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二章 Reunion
四月 <本質> 6
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翌朝、俺が登校すると
クラスの皆が俺のことを「あっくん」と呼んだ。
教室の後ろで
ニヤニヤと顔を歪めている大吾が目に入った。
隠された意味を知らなければ可愛い渾名だった。
きっと周りの大人達もそう考える。
大人は子供のいじめに気付かない。
それは属している世界が違うということもあるが、
もう一つ
大人は肝心なことを忘れているからだ。
子供は時に大人が考えているよりも
ずっと残酷で狡猾であるという
自分達の歩んできた歴史を。
この日から俺に対する大吾の嫌がらせが始まった。
しかし靴や上履きを隠されたり、
教科書に落書きをされたりといった
子供じみた嫌がらせは、
俺にとってはどうでもいいことだった。
俺は大吾の嫌がらせに対して
過度な反応をせず学校生活を送っていた。
そんな俺の態度に我慢がならなかったのだろう、
大吾は稀に直接暴力を行使してくることがあった。
それは不注意を演じたり、
偶然の事故を装うこともあった。
このような肉体的な攻撃が一番堪えた。
肉体的な痛みは子供も大人も関係ないからだ。
因果応報。
自業自得。
いずれ大吾はその報いを
別の形で受けることになるだろう。
そのためにも俺はなるべく早く
奥川と親密になる必要があった。
ある日の授業中、
俺はナカマイ先生の話に耳を傾けながら
窓の方へ目を向けた。
自然と窓際の一番前の席の
相馬沙織に目が留まった。
相馬は椅子に背を預けて腕を組んでいた。
ナカマイ先生の話を聞いているのかいないのか
わからなかったが、
その姿からは明らかに退屈している様子が
見て取れた。
そんな相馬だが成績は良かった。
自分から進んで発言することはなかったが、
時折指名された時は、
正確な答えを端的に述べていた。
俺は続いて教室中央の席の
奥川暁子へと視線をスライドさせた。
頬杖をついているその姿は、
やはり他のクラスメイトとは違って
大人の色気を醸し出していた。
「前世」の奥川は中学生になると
その素行に問題が出てくる。
所謂不良と呼ばれる人種の仲間入りをする。
服装が乱れ化粧をするようになる。
二十年後であれば中学生の化粧くらいで
目くじらを立てることもないのだろうが、
時代が時代である。
時と場所によっては称賛されるべき行動も
罰せられることがある、
と言うのは少々大袈裟か。
とにかく。
彼女はその美しさ故、
不良の中でもひと際目立った存在だった。
美しく凛とした彼女には
不良達ですら近づくことができなかった。
そのため奥川は一匹狼だった。
中学校の三年間、
俺と奥川は同じクラスになることはなかった。
時折学校で見かける彼女は
いつも一人で少し寂しそうだった。
その後、中学校を卒業した奥川に関しては
噂でしか知らない。
奥川は高校を中退して
水商売の世界へ足を踏み入れる。
そして二十歳になる前に、
自分のお店を持つまでに成功する。
三十歳の時、一度だけ小学校の同窓会があった。
そこで見た奥川の美しさに俺はしばらくの間、
目を奪われていた。
手の届かない存在。
テレビを通してしか見ることのできない
女優やアイドル。
いやそれ以上の存在か。
教祖。神。つまり信仰の対象。
大袈裟ではなく、そう思った。
現に同窓会に来ていた男達は皆、
遠巻きに奥川を眺めているだけだった。
その時、
奥川が俺の方を見た。
俺と目が合うと奥川は手を振って
俺の所へ歩いてきた。
「あっくん、昔と全然変わらないのね」
一人でビールを飲んでいた俺に
彼女はそう言って微笑んだ。
俺は奥川の左手の薬指に光るダイアの指輪を見て、
その指輪の送り主に軽く嫉妬した。
それから俺達は軽く世間話をした。
その時点で奥川の経営するお店は四店舗あって、
美容関係の仕事にも手を広げていた。
結局、俺は指輪の話題を出すことができず、
彼女はふたたび女性陣の中へと戻っていった。
一人になった俺は相馬の姿を探したが、
当然のように彼女の姿はなかった。
小学校の卒業式前に突然、
学校から姿を消した相馬沙織。
俺はもしかしたらと思い、
同窓会に呼ばれていたナカマイ先生に
相馬のことを訊ねてみた。
しかし、ナカマイ先生も
相馬のことは何も知らなかった。
彼女のことを知る者は誰もいなかった。
同窓会では一つの話題が皆を驚かせた。
それはナカマイ先生と猿田権造が
すでに離婚していたということだった。
実際には結婚三年目、
俺達が小学校を卒業してから六年後に
離婚したらしい。
子供がいなかったこともあり、
話はすんなりと進んだようだ。
それに対しては皆が口を揃えて
「良かった」と祝福した。
「あの男にナカマイ先生は勿体ない」
それが皆の総意だった。
クラスの皆が俺のことを「あっくん」と呼んだ。
教室の後ろで
ニヤニヤと顔を歪めている大吾が目に入った。
隠された意味を知らなければ可愛い渾名だった。
きっと周りの大人達もそう考える。
大人は子供のいじめに気付かない。
それは属している世界が違うということもあるが、
もう一つ
大人は肝心なことを忘れているからだ。
子供は時に大人が考えているよりも
ずっと残酷で狡猾であるという
自分達の歩んできた歴史を。
この日から俺に対する大吾の嫌がらせが始まった。
しかし靴や上履きを隠されたり、
教科書に落書きをされたりといった
子供じみた嫌がらせは、
俺にとってはどうでもいいことだった。
俺は大吾の嫌がらせに対して
過度な反応をせず学校生活を送っていた。
そんな俺の態度に我慢がならなかったのだろう、
大吾は稀に直接暴力を行使してくることがあった。
それは不注意を演じたり、
偶然の事故を装うこともあった。
このような肉体的な攻撃が一番堪えた。
肉体的な痛みは子供も大人も関係ないからだ。
因果応報。
自業自得。
いずれ大吾はその報いを
別の形で受けることになるだろう。
そのためにも俺はなるべく早く
奥川と親密になる必要があった。
ある日の授業中、
俺はナカマイ先生の話に耳を傾けながら
窓の方へ目を向けた。
自然と窓際の一番前の席の
相馬沙織に目が留まった。
相馬は椅子に背を預けて腕を組んでいた。
ナカマイ先生の話を聞いているのかいないのか
わからなかったが、
その姿からは明らかに退屈している様子が
見て取れた。
そんな相馬だが成績は良かった。
自分から進んで発言することはなかったが、
時折指名された時は、
正確な答えを端的に述べていた。
俺は続いて教室中央の席の
奥川暁子へと視線をスライドさせた。
頬杖をついているその姿は、
やはり他のクラスメイトとは違って
大人の色気を醸し出していた。
「前世」の奥川は中学生になると
その素行に問題が出てくる。
所謂不良と呼ばれる人種の仲間入りをする。
服装が乱れ化粧をするようになる。
二十年後であれば中学生の化粧くらいで
目くじらを立てることもないのだろうが、
時代が時代である。
時と場所によっては称賛されるべき行動も
罰せられることがある、
と言うのは少々大袈裟か。
とにかく。
彼女はその美しさ故、
不良の中でもひと際目立った存在だった。
美しく凛とした彼女には
不良達ですら近づくことができなかった。
そのため奥川は一匹狼だった。
中学校の三年間、
俺と奥川は同じクラスになることはなかった。
時折学校で見かける彼女は
いつも一人で少し寂しそうだった。
その後、中学校を卒業した奥川に関しては
噂でしか知らない。
奥川は高校を中退して
水商売の世界へ足を踏み入れる。
そして二十歳になる前に、
自分のお店を持つまでに成功する。
三十歳の時、一度だけ小学校の同窓会があった。
そこで見た奥川の美しさに俺はしばらくの間、
目を奪われていた。
手の届かない存在。
テレビを通してしか見ることのできない
女優やアイドル。
いやそれ以上の存在か。
教祖。神。つまり信仰の対象。
大袈裟ではなく、そう思った。
現に同窓会に来ていた男達は皆、
遠巻きに奥川を眺めているだけだった。
その時、
奥川が俺の方を見た。
俺と目が合うと奥川は手を振って
俺の所へ歩いてきた。
「あっくん、昔と全然変わらないのね」
一人でビールを飲んでいた俺に
彼女はそう言って微笑んだ。
俺は奥川の左手の薬指に光るダイアの指輪を見て、
その指輪の送り主に軽く嫉妬した。
それから俺達は軽く世間話をした。
その時点で奥川の経営するお店は四店舗あって、
美容関係の仕事にも手を広げていた。
結局、俺は指輪の話題を出すことができず、
彼女はふたたび女性陣の中へと戻っていった。
一人になった俺は相馬の姿を探したが、
当然のように彼女の姿はなかった。
小学校の卒業式前に突然、
学校から姿を消した相馬沙織。
俺はもしかしたらと思い、
同窓会に呼ばれていたナカマイ先生に
相馬のことを訊ねてみた。
しかし、ナカマイ先生も
相馬のことは何も知らなかった。
彼女のことを知る者は誰もいなかった。
同窓会では一つの話題が皆を驚かせた。
それはナカマイ先生と猿田権造が
すでに離婚していたということだった。
実際には結婚三年目、
俺達が小学校を卒業してから六年後に
離婚したらしい。
子供がいなかったこともあり、
話はすんなりと進んだようだ。
それに対しては皆が口を揃えて
「良かった」と祝福した。
「あの男にナカマイ先生は勿体ない」
それが皆の総意だった。
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