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第18話 反省したパスカル2

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 もう一度、ゼナは非常階段の踊り場から手すりの向こうを見下ろした。

 すると、こちらを見上げていたナルティーヌと目が合う。ナルティーヌは笑いもせずに手を振ってきた。

 ゼナは手を振り替えし、パスカルに向き直る。

「こんなのって間違ってますわ。だって、だって……」

 意を決していう。

「あなたにつき落とされたといっても、ほんの階段一段ではないですか」

 パスカルからされたいじめ内容はこちらである。

1、水を掛けられた。
2、机の中にゴミを入れられた。
3、階段から突き落とされた。

 更生目的でこれと同じ思いをさせる――という前提であるが、いじめと更生内容が規模的・内容的に合っているのは1番めだけであった。

 1番の水掛け、水は確かにあんな感じでかけられた。ゼナが掛けた方が水が多いような気がするが、まあ水量の問題など大したことはない。これはほぼそのままといっていいだろう。

 しかし、2番め。
 ゼナがパスカルから受けたいじめでは、机の中に入れられたゴミは、ごく普通のゴミだった。決してパスカルの白い液ではなかった。
 まあ、この更生はフレデリクの暴走といえなくもないからゴミの内容は不問として流してもいいかもしれないが。

 さて3番目である。階段からの突き落とし。これに関してはかなりはっきりと過大な更生である。

 ゼナがパスカルからされた階段からの突き落とし。それは、あと一段で終わるというときに背中をぐいっと押されたという程度であった。

「ゼナさん……、あのときは本当にすみませんでした。危ないと分かっていながら俺は……ゼナさんが降りているのを見て、背中に三つ編みが揺れているのを見て……。感情が抑えられなくて……」

「確かにびっくりしましたけど。でも、……あと一段で終わるというときに背中を押されたくらいでしたし……」

 押された力だって弱かった。つんのめってしまったが、それくらいだ。

 それでも十分危ないが、二階から突き落とされたわけではないのだ。

 ゼナはため息をつく。

「それがなんで更生で二階から突き落とすことになったのですか……」

「分かりません。でも、これが俺のみそぎになるんです」

「禊ぎ……? パスカル様、これはあくまで更生です。あなたに私やナルティーヌさんが受けたことを体感して分かってもらうために……」

「ゼナさん」

 パスカルは真剣な目をしていた。

「俺は今まで散々皆さんを傷つけてきました。それは事実です。だから罰を受けなければなりません。俺のせいで傷つけられた人がいるなら、その人たちのために償わないといけないんです。もう二度と……もう二度と」

 くっ、と唇をかみしめるパスカル。

「兄に精液を机の中にぶっかけられたくないから……!」

 あれがいちばん効いたらしい。

「教科書をとろうとしたら手にドロっとしたものが……。あの・・匂いもプンプンしてて。ううっ」

(おかわいそうに)

 ゼナは同情する。

 その弟の机の中にぶっかけたフレデリクだが、今は非常階段のドアの内側にいた。
 さすがに現場を誰かに見られたら困るので、内側の廊下の見張りをしているのだ。

 ――ゼナは己を悔いた。

 やはりこんなこと間違ってる。もっとちゃんと、それをフレデリクにいうべきだった。

 パスカルは反省したのだ。

 それなのに突き落として怪我でもさせたら……いや、この高さなら死んでしまう可能性だってある。そんなことになったら後悔してもしきれないではないか。

「……やっぱりやめましょう、こんなこと」

 と、ゼナは言った。

「フレデリク様には私がきちんとそう報告します、あなたはもう反省したと。これ以上は誰も幸せになりませんわ」

「違うんです、ゼナさん」

 パスカルは首を振る。

「だめです、もう精液は嫌なんです。ここから突き落としてください」

「死んでしまうかもしれませんわ」

「大丈夫です、下にナルティーヌさんがいます。彼女ならきっちりと受け止めてくれます。それだけの給金を払いました」

「え、お金を出して雇った、ということですか?」

 知らないうちに賃金が発生していたようだ。

「はい。事が事ですから俺の騎士達に頼むわけにもいきません。だから事情を知るナルティーヌさんに仕事として依頼したんです。ナルティーヌさんも俺の犠牲者ですし、お詫びの意味も込めて依頼料も成功報酬も多めに設定しました」

 仕事としてナルティーヌに依頼し、それをナルティーヌが受諾したとあっては、もはやゼナがとやかくいえることではない。
 ナルティーヌにはそれだけの技術があるということだろう。

 それでも危険は伴う。受け止め損ねればナルティーヌも大怪我だ。

 やはり、考えれば考えるほどいろんな人が危険である。
 パスカルはもう反省しているというのになんでこんな無駄な危険を冒さなければならないのか。

「せめて他のやり方にしましょう。もっと別の方法があるはずですわ」

「ありません、ないんですよ、ゼナさん。兄が二階から落ちろというんです。これは罰なんです。ですからどうか、ゼナさん、お願いします!」

 頭を下げるパスカル。

「……無理です」

 こんなの間違ってる、とゼナは確信した。

 十分反省しているのに、何でこれ以上の罰が必要だというのか。しかもそれがパスカルにもナルティーヌにも危険を伴うようなことだなんて……。

 水を掛けたり精液をぶっかけたりとは質が違うのだ。

「どうして。俺がこんなに頼んでるのに!」

「どうしてもです。無理なものは無理です。ごめんなさい」

 と言って非常階段のドアを開け、なかに引っ込もうとするゼナ。廊下にいるフレデリクに報告しよう。きちんと説明すればフレデリクも分かってくれるはずだ。

「ま、待って、ゼナさん!」

 追いかけるパスカルの手が、ゼナのお下げをつかみ……、

「いたたたたたっ」

 髪の毛を引っ張られた痛みと衝撃、それにともなう身体の回転運動、痛いから無意識に振り払おうとする手の動き――いろいろなものが合わさってゼナとパスカルはもつれあって踊り場から落ち――。

(きゃあっ!?)

 しかし、そんなゼナの手を強く引っ張り上げるものがあった。

「ゼナ!」

「! フレデリク様!」

 フレデリクのほうへ、強く引っ張られるゼナ。
 ゼナはそのままフレデリクの腕の中へと落ちた。



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