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そして本当にハッピーエンド

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 本日週末、金曜日。
 勝手知ったる神山透の自宅リビングで寛ぎ中の私である。
「ちょっと調べ物だけ、いいですか?」
 仕事関係の何かを自宅に持ち帰って来た様子のイケメンは、着替えもそこそこにノートパソコンで作業をし始めている。
 作業の邪魔をしてはまずかろう。その傍らで大人しく、帰り道コンビニで購入したドリップのアイスコーヒーを片手に雑誌をペラペラめくって眺めてみる。新作の服を買うわけでもないのに、発売される度につい買ってしまうファッション誌の今月の巻頭特集は『コレが私の運命♡ジュエリー特集』。

 運命だなんて大げさだなぁ……と思いつつ読んでいくと一枚のネックレスの写真が目に留まる。
 プラチナの繊細なチェーンに六本の爪の石座で留められた小さな、けれど確かに煌めく一粒のラウンド型のダイヤモンド。チェーンとチャームをつなぐバチカンが短く控えめなところも好ましい。
 背景が黒いせいだろうか。石のカットの様子と光が当たって輝く様が詳細に見て取れて、写真ながらもいつまでも魅入ってしまう魔法のような引力がある。
 特にアクセサリーに興味があるというわけではないけれど、これには何故か心惹かれてしまう。
 ……いやいや待て待て。先ずは一旦落ち着こう。
 ストローを口へと運びコーヒーを一口ゴクリと飲み込んでから再度ページを眺めてみるが、やっぱり色々掲載されている中でもあのネックレスだけが特別輝いて見える。
 ダイヤモンドだけあって、お値段はそこそこお高いものである。けれど、数ヶ月節約生活を送っていれば買えないこともない範囲でもある。
 どうしよう。買える……買えてしまえる。
 
「うぅーん……。これが運命のジュエリー、ってやつなのかなあ……」
「ん?何が運命なんですか?」

 一人悶々と悩んでいると、気になったのか神山透も背後から覆い被さるように雑誌を覗き込んでいる。

「これ……。控えめだけれど、キラキラ眩しく光り輝いているところが、郁子さんみたいで素敵ですね」

 『控えめ』とかってそれ褒め言葉?と思うものの、宝石の王様に例えられて嫌な気分になる人はいない。良い意味として取ってやろうと思う私である。

「本当に綺麗ですよね。ちょっと買うのには勇気がいりますけど、なんだか凄く気になっちゃって」

 視線をページから離すのも名残惜しく写真を指で触れていると、神山透はそっと私の後髪をかきあげて「間もなく郁子さんの誕生日ですよね?プレゼントはこれにしますか?」なんて聞いてくる。

「僕が買ったものを身に付けて日々を過ごしてくれるなんて想像したら、もう堪らないですよね」
 
 そんなことを言いながら首元のまだ見ぬネックレスを辿るように指先で一周させると、唇を這わせ、舌でその肌を愛撫する。
 抱きしめてくる腕に力が込められ、背中には神山透が発する体の熱が感じられる。
 少しくぐもった独占欲を滲ませた声と、ヌルリとうごめく舌の熱い感触。これから始まる官能の合図に身体がぞくりと総毛立つが、ここで快楽に負けてしまうのもいかがなものか。何事もないように話を続ける私である。

「ひゃぁ、ん……っ!でも、買って頂くにはちょっと高額ですし……っ」
「そんなことないですよ?大好きな人が喜ぶ顔が見れるならばいくらかかったとしても、お金なんて惜しくありませんよ」

 ……考え方が中々に極端で、破滅的である。
 キャバクラのご贔屓嬢の為にせっせと散財するおじさんみたいな考え方に一瞬にして頭は冷えて、神山透の懐事情を心配してしまう私である。神山君よ、私がおねだり上手な金遣いの荒い女でなくて良かったな。

「お気持ちはありがたいんてすけれど、これは頑張って自分で買ってみようと思うんです」
「そうですか?」
「自分のお金で買うからこそ、意味のあるものでもあると思いますし」

 イケメンへの余計な心配はさておいて、断りを入れる私である。
 仕事に全力投球した成果として手に入れてこそ、この宝石は光り輝くのではないだろうか。別写真を彩るモデルの様に、ネックレスを身に付けて颯爽とオフィスを闊歩する自身を想像する。
  
「でも、プレゼントしてくれるって言って頂いたのは凄く嬉しかったんですよ?」

 破滅的だろうとなんだろうと、私の為に買ってくれようとしたその気持ちが、やっぱり何だかんだで胸を打つ。そんな気持ちを表したくて軽く頬にキスをする。
 
「さてと、まだ仕事は終わってないでしょう?」

 この続きはまた後でと、するりと腕をすり抜けてパソコンに向かうように促してやると、提案を断られたイケメンは、ほんの少し残念そうな表情をするが、すぐに何かを閃いたらしく満面の笑みで微笑んでいる。

「まあ、郁子さんにはこれからもっと別な特別なものを贈る予定がありますからね。今回はそういうことで譲ってあげますよ」
「え?特別な?」

 意味も判らずそんなものを贈られるのは、とてもじゃないが気が引ける。どういうことかと眉を顰めて聞き返す。

「そう。もっと高価で、もっと大事な意味のある、ね」
「大事な意味……?」

 怪訝な面持ちをする私を横目に神山透はテーブルの上の、アイスコーヒーに刺したストローが入っていた包み紙を指でつまむ。
 そして私の指に丁寧にそれを巻き付け、リボン結びで仕上げをすると、恭しくもイケメンはそっとその指先に口づけをする。

「これから先アクセサリーをどれだけ買っても構いませんけど、この指だけは、僕だけの為に空けておいてくださいね」

 包み紙が巻き付かれているのは、左手の薬指。

「え、それって……」

 プロポーズ紛いの言葉は今迄何度も受け取っていたらしい私だけれど、意識して聞かされるのはこれが初めてである。
 意味が判ると急に嬉しいやら恥ずかしいやら、なんで今このタイミングなのやらと、考えることが多すぎて頭が沸騰しそうになってしまう。
 真っ赤になっているであろう私の顔をじっと見つけるイケメンは、照れ臭そうにふわりと笑う。

「改めて言うとやっぱり少し恥ずかしいんですけど……。僕はいつだってそういう気持ちだって、どうか覚えておいて下さいね」

 そう言うと腕を伸ばして私をぎゅうと抱き締める。

「えっと……。あの、嬉しい……です」

 どうして神山透は私のことをここまで好きだというのだろう。戸惑う気持ちもまだあるけれど、やっぱり好きな人にそんな究極の愛の言葉を告げられたならば、嬉しくて泣きたくもなってくる。
 躊躇いがちに口を開くと、神山透も嬉しそうに顔を綻ばす。
 
「そう言って頂けると、僕も嬉しいです。今は紙の指輪ですけど……。いつか、本物もして頂けますか?」
「はい。お金を貯めて、いつか私もプレゼントしますから。素敵な指輪、一緒に買いに行きましょうね」

 潤む瞳をぐっと堪えて神山透の体に腕を巻き付けて、私もイエスと返事をすると、イケメンは更にきつく体を抱き締めてくる。
 
「じゃあ『いつか』なんて言わないで、明日にでもこのジュエリーショップに行ってみましょうか?ネックレス見るついでに指輪も一緒に見ちゃいましょう!」
「え?え?いや、ネックレスはともかく指輪を見るのははまだ早いと言うかなんというか……」
「でも、お互いの意志が確認できたんですから善は急げってことで!見るだけなんですから大丈夫ですって!」

 突然の急展開に、嬉し涙はどこへやら。
 一石二鳥だと勢いづく神山透を何とか止めようと、慌ててしまう私である。

 社内で一番仕事が出来る男を論破できる自信はない。
 けれど、こればかりは私の、いや、二人のペースで進みたいところである。

 神山透の浮かれっぷりに、こちらまで胸の奥が甘く締め付けられるような気持ちになりながらも、この暴走特急みたいな男子をどうやって落ち着かせようかと思案する。
 そんな、多分今世界で一番幸せで、贅沢な悩みで頭を抱える私なのだったとさ。
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