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第46話 そわそわソールーナ
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その日、ソールーナは朝からそわそわしていた。それはそうだ、何しろこれからユミリオが来るのである。
ソールーナの絵のモデルが。しかも王子様だ。
はやる心を抑えようと、ソールーナは応接室で黙々とデッサン用の鉛筆を芯を長く露出させるデッサン用の削り方で削っていた。
鉛筆の芯を折らないように、慎重にゆっくりジョリジョリと削る。
スケッチブックはすでにイーゼルに掛けてある。
モデルを何枚かデッサンし、あとはゆっくりそのデッサンから絵を起こして彩色していく――というのがソールーナの描き方である。
ユミリオが紹介してくれた仕事が決まる可能性が高いデッサン。
絵でお金が稼げるかどうかが決まるのだから、緊張もひとしおだ。
――ちなみに今、この邸にリュクレスはいない。今頃城の王宮騎士団で何かをしていることだろう。どういう仕事かは知らないが、なにかこう訓練とか護衛とか、そういったものを。
リュクレスに関してはきっちりと言ってあるし、特に心配もしていなさそうなので放っておこうと思う。それよりデッサンだ。
そんなことを考えていると、ソールーナはますますドキドキしてきた。
その時、コンコン、とノックの音が聞こえてきた。
「はい!」
ソールーナが元気よく返事をすると、ゆっくりとドアが開かれた。
「失礼いたします、奥様。お客様がお見えになりました」
「今行きます!」
すました顔のメイドに、ソールーナは駆け足で向かう。
――一応、ユミリオはお忍びという体でやってくる手筈になっていた。
結婚している女性に、夫が不在の間に会いに来るのだ。どう言い訳しようと世間的にはあまりいい顔はされないだろうし、悪い噂もされるだろう。
なので、ユミリオはあくまで極秘裏にこの屋敷を訪れることになっていた。
それでも知らない人が見たら不倫に見えるだろうし、おそらくその噂をこそユミリオは狙っているんだろうな、とソールーナは思う。まだ嫉妬作戦は続いているのだ。
いま、若いメイドは客人の名前も告げなかった。相手は王子なのだから名前は知っていて当然だというのに。使用人として、「これは口出ししないほうがいいやつ」と認識された、というこだ。
確実に勘違いされている案件であるため、ソールーナは若いメイドに説明しようと思った。さすがに勘違いされたままでいるのは辛いから。
「あの、お客様についてなんですが……」
「分かっておりますわ、奥様。私どもは一切口外いたしません。どうかご安心下さいませ」
そして、若いメイドはピシッと言い放つのだ。
「わたくしどもは奥様の味方でございますわ」
「いえそうじゃなくて」
「本日はリュクレス様もお城に行っておいでですし、どうかお二人でごゆっくりなさってくださいませね」
「だからそうじゃなくて」
「……あら」
ふと、メイドが窓の外に目をやった。
「雲が割れましたわ、奥様」
「え?」
言葉につられて見てみると、確かに城の方向の雲が一列に切れて青空が覗いているではないか。
「すごい。なんだか剣で切ったみたいになってる……」
「珍しい空模様ですわね」
メイドが眼を細めていう。
「稀なる空に、稀なる客人……、ああ、なんだかいい詩が思い浮かびそうですわ」
「是非お聞きしたいですね。……じゃなくて、私はですね……」
「分かっております、奥様。わたくし、稀人様についてはあまりの眩しさに眼がくらんでしまってよく見えないのです。わたくしだけではありません、この邸の使用人すべてがそうでありましょう。そのような方と縁を持たれるだなんて、やはり奥様もただ者ではないのですね」
「そうじゃなくて……ほんとに、ほんっとに、そうじゃないんですってば」
なんて会話するうちに、ソールーナは玄関ホール前に来ていた。
扉を開けてメイドが先導して入り、続いてソールーナも入り――そこにいた人物を見て、ソールーナは思わずハッと息を呑む。
付き人もつけずたった一人。ロングコートに身を包み羽根飾り付き帽子を目深に被った背の高い青年がいた。彼はその帽子をちょいと傾げて挨拶してくる。いたずらっ子のように輝く黄金の目には変装用だろう眼鏡が掛けられていて……。
「やぁ、ソールーナさん。お招きありがとうございます。来ちゃいました」
玄関にいたのはもちろんユミリオ・アントセルモ第一王子殿下であった。
思わずごくりと唾を飲み込むソールーナ。
「……っ、よろしくお願いいたします、ユミリオ様」
……これはいい絵が描ける。そう直感が告げていた。
ソールーナの絵のモデルが。しかも王子様だ。
はやる心を抑えようと、ソールーナは応接室で黙々とデッサン用の鉛筆を芯を長く露出させるデッサン用の削り方で削っていた。
鉛筆の芯を折らないように、慎重にゆっくりジョリジョリと削る。
スケッチブックはすでにイーゼルに掛けてある。
モデルを何枚かデッサンし、あとはゆっくりそのデッサンから絵を起こして彩色していく――というのがソールーナの描き方である。
ユミリオが紹介してくれた仕事が決まる可能性が高いデッサン。
絵でお金が稼げるかどうかが決まるのだから、緊張もひとしおだ。
――ちなみに今、この邸にリュクレスはいない。今頃城の王宮騎士団で何かをしていることだろう。どういう仕事かは知らないが、なにかこう訓練とか護衛とか、そういったものを。
リュクレスに関してはきっちりと言ってあるし、特に心配もしていなさそうなので放っておこうと思う。それよりデッサンだ。
そんなことを考えていると、ソールーナはますますドキドキしてきた。
その時、コンコン、とノックの音が聞こえてきた。
「はい!」
ソールーナが元気よく返事をすると、ゆっくりとドアが開かれた。
「失礼いたします、奥様。お客様がお見えになりました」
「今行きます!」
すました顔のメイドに、ソールーナは駆け足で向かう。
――一応、ユミリオはお忍びという体でやってくる手筈になっていた。
結婚している女性に、夫が不在の間に会いに来るのだ。どう言い訳しようと世間的にはあまりいい顔はされないだろうし、悪い噂もされるだろう。
なので、ユミリオはあくまで極秘裏にこの屋敷を訪れることになっていた。
それでも知らない人が見たら不倫に見えるだろうし、おそらくその噂をこそユミリオは狙っているんだろうな、とソールーナは思う。まだ嫉妬作戦は続いているのだ。
いま、若いメイドは客人の名前も告げなかった。相手は王子なのだから名前は知っていて当然だというのに。使用人として、「これは口出ししないほうがいいやつ」と認識された、というこだ。
確実に勘違いされている案件であるため、ソールーナは若いメイドに説明しようと思った。さすがに勘違いされたままでいるのは辛いから。
「あの、お客様についてなんですが……」
「分かっておりますわ、奥様。私どもは一切口外いたしません。どうかご安心下さいませ」
そして、若いメイドはピシッと言い放つのだ。
「わたくしどもは奥様の味方でございますわ」
「いえそうじゃなくて」
「本日はリュクレス様もお城に行っておいでですし、どうかお二人でごゆっくりなさってくださいませね」
「だからそうじゃなくて」
「……あら」
ふと、メイドが窓の外に目をやった。
「雲が割れましたわ、奥様」
「え?」
言葉につられて見てみると、確かに城の方向の雲が一列に切れて青空が覗いているではないか。
「すごい。なんだか剣で切ったみたいになってる……」
「珍しい空模様ですわね」
メイドが眼を細めていう。
「稀なる空に、稀なる客人……、ああ、なんだかいい詩が思い浮かびそうですわ」
「是非お聞きしたいですね。……じゃなくて、私はですね……」
「分かっております、奥様。わたくし、稀人様についてはあまりの眩しさに眼がくらんでしまってよく見えないのです。わたくしだけではありません、この邸の使用人すべてがそうでありましょう。そのような方と縁を持たれるだなんて、やはり奥様もただ者ではないのですね」
「そうじゃなくて……ほんとに、ほんっとに、そうじゃないんですってば」
なんて会話するうちに、ソールーナは玄関ホール前に来ていた。
扉を開けてメイドが先導して入り、続いてソールーナも入り――そこにいた人物を見て、ソールーナは思わずハッと息を呑む。
付き人もつけずたった一人。ロングコートに身を包み羽根飾り付き帽子を目深に被った背の高い青年がいた。彼はその帽子をちょいと傾げて挨拶してくる。いたずらっ子のように輝く黄金の目には変装用だろう眼鏡が掛けられていて……。
「やぁ、ソールーナさん。お招きありがとうございます。来ちゃいました」
玄関にいたのはもちろんユミリオ・アントセルモ第一王子殿下であった。
思わずごくりと唾を飲み込むソールーナ。
「……っ、よろしくお願いいたします、ユミリオ様」
……これはいい絵が描ける。そう直感が告げていた。
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