ボクは名探偵?

Mr.M

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十章 キミとボク

第62話 月夜

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「アナタは身代わり。
 ただ彼女の代わりに耐えるだけの存在。
 それなのに。
 こんな小説を書くなんて。
 本当に・・馬鹿ね」
霧の中の声は
先ほどと同じようなことを言った。

ボクは頭を振った。

この小説を書いたのは詠夢。
Mr.Mの正体は詠夢なのだ。
決してボクじゃない。

「そもそも彼らに復讐することは
 アナタの願いでもあったはず。
 ワタシはその願いを叶えてあげたの。
 アナタができないことを
 ワタシがしてあげたのよ?
 アナタはワタシに感謝こそすれ
 ワタシを糾弾する資格はない。
 アナタは無能な探偵でいいの。
 この小説には名探偵なんて必要ないの」
少女の言葉は呪文のように
ボクの頭を侵蝕していった。
「で、でも・・これは!
 推理小説だ!
 探偵が事件を解決しなければ
 読者は納得しない!」
ボクは反論を試みた。
暗闇と濃霧の中で必死に足掻いた。

「ふふっ」
どこかで彼女が小さく笑った。
「あららら。
 言ってることが真逆ね。
 アナタ。
 さっき自分が言ったことを忘れたの?」
少女の声が遠くから聞こえる。
「これは出来の悪い私小説なんでしょ?」

出来の悪い私小説?
ボクが言った?
本当に?
これは推理小説。
さる高名な作家の有名な作品をオマージュした
推理小説だ!

「ふっ。ふふっ。ふふふっ。ふふふふっ」
濃霧の中で少女の笑い声が響いた。
「何が可笑しい!」
ボクは声の限り叫んだ。

「リーリー。リーンリーン」
美しくも悲しげな虫の音が聞こえた。

「・・それに。
 読者なんてどこにもいないじゃない?
 公開したところで誰一人として
 この小説を読んでいないのは
 PV数にも現れてるでしょ?
 誰も読まない推理小説なんて・・
 解決する必要はないのよ!」

その時、突然。
立ち込めていた霧がすっと晴れた。
同時に月明かりが周囲を明るく照らした。
夜空を見上げると丸い月が顔を出していた。
ボクは視線を目の前で立っている少女に向けた。
彼女は笑っていた。

「リーリー。リーンリーン」
虫が鳴いた。

『親殺しはその天寿をまっとうできず』
頭の中にどこかで聞いた声が響いた。

・・な。

・・るな。

「ボクをそんな目で見るなー!」
次の瞬間、
ボクは目の前の少女に向かって駆け出した。

「ちょ、ちょっと!
 な、何するの!」

少女の両肩に手を掛けると彼女は抵抗した。
「や、やめて!
 は、離して!」
ボクは両手に力を込めて彼女の体を引き寄せた。

女の子に負けるほど・・ボクは軟じゃない!

ボクは腰を落とした。
不意を突かれた彼女が
体のバランスを崩したのがわかった。
ボクは柔道の背負い投げの要領で
彼女の体を投げた。

あっ!

彼女の体が空に投げ出された。

そして・・。

彼女の体は
地面ではなく暗い谷底へと吸い込まれていった。

「きゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

叫び声が夜空に木魂した。

「ジリジリジリジリ」
騒がしく耳障りな虫の音が聞こえた。
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