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四章 Reappearance

七月 <会談> 1

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七月に入って徐々に暑さが増してくると
子供達の間では怪談話が盛んになってきた。
子供は怖がりな癖に不思議と怖い話が好きだった。

ある晴れた日の放課後、
俺達少年探偵団はいつものように
「Twilight Avenue 城之三崎」
に集まって煙草をふかしていた。
しばらくして翔太が
「怖い話があるんだけど」と切り出した。


「一組の三ノ宮結女さんって知ってる?」
俺は首を傾げたが、洋と茜は頷いた。
「僕、彼女の秘密を知ってしまったんだ」
翔太の言葉に
茜は興味なさそうに煙を吐き出したが、
洋は煙草を足で踏み消してから
「何だよ、教えろよ」と目の色を変えた。
「あっくんは知らないだろうから
 一応説明しとくけど、
 三ノ宮は一組の中でも一番かわいいんだよ、
 なあ翔太?」
「そうだね」
「それに三ノ宮のお母さんは外国の人らしくてさ、
 三ノ宮も他の子と違って大人っぽいんだよな」
洋の言葉に翔太は「うんうん」と頷いた。
「やっぱり外国人の血が混じってると
 成長が早いのかな。ひひひ」
洋は鼻の下を伸ばした。
「まぁ!翔太さんも洋さんもいやらしいわ」
茜が二人に冷たい視線を投げると、
翔太は
「ち、違うんだよ!茜ちゃん!」
と激しく首を振り、
洋は
「ご、誤解だぜ。
 俺は一組なら西園愛のほうがタイプだぜ」
と意味不明な弁解をしていた。
その時、俺は剛田の遺品の体操着の中に
「三ノ宮結女」と
「西園愛」の文字があったことを思い出した。

「それでその三ノ宮結女がどうしたって?」
俺は脱線した話の軌道修正を試みた。
「そ、そうなんだ。聞いてよ」
翔太は手をポンと叩くと、
気を取り直して続きを語り始めた。

一組には
北条万紗子、日野登美子、浅井喜久子
という三人の女子生徒がいる。
彼女達三人は三ノ宮結女のことを
以前より快く思っていなかった。
それは三ノ宮がハーフであるということも
関係しているのだろう。
人は自分とは違うモノを区別する。
この場合の区別は差別と同義語になる。
三人は三ノ宮が大人しいことをいいことに度々、
三ノ宮に意地悪をしていた。
ある時、どこで聞いたのか
三人は三ノ宮の秘密を知った。
それは秘密というよりも事情といった方が
正しかったが、
三人はあえてそれを秘密と呼んだ。
その秘密とは
三ノ宮の両親は彼女が小学校一年生の時に
飛行機事故で死んでいるということだった。
以来、三ノ宮は児童養護施設に入所していた。
三人は三ノ宮に両親がいないことを揶揄った。

「それは酷いぜ」
「三ノ宮さんが可哀想だわ」
洋と茜は怒りを露わにした。
弱者が虐げられるのは世の常だ。
それは子供の世界でも大人の世界でも変わらない。
そして嫉妬は人間の持つ最も醜い感情だ。
「たしかに酷くて可哀想な話だが、
 それのどこが怖い話なんだ?」
「話はここからだよ」

三人に酷い言葉を浴びせられた三ノ宮は俯いた。
そんな三ノ宮を見て三人は意地悪く笑った。
次の瞬間、顔を上げた三ノ宮が静かに口を開いた。
「・・予言をしてあげる。
 北条さん。
 あなた、車に気を付けたほうがいいわ。
 日野さんは、階段に。
 そして浅井さん、あなたは今のところは大丈夫。
 でも今後はどうなるかわからないから
 気を付けて」
それだけ言って三ノ宮は三人の前から立ち去った。

それからしばらくして、
北条万紗子が下校中に車にはねられた。
その場面を目撃していた数人の子供達が、
「信号待ちをしていたら、
 突然彼女が車道へ飛び出した」
と口を揃えて証言している。
幸い命に別状はなかったが、
北条万紗子は今も入院中である。

その数日後、
今度は昼休みに日野登美子が
学校の階段から転落した。
こちらに関しては休み時間の混雑した廊下が
事故現場ということで、
目撃者は少なくなかった。
「階段を下りていたら突然、
 前を歩いていた彼女がバランスを崩して落ちた」
「悲鳴と共に階段から彼女が落ちてきた」
しかし事故の瞬間を見た者はなく、
証言内容はどれも曖昧だった。
彼女は手と足の骨を折って、
現在車椅子のお世話になっている。

「ね?怖いでしょ?」
翔太が俺達に同意を求めた。
「その話、本当かよ?
 でもあの三人は元々意地悪だから、
 罰が当たったのかもな」
「そうね、北条さんと日野さんは自業自得だわ」
どうやら洋と茜は
事故の被害者である二人に
良い印象を持っていないようだ。
「きっと三ノ宮さんは本物の予言者なんだよ」
翔太がそう言うと、
「わかったわ!
 もしかしたら三ノ宮さんって
 未来から来たんじゃないかしら?」
と茜は目を輝かせた。
俺はその言葉に一瞬、ドキッとした。
俺は短くなった煙草を足で踏み消した。

「いや、これは呪いだぜ。ひひひ」
「呪い?」
翔太と茜の声が重なった。
「ああ。三ノ宮はきっと呪いをかけたんだ。
 丑の刻参りって知ってるか?」
洋はゆっくりと煙を吐きながら俺達を見回した。

「聞いたことあるよ。
 深夜に嫌いな人の名前を書いた藁人形を
 電柱に貼りつけて燃やすと、
 書かれた名前の人に不幸が訪れるんだよね」
「翔太さん、違うわよ。
 頭に三本のロウソクを縛り付けて、
 早朝の神社で嫌いな人の名前を叫びながら
 踊るのよ。
 そうしたらその人は死んじゃうのよ」
「違うぜ、二人共。
 嫌いな奴の髪の毛を粘土に練り込んでから
 人形を作るんだ。
 そしてその人形に釘を刺すと、
 人形が刺された部分と同じ箇所を
 そいつが怪我するんだ」
三人の丑の刻参りに関する知識には
多少の齟齬があったが、
俺は訂正せずに聞き流した。

「あっくんは信じてないみたいだね」
翔太の声で洋と茜の視線も俺に集まった。
「い、いや、そういうわけじゃないんだが・・」
俺は否定したが、
三人の疑いの眼差しが
俺から外されることはなかった。
俺は頭を掻いた。
「わかったよ。
 この件に関する俺の考えを話すよ」
そして俺は新しい煙草に火を点けた。

「その三ノ宮という少女だが、
 予言者でもなければ未来から来た人間でもない」
「ひひひ。俺の言った通りだろ?
 二人の言ってることは現実的じゃないぜ」
洋は勝ち誇ったように胸を張った。
「そして残念ながら呪いでもない」
俺の言葉に洋が煙草を落とした。

「答えは単純だ。
 三ノ宮という少女が
 自分の言葉通りに二人の少女を襲ったんだ」
「えっ!」
三人が驚きの声をあげた。

「どちらの場合にも、
 被害者の周りには少なからず子供達がいた。
 その中に三ノ宮もいたはずだ。
 彼女は事故の混乱に乗じて
 現場から立ち去ったんだ」
三人の目が点になった。
「種がわかれば
 手品なんて不思議でも何でもないんだ。
 この世に不思議なことはないし、
 結果には必ず原因がある」
三人に偉そうなことを言ったところで、
俺は自分の身に起こった謎については
何もわかっていなかった。
その矛盾に俺は苦笑するしかなかった。

「あっくんの考えはわかったけどさ。
 何で浅井さん一人だけ無事だったんだろう?」
翔太の疑問に、
洋も茜も「どうしてだろう?」と首を傾げた。
三人の視線がふたたび俺に集まった。
「さあな。
 それは三ノ宮本人に聞くしかないだろうな」

今回、
たまたま事故に遭った二人の少女の命は助かった。
しかし一人の少女が
同級生を危険な目に遭わせたことを考えたら、
翔太の言う通り怖い話だった。
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