上 下
8 / 148
二章 Reunion

四月 <本質> 4

しおりを挟む
二十年ぶりの学校生活は
懐かしさもさることながら、
何もかもが新鮮だった。

俺はうまく小学生を演じられるか心配だったが、
転校してきて十日目の俺のことを
詳しく知る者はなく、
俺の性格や態度が多少大人びていたとしても、
不思議に思う者はいなかった。

宿禰市から転校してきた俺は、
都会の人間ということで
クラスメイトから羨望の眼差しで見られた。
加えて成績も良く
運動神経も優れていた俺は
自然と目立ったのだろう。
そんな俺を快く思わない人間がいた。

賢い人間を忌み嫌うのは愚者の常である。
賢者は未来を考える。
しかし愚者は今を見る。
賢者は皆の利益を優先する。
しかし愚者は己の利益を第一に考える。
それゆえに両者の利害が一致することはない。

そして困ったことに愚者は他人を妬む。
他人を蹴落とすだけでなく、
時には他人を争わせようと目論む。
いつの世も愚者は狡猾に立ち回ろうと
画策している。
優秀な者が世界を創っているのではなく、
賢者に嫉妬した愚者が奸計を巡らせ
その座を奪い世界を牛耳っている。

賢者は争いを避ける。
対して愚者は争いを好む。
だから世界は常に混沌と混乱で溢れかえっている。
それは子供の世界でも変わらない。

俺に目を付けたのはクラスで最も愚かで、
しかし絶対的な暴力を持った男だった。

男の名は
熊谷大吾(くまや だいご)
単細胞でその頭脳に反比例して
体は誰よりも大きかった。
そのゴリラのような外見からは
想像もできないほど動きは素早く、
運動神経に優れていた。
将来は相撲取りだなと教師達ははやし立てていた。

熊谷には三人の取り巻きがいた。

一人は、
佐藤翔太(さとう しょうた)
という男子生徒で、
小さな目に度の強そうな大きな丸眼鏡を
かけていた。
大人しくて真面目な少年だったが
成績はクラスでも最下位だった。
運動神経も悪かったので、
よく皆から揶揄われていた。
気弱な性格で、
普段から要領も悪く、
しばしば先生にも注意されていた。
「前世」では
大吾のいじめの標的にされていた生徒だ。

二人目は、
鈴木洋(すずき ひろし)
という男子生徒だ。
つり目のキツネ顔に
ツンと立った前髪が特徴的だった。
父親が会社を経営をしていて家が裕福だった。
成績は大吾や翔太より若干良い程度だったが、
狡賢く要領が良かった。
その財力と立ち回りによって
大吾の右腕としてクラスでは幅を利かせていた。

三人目は女子生徒で名前を
塚本茜(つかもと あかね)
といった。
大きな目が特徴的で、
おさげの髪を左右で結んでいた。
成績も優秀で生活態度も真面目だった。
加えてお淑やかで礼儀正しかった。
彼女はピアノが得意だった。


この日、昼休みが終わろうとしていた時、
一階の廊下でちょっとした騒ぎがあった。

廊下を歩いていた大吾に
走ってきた下級生の男の子がぶつかったのだ。
大吾は尻餅をついた男の子の首を掴んで
無理矢理立たせると
「ちょっとこっちへこいよ」と凄んだ。
男の子は今にも泣きそうな声で
「ごめんなさい」と繰り返していた。
周りの子供達は何も言えず、
おろおろとその場に立ち竦んでいた。
しかしそれは仕方のないことだった。
弱肉強食は動物の世界では当たり前。
だが俺は
暴力や立場を利用して
弱者を威圧する人間が嫌いだった。

「謝ってるんだから許してやれよ」
大吾の足が止まった。
それからゆっくりと振り向くと
敵意に満ちた目でこちらを睨みつけてきた。
大吾は少年から手を離すと
ゆっくりと俺の方へ歩いてきた。
そして俺の前で立ち止まった。

俺は大吾を見上げた。
百八十センチに迫ろうかという身長に、
優に百キロを超えている体重。
百五十センチ、四十五キロの俺と比べると
大人と子供ほどの体格差だった。
子供なら怖くて逃げ出すだろう。
しかし。
俺にそんな脅しは通用しない。
今の仕事を始めた頃から俺は格闘技に加えて、
多少荒っぽい実践向けの技術も身に付けていた。
そして体重差がモノをいうのは
ルールの中で戦う格闘技だけだ。
もし今、
大吾が手を出してきたら
俺は迷わず急所を蹴り上げてその目を潰す。

「今、何か言ったか?」
大吾はドスの利いた声でそう言うと
俺を睨みつけた。
「許してやれって言ったんだよ」
俺は大吾から目をそらして、
怯えている少年に
「もういいから、教室に戻りな」と手を振った。
少年は頭を下げて駆けていった。
「何してんだよ、お前」
大吾が一歩前に出て俺に凄んだ。

その時、
「お前達!昼休みは終わったぞ~。
 早く教室に戻れ!」
という声が聞こえた。

すぐに俺達を取り囲んでいた子供達が
一斉に散った。
俺もそれに紛れ込んだ。
「覚えてろよ」
という大吾の声が後ろから聞こえた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

坊主女子:青春恋愛短編集【短編集】

S.H.L
青春
女性が坊主にする恋愛小説を短篇集としてまとめました。

【実話】友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
青春
とあるオッサンの青春実話です

the She

ハヤミ
青春
思い付きの鋏と女の子たちです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...