
という問題を起こしている。
これは被害を主張した少女が
普段から素行が悪かったため、
結局ボス猿は無罪となった。
しかし、もしこの件における少女の訴えが
正しかったならば。
さらにボス猿には女子生徒の着替えを覗く
という余罪がある。
少女に対する如何わしい執着。
世間ではそれを
少女趣味、所謂ロリータ・コンプレックスと呼ぶ。
そして動機の問題。
将来ボス猿はナカマイ先生と結婚する。
葉山の妊娠をボス猿が知った時点で
ナカマイ先生との関係がどうだったのか
わからないが、
葉山の妊娠がボス猿にとって
都合が悪いことに変わりはない。
葉山を殺したのはボス猿の可能性が高い。
それが俺の出した結論だった。
その時、
教室のドアが開いてナカマイ先生が入ってきた。
ナカマイ先生は挨拶の後で、
一人一人の顔を見ながら
丁寧に今学期初めての出席をとり始めた。
俺は窓の外に目を向けて
ぼんやりと考え事をしていた。
どうすればボス猿が葉山を殺した証拠を
見つけることができるだろうか。
そして証拠が見つかったとして。
そこでまた問題が出てくる。
証拠が見つかったら。
どうする?
警察に知らせるのか?
しかしそれでは葉山の妊娠も明らかになり、
たとえ犯人を罰することができたとしても
同時に葉山の名誉を傷付けることにもなる。
葉山の両親も新たな悲しみを背負うだろう。
それにこの国では
被害者の無念よりも加害者の救済が優先される。
命の代償が十年の懲役なら死者は浮かばれない。
『目には目を・・』
その声に俺は慌てて首を振った。
『熊谷大吾は上手く殺せたじゃないか』
違う。
あれは事故だ。
俺はすぐに心の声を否定した。
『そうだ。
あれは事故だ。
事故にみせかけろ。
そういう工作は得意だろ?
それに誰も子供のお前が殺したなんて
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