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四章 Reappearance
七月 <会談> 4
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「でもさ。音楽室の話は本当らしいぜ」
茜が捨てた煙草を足で踏み消しながら洋が言った。
「あの噂のこと?」
「やだ!その話は怖いからしたくないわ」
三人の視線がまた俺に集まった。
「ひひひ。
今年転校してきたあっくんは
知らないかもしれないな」
俺が首を傾げると洋が代表して語り出した。
どうやらそれは子供達の間で
昨年から噂になっている怪談話だった。
この怪談話のきっかけとなったのは
当時五年一組の生徒だった
目明(さっか あきら)
という少年だ。
ある日、
明少年は帰宅後にテレビアニメを見終わってから、
図書館で借りた本を読もうとして、
肝心の本を学校に忘れたことに気付いた。
彼は急いで学校へ戻った。
黄昏時の学校に残っている生徒は
一人もいなかった。
五年一組の教室は二階にあって、
本を回収した少年が
校舎西側の階段を下りようとした時のことだった。
「・・ぅぁぁ」
上の階から微かに声がした。
気のせいか若しくは空耳かと訝しんだ少年は、
それでも少しの間その場で逡巡する。
そして好奇心旺盛な彼は
今しがた耳にした声の正体を確かめるべく
階段を上った。
声は少年の気のせいでも空耳でもなかった。
耳を澄ますと女の叫び声とも呻き声ともとれる
苦しそうな声が不規則に、
そして抑揚をもって薄暗い廊下に響いていた。
その声は階段を上る度に徐々に大きくなり
少年の恐怖心を煽った。
階段を上る足が重くなる。
それでも少年は三階に辿り着いた。
将来、警察官になると決めていた彼は
勇気こそがもっとも大切だと信じていたのだ。
「・・はぁはぁ・・ぁぁぁあぁぁぅ・・」
その不気味な声は苦しそうだった。
そしてその声は校舎の西の方から聞こえていた。
少年は勇気を出してそちらに目を向けた。
廊下には誰もいなかった。
その時「ガタガタガタ」という物音がした。
薄暗い廊下の先に見える
「音楽室」が音源だとわかった。
少年の足は震えていた。
直後。
「あぁぁぁぁぁああぁあぁ」
という女の絶叫が廊下を震わせた。
少年は一目散に階段を駆け下りた。
翌日、
クラスで少年がその話をしても誰も信じなかった。
しかしそんな中
一人の少女が真相を確かめるべく名乗りを上げた。
少女の名前は西園愛。
それからちょうど一週間後、
愛は子供達のいなくなった放課後の学校へ
忍び込んだ。
一人で心細かった少女は、
一つ年上の姉、哀(あい)と
四つ下の妹、藍(あい)を誘った。
その日は偶然にも十三日の金曜日だった。
人気のない校舎で三人は一列になって進んだ。
先頭は年長者の哀。
次に愛。
そのすぐ後ろから藍が続いた。
いつもの学校がその時はなぜか不気味だったと、
のちに愛は語った。
校舎西側の階段を三人は足音を立てずに上った。
静かな廊下に三人の不規則な息遣いだけが
聞こえていた。
三階への階段を途中まで上ったところで、
先頭の哀の足が止まった。
「今、何か聞こえなかった?」
振り向いた哀に愛と藍は首を振った。
「姉さん、脅かさないでよ。
藍が怖がるでしょう」
「気のせいかしら」
三人は気を取り直してふたたび階段を上り始めた。
そして三人が三階に着いたその時、
「あぁぁ~~っ」
という苦し気な叫び声が廊下に響いた。
三人の足が止まった。
「・・今のは聞こえたでしょ?」
哀の言葉に愛と藍は無言で頷いた。
「お、お姉ちゃん、ボク怖いよぉ」
藍が愛の手を強く握った。
「お、音楽室の方からだよね?」
愛の言葉に哀は頷いた。
三人は廊下の奥の音楽室の扉に目を向けた。
扉はしっかりと閉ざされていたが、
時折、中から
「ガタガタ」
と机や椅子が揺れるような音がしていた。
「どうする?」
哀は妹たちに意見を求めた。
「ここまで来たんだから確かめましょうよ」
「ボク怖いよぉ、もう帰ろうよぉ」
愛とは対照的に藍は怯えていた。
次の瞬間、
「うあぁぁぁぁぁああぁあぁ」
という獣のような雄たけびが廊下に響き渡った。
三人は一目散に階段を駆け下りた。
翌日、三姉妹の証言から
明少年の話が嘘ではないことが証明された。
この話は
「音楽室の幽霊」
として子供達の間で語り継がれることになった。
同時に幽霊の正体に関して
様々な憶測が飛び交った。
その中でも最も有力な説は
「ベートーベン」の肖像画が
幽霊の正体だというもので、
いつの間にかそれが真実だと
信じられるようになっていた。
日が暮れ始めて、
俺達は「楽園」を後にした。
茜が一人で帰るのが怖いと言ったので、
翔太が家まで送ることになった。
俺と洋は二人に手を振って別れた。
茜が捨てた煙草を足で踏み消しながら洋が言った。
「あの噂のこと?」
「やだ!その話は怖いからしたくないわ」
三人の視線がまた俺に集まった。
「ひひひ。
今年転校してきたあっくんは
知らないかもしれないな」
俺が首を傾げると洋が代表して語り出した。
どうやらそれは子供達の間で
昨年から噂になっている怪談話だった。
この怪談話のきっかけとなったのは
当時五年一組の生徒だった
目明(さっか あきら)
という少年だ。
ある日、
明少年は帰宅後にテレビアニメを見終わってから、
図書館で借りた本を読もうとして、
肝心の本を学校に忘れたことに気付いた。
彼は急いで学校へ戻った。
黄昏時の学校に残っている生徒は
一人もいなかった。
五年一組の教室は二階にあって、
本を回収した少年が
校舎西側の階段を下りようとした時のことだった。
「・・ぅぁぁ」
上の階から微かに声がした。
気のせいか若しくは空耳かと訝しんだ少年は、
それでも少しの間その場で逡巡する。
そして好奇心旺盛な彼は
今しがた耳にした声の正体を確かめるべく
階段を上った。
声は少年の気のせいでも空耳でもなかった。
耳を澄ますと女の叫び声とも呻き声ともとれる
苦しそうな声が不規則に、
そして抑揚をもって薄暗い廊下に響いていた。
その声は階段を上る度に徐々に大きくなり
少年の恐怖心を煽った。
階段を上る足が重くなる。
それでも少年は三階に辿り着いた。
将来、警察官になると決めていた彼は
勇気こそがもっとも大切だと信じていたのだ。
「・・はぁはぁ・・ぁぁぁあぁぁぅ・・」
その不気味な声は苦しそうだった。
そしてその声は校舎の西の方から聞こえていた。
少年は勇気を出してそちらに目を向けた。
廊下には誰もいなかった。
その時「ガタガタガタ」という物音がした。
薄暗い廊下の先に見える
「音楽室」が音源だとわかった。
少年の足は震えていた。
直後。
「あぁぁぁぁぁああぁあぁ」
という女の絶叫が廊下を震わせた。
少年は一目散に階段を駆け下りた。
翌日、
クラスで少年がその話をしても誰も信じなかった。
しかしそんな中
一人の少女が真相を確かめるべく名乗りを上げた。
少女の名前は西園愛。
それからちょうど一週間後、
愛は子供達のいなくなった放課後の学校へ
忍び込んだ。
一人で心細かった少女は、
一つ年上の姉、哀(あい)と
四つ下の妹、藍(あい)を誘った。
その日は偶然にも十三日の金曜日だった。
人気のない校舎で三人は一列になって進んだ。
先頭は年長者の哀。
次に愛。
そのすぐ後ろから藍が続いた。
いつもの学校がその時はなぜか不気味だったと、
のちに愛は語った。
校舎西側の階段を三人は足音を立てずに上った。
静かな廊下に三人の不規則な息遣いだけが
聞こえていた。
三階への階段を途中まで上ったところで、
先頭の哀の足が止まった。
「今、何か聞こえなかった?」
振り向いた哀に愛と藍は首を振った。
「姉さん、脅かさないでよ。
藍が怖がるでしょう」
「気のせいかしら」
三人は気を取り直してふたたび階段を上り始めた。
そして三人が三階に着いたその時、
「あぁぁ~~っ」
という苦し気な叫び声が廊下に響いた。
三人の足が止まった。
「・・今のは聞こえたでしょ?」
哀の言葉に愛と藍は無言で頷いた。
「お、お姉ちゃん、ボク怖いよぉ」
藍が愛の手を強く握った。
「お、音楽室の方からだよね?」
愛の言葉に哀は頷いた。
三人は廊下の奥の音楽室の扉に目を向けた。
扉はしっかりと閉ざされていたが、
時折、中から
「ガタガタ」
と机や椅子が揺れるような音がしていた。
「どうする?」
哀は妹たちに意見を求めた。
「ここまで来たんだから確かめましょうよ」
「ボク怖いよぉ、もう帰ろうよぉ」
愛とは対照的に藍は怯えていた。
次の瞬間、
「うあぁぁぁぁぁああぁあぁ」
という獣のような雄たけびが廊下に響き渡った。
三人は一目散に階段を駆け下りた。
翌日、三姉妹の証言から
明少年の話が嘘ではないことが証明された。
この話は
「音楽室の幽霊」
として子供達の間で語り継がれることになった。
同時に幽霊の正体に関して
様々な憶測が飛び交った。
その中でも最も有力な説は
「ベートーベン」の肖像画が
幽霊の正体だというもので、
いつの間にかそれが真実だと
信じられるようになっていた。
日が暮れ始めて、
俺達は「楽園」を後にした。
茜が一人で帰るのが怖いと言ったので、
翔太が家まで送ることになった。
俺と洋は二人に手を振って別れた。
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