黄昏は悲しき堕天使達のシュプール

四章 Reappearance

七月 ＜会談＞ 3

「じゃあ次は私の番ね。
　私の話は近所に住んでる
　三年生の女の子二人から聞いたお話よ」
そう言って茜は煙草に火を点けた。

茜の話は今から一年前にさかのぼる。
その少女達が二年生の頃、
クラスに花巻花という女の子がいた。
花巻は大人しく
いつも一人で過ごしていたそうだ。

「相馬さんみたいな女の子と思えばいいわ」
茜はそう付け加えた。

長い夏休みが終わり、
久しぶりに登校すると
教室で騒ぐ子供達の中に
花巻花の姿だけがなかった。
しかし彼女のことを気にする者は
誰一人としていなかった。
結局、
それから花巻花が学校に
姿を見せることはなかった。
少女達は三年生になった。
そして。
話は現在に戻る。
つい一週間前のことである。
放課後、少女達は懐かしくなって
二年生の頃の教室を覗いた。
その時である。
黄昏時の誰もいない教室で
窓際の一番後ろの席に座っている
花巻花を見つけたのだ。
一人、
机に座って窓から外を眺めていた花巻花の姿に、
少女達は恐怖のあまり一目散に逃げだした。
「彼女達は言ってたわ。
　多分、
　花巻花さんは去年亡くなったんだろうって。
　きっと彼女は幽霊になって戻ってきたのよ。
　そして馴染みのある二年生の頃の教室で
　クラスメイトを待ち続けていたんだわ。
　可哀想な話よ」
話し終えると茜はそっと目尻を拭った。

「あ、茜ちゃん、
　そ、それは、ほ、本当の話なのかな・・」
「じょ、冗談き、キツイぜ、な、なあ。翔太」
翔太と洋は同時に新しい煙草に火を点けたが、
その手は僅かに震えていた。

「嘘だと思うのなら
　二年生の教室に行ってみたら？」
茜の言葉に翔太と洋は
「とんでもない」と激しく首を振った。
そんな二人の様子に茜はご機嫌だった。

「あら？あっくんは怖くないのかしら？」
茜の言葉に翔太と洋が俺に目を向けた。

「茜の話は、
　実際に花巻花という生徒がいる
　というだけのことさ」
俺は煙の輪を三つポンポンポンと吐き出した。
「だから。それが怖いんだよ、あっくん」
「そうだぜ。
　死んだはずの生徒が教室にいるんだぜ？」
「そうよ。
　ちゃんと目撃者がいるのよ、それも二人も」
三人は団結して俺に対抗してきた。
「何も怖いことはないさ。
　なぜなら花巻花は死んでないんだから」
「えっ」
翔太と洋の声が重なった。
茜はじっと俺の顔を見ていた。

「そもそも花巻花が死んだという
　事実はないだろ？
　彼女が学校から姿を消した理由は
　色々と考えられるが、
　多分、彼女は病気を抱えていたんだろう。
　その治療の為に学校を休まざるを得なくなった。
　そして長い療養期間を終えて
　学校に戻ってきたが、
　二年生の授業を受けていないため、
　また二年生からやり直したというだけの話さ」
「そ、そう言われてみれば・・」
「お、俺もそんなことだと思ってたんだよ」
翔太と洋はお互いの顔を見て安堵の溜息を漏らした。

「さすがあっくんだわ。
　せっかくみんなを怖がらせようと思ってたのに、
　残念だわ」
茜はつまらなそうに
「ふー」と煙を斜め上に向かって吐いた。
「茜ちゃんひどいよぉ」
「そうだぜ。人が悪いぜ、茜ちゃん」
「あら、翔太さんも洋さんも
　これくらいで怖がってたら、
　いざという時に女の子を守れないわよ」
そう言うと茜は煙草を指で弾いた。