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第2話 おどおど公爵令嬢、泣く
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王太子の発言に困惑して身体の熱が冷めていくゼナの代わりに、ナルティーヌが抗議した。
「ちょっと! 殿下! その女から離れてくださいまし! 殿下は本日今日をもってその女に婚約の破棄を申しつけるのでしょう!?」
「それは違うなナルティーヌ。婚約するも破棄するもすべては真実によると先ほどもいっただろう」
「いきなり口づけするから! もうわけがわかりませんわ!」
「いいじゃないか。愛し合う婚約者なんだし」
そう言い切られると、これも普通なのかと思えてくるから不思議なものだ。
婚約者だからキスしているところを誰かに見られても恥ずかしくないのだ。
そういうふうに自分に言い聞かせるゼナである。でないと恥ずかしさのあまりしゃがみこんでしまうからだ。
「その愛し合う婚約者との婚約を破棄するって話でしょ!?」
「それは違うなナルティーヌ。婚約するも破棄するもすべては真実によると先ほどもいっただろう」
「いきなり口づけするから!」
「愛し合う婚約者だ」
「破棄するって話は!?」
「それ違」
「いきなり!」
「愛」
「石!」
会話がループしている。しかも市場の符丁みたいになっている。
もはやゼナの理解の範疇を完全に超えていた。
「……ナルティーヌ。何度同じことを僕に言わせれば気が済むのかな。ゼナは僕の婚約者だ。僕たちの愛に障害などないんだよ」
「そんなことありませんわ。人をいじめるような悪い人が王太子様の婚約者に相応しいとは思いません。いくら二人が愛し合っていても国民が許しませんわよ! そして、ゼナ様はナルのこといじめた悪い人なんですっ!」
「だからそれを――」
フレデリクはハッとしたように青い目でゼナを見つめる。
「そういえばそうだった。僕は君に事件の確認をしようと思っていたのだった。君が可愛すぎてつい忘れてしまっていたよ。ゼナ、すまない」
「へっ?」
「謝るのはナルにでしょ、殿下!?」
どうやら、フレデリクの視界にナルティーヌは入っていないようである。
「あ、あの……」
ゼナは遠慮がちに手を挙げた。
「はいゼナ」
いちはやくフレデリクがゼナを指名した。
「えっと、これって……、あの、ナルティーヌさんが私の悪口をフレデリク様に吹き込んでいて、真に受けたフレデリク様が婚約破棄を宣言する……という感じの流れって考えていいですか?」
「うむ、そういう感じの流れだ。可愛いだけじゃなくて頭もいいとは、さすがは僕のゼナだ」
「悪口じゃなくて真実ですけどねっ」
腰に手を当てプンスカしている。かわいい子ではあるが、どうにも演技がかっていて鼻につく態度である。
「あなたっ、階段から突き落としたり、机のなかにゴミを入れたり、水をかけたり、いろいろやってくれたわよね!?」
「よく覚えてないです……けどあの、してないと思います……」
どちらかといえば、階段から突き落としたり、机のなかにゴミを入れたり、水をかけたりされたことならあるのだが。思い出すと辛くなるので記憶に蓋はしている。
「したわよ! だってナルってば階段突き落とされたのよ!? ゼナ様の嘘つき!」
「す、すみません」
あまりの剣幕できたものだから思わず謝ってしまうゼナである。
「謝ったわね? 謝ったってことはしたってことよね!」
「ち、違います。なんていうか……流れで、つい」
「流れでつい謝る人なんていないわよ!」
「ここに……います……」
「じゃあ言わせてもらうわ。流れで謝らないでちょうだい!」
「す、すみません……」
「だからぁ」
「……ふむ」
会話がループしてきたところで、フレデリクが顎に手を当て頷いていた。
「なるほど。僕のゼナが階段から突き落としたり机のなかにゴミを入れたり水をかけたりしたというのか。ナルティーヌに……」
「うっ……」
ゼナはうつむいて涙ぐんだ。どうしても思い出してしまうのだ。自分がされてきたことを……。
「え、なによ? いきなりそんな泣いても許さないんだからね!」
「い、いえ。わ、私も……。私もされて……そういうこと……」
「えっ!? そうなの!?」
驚きに青い目を丸くするナルティーヌ。その反応から、ゼナは咄嗟に自分をいじめていたのがナルティーヌではないことを悟った。というかゼナがいじめられていたのはナルティーヌが入学する前のことなので、犯人がナルティーヌなわけがないのだが。
「……ゼナ。何故それを僕に相談してくれなかったんだ。僕はそんなに頼りにならないかい?」
「だ、黙ってたら収まるかな、って……」
「いじめられたら悔しいでしょ。ゼナ様の場合はフレデリク殿下っていう後ろ盾だってあるのになんでそれを活用しないのよ」
「わ、私。事を荒立てたくない、っていうのが最初に来ちゃって。いったらまたいじめられるんじゃないかな、とか」
ずっ、と鼻をすするゼナ。
「ナ、ナルティーヌさんは強いですね。堂々としていて」
「成り上がり男爵の一人娘ですからねっ」
ぷいっ、と顔を逸らすナルティーヌ。もらい泣きだろうか、目が潤んでいた。
「ゼナ様はずいぶん弱くていらっしゃるのね! 公爵令嬢なのにいじめられるなんてダサいったらないわよ。しかもやり返さないとか!」
「ずびばぜん……」
「だからすぐに謝らないっ!」
「うっ、ずびばぜん」
「だから……んもうっ」
「……ふむ、なるほどね」
フレデリクが一際輝く笑顔で頷いた。しかし、その笑顔を見て気の弱いゼナはひぃっと息をのんだ。目が笑っていなくてとても怖かったのだ。
「僕の愛しのお人形、ゼナちゃんをいじめる奴……許さん」
フレデリクはまたゼナのお下げを指にくるくると巻き始めた。
「……ゼナ。このお下げ使っていいかな。見事な絞殺死体をご覧に入れよう」
「わ、私のお下げを凶器に使わないでくださいぃ」
「大丈夫、罪には問われない。法律を権力でねじ曲げるからね」
「こわい」
「殺さなくていいけど犯人は見つけたいですわね。絶対に同じ目に遭わせてやる!」
拳を握り込むナルティーヌであった。
「ちょっと! 殿下! その女から離れてくださいまし! 殿下は本日今日をもってその女に婚約の破棄を申しつけるのでしょう!?」
「それは違うなナルティーヌ。婚約するも破棄するもすべては真実によると先ほどもいっただろう」
「いきなり口づけするから! もうわけがわかりませんわ!」
「いいじゃないか。愛し合う婚約者なんだし」
そう言い切られると、これも普通なのかと思えてくるから不思議なものだ。
婚約者だからキスしているところを誰かに見られても恥ずかしくないのだ。
そういうふうに自分に言い聞かせるゼナである。でないと恥ずかしさのあまりしゃがみこんでしまうからだ。
「その愛し合う婚約者との婚約を破棄するって話でしょ!?」
「それは違うなナルティーヌ。婚約するも破棄するもすべては真実によると先ほどもいっただろう」
「いきなり口づけするから!」
「愛し合う婚約者だ」
「破棄するって話は!?」
「それ違」
「いきなり!」
「愛」
「石!」
会話がループしている。しかも市場の符丁みたいになっている。
もはやゼナの理解の範疇を完全に超えていた。
「……ナルティーヌ。何度同じことを僕に言わせれば気が済むのかな。ゼナは僕の婚約者だ。僕たちの愛に障害などないんだよ」
「そんなことありませんわ。人をいじめるような悪い人が王太子様の婚約者に相応しいとは思いません。いくら二人が愛し合っていても国民が許しませんわよ! そして、ゼナ様はナルのこといじめた悪い人なんですっ!」
「だからそれを――」
フレデリクはハッとしたように青い目でゼナを見つめる。
「そういえばそうだった。僕は君に事件の確認をしようと思っていたのだった。君が可愛すぎてつい忘れてしまっていたよ。ゼナ、すまない」
「へっ?」
「謝るのはナルにでしょ、殿下!?」
どうやら、フレデリクの視界にナルティーヌは入っていないようである。
「あ、あの……」
ゼナは遠慮がちに手を挙げた。
「はいゼナ」
いちはやくフレデリクがゼナを指名した。
「えっと、これって……、あの、ナルティーヌさんが私の悪口をフレデリク様に吹き込んでいて、真に受けたフレデリク様が婚約破棄を宣言する……という感じの流れって考えていいですか?」
「うむ、そういう感じの流れだ。可愛いだけじゃなくて頭もいいとは、さすがは僕のゼナだ」
「悪口じゃなくて真実ですけどねっ」
腰に手を当てプンスカしている。かわいい子ではあるが、どうにも演技がかっていて鼻につく態度である。
「あなたっ、階段から突き落としたり、机のなかにゴミを入れたり、水をかけたり、いろいろやってくれたわよね!?」
「よく覚えてないです……けどあの、してないと思います……」
どちらかといえば、階段から突き落としたり、机のなかにゴミを入れたり、水をかけたりされたことならあるのだが。思い出すと辛くなるので記憶に蓋はしている。
「したわよ! だってナルってば階段突き落とされたのよ!? ゼナ様の嘘つき!」
「す、すみません」
あまりの剣幕できたものだから思わず謝ってしまうゼナである。
「謝ったわね? 謝ったってことはしたってことよね!」
「ち、違います。なんていうか……流れで、つい」
「流れでつい謝る人なんていないわよ!」
「ここに……います……」
「じゃあ言わせてもらうわ。流れで謝らないでちょうだい!」
「す、すみません……」
「だからぁ」
「……ふむ」
会話がループしてきたところで、フレデリクが顎に手を当て頷いていた。
「なるほど。僕のゼナが階段から突き落としたり机のなかにゴミを入れたり水をかけたりしたというのか。ナルティーヌに……」
「うっ……」
ゼナはうつむいて涙ぐんだ。どうしても思い出してしまうのだ。自分がされてきたことを……。
「え、なによ? いきなりそんな泣いても許さないんだからね!」
「い、いえ。わ、私も……。私もされて……そういうこと……」
「えっ!? そうなの!?」
驚きに青い目を丸くするナルティーヌ。その反応から、ゼナは咄嗟に自分をいじめていたのがナルティーヌではないことを悟った。というかゼナがいじめられていたのはナルティーヌが入学する前のことなので、犯人がナルティーヌなわけがないのだが。
「……ゼナ。何故それを僕に相談してくれなかったんだ。僕はそんなに頼りにならないかい?」
「だ、黙ってたら収まるかな、って……」
「いじめられたら悔しいでしょ。ゼナ様の場合はフレデリク殿下っていう後ろ盾だってあるのになんでそれを活用しないのよ」
「わ、私。事を荒立てたくない、っていうのが最初に来ちゃって。いったらまたいじめられるんじゃないかな、とか」
ずっ、と鼻をすするゼナ。
「ナ、ナルティーヌさんは強いですね。堂々としていて」
「成り上がり男爵の一人娘ですからねっ」
ぷいっ、と顔を逸らすナルティーヌ。もらい泣きだろうか、目が潤んでいた。
「ゼナ様はずいぶん弱くていらっしゃるのね! 公爵令嬢なのにいじめられるなんてダサいったらないわよ。しかもやり返さないとか!」
「ずびばぜん……」
「だからすぐに謝らないっ!」
「うっ、ずびばぜん」
「だから……んもうっ」
「……ふむ、なるほどね」
フレデリクが一際輝く笑顔で頷いた。しかし、その笑顔を見て気の弱いゼナはひぃっと息をのんだ。目が笑っていなくてとても怖かったのだ。
「僕の愛しのお人形、ゼナちゃんをいじめる奴……許さん」
フレデリクはまたゼナのお下げを指にくるくると巻き始めた。
「……ゼナ。このお下げ使っていいかな。見事な絞殺死体をご覧に入れよう」
「わ、私のお下げを凶器に使わないでくださいぃ」
「大丈夫、罪には問われない。法律を権力でねじ曲げるからね」
「こわい」
「殺さなくていいけど犯人は見つけたいですわね。絶対に同じ目に遭わせてやる!」
拳を握り込むナルティーヌであった。
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