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2.甘い言葉と黒猫執事

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「なっ……」

 カアッ、とフランシスの顔が赤くなる。

「ふっ、ふんっ! そんな下品な女でよければいくらだってくれてやる!」

「下品? どこが下品だというんだ、こんな美しい令嬢なのに」

「胸がデカすぎる!」

「それはどうも。俺は胸がデカいほうが好きなんだ」

 そこでレヴィンはリアーナの肩をぐいと引き寄せ、ドアに向かった。

「さ、行こうリアーナ嬢。こんなところ、君には相応しくないよ」

「はい、レヴィン殿下……」

 ぽーっとレヴィンの顔を見上げながら、リアーナは部屋を出て行った。
 これは、もう決まった。
 自分は婚約破棄されたヒロインで、フランシスは我が儘な元婚約者で、レヴィンはリアーナを溺愛する、真の恋人なのだ。
 リアーナはめくるめく婚約破棄物語のヒロインになったのである。


◇ ◇ ◇ ◇


「と、いうようなことがあったの……」

 リアーナは城内に割り当てられた自分の部屋に戻ると、執事に髪を梳かしてもらいながら、先ほど実体験した婚約破棄物語の冒頭を説明した。

 この部屋は王子の婚約者だから与えられた部屋である。王子の婚約者でなくなった今となっては、遅かれ速かれ出ていかなくてはならないだろう。
 だが今はそんなことも考えず、リアーナはぽっと頬を染めて夢見心地だった。

「レヴィン様、すごくかっこよかったわ……!」

「出来すぎじゃないですかね」

 リアーナより少し年下の執事・セリクがムスッとした顔で言う。

「でも私、本当に婚約破棄されたの、お話みたいに」

 リアーナはぷくっと頬を膨らませた。
 やれやれ、という感じにセリクは首を振る。

「確かに婚約破棄されたのは事実でしょうし、そのすぐあとにレヴィン殿下が告白してきたのも事実でしょう。でも、だからこそ出来すぎだって言ってるんですよ」

「そうかなぁ……」

「だいたい、胸胸いいすぎですよ。人間は胸を気にしすぎなんじゃないですか? そもそも胸なんて8つあってしかるべきなのに、二つしか無いなんておかしいって俺は常々思ってるんです」

「私、猫じゃないから……」

「俺は猫獣人ですけどねっ」

 ぷい、と顔を背けるセリク。黒い髪の間から生えた黒い猫耳が、ぴくぴく、と動いている。

 ――彼は猫獣人であり、小さい頃からリアーナに仕えてくれている幼馴染みでもあった。
 この国には、獣人がそこそこいるのだ。
 セリクは白い肌に黒髪、そして猫耳と尻尾を持つ人間に近い獣人である。

 鏡に映ったセリクを見ていたら、その黄金の瞳がリアーナの瞳と合った。

「……だいたい、すぐにレヴィン殿下の部屋に来いだなんて、ちょっと話が急すぎませんか?」

「でも、これからのことを話し合いたい、って……。いろいろ積もる話があるんだわ、ずっと私のこと見ていてくれたっていうし」

「お嬢様はちょっと危機感がなさすぎます! ああもうっ、俺が断ってきますから、ここに座っててください」

 ブラシを置いて部屋を飛び出ようとする。

「待って、セリク」

「いやです、お嬢様はここにいてください」

「レヴィン殿下は私を助けてくれた恩人よ? 失礼があってはいけないわ。それに私、こういうお話のことはよく知ってるの」

 照れたように、リアーナは俯いた。

「……だからね、お話の流れにそってみたいのよ。私はこのままレヴィン殿下と結婚して帝国の王女になって、それでフランシス殿下が自業自得で落ちぶれる……って。そういうの、この目で見たいの」

「……」

 セリクが呆れたように目を丸くする。
 そして、その猫耳がへにゃりと力を失った。

「……もー、しょうがないなぁ……」

 へなちょこになった尻尾を左右に振りながら、セリクはリアーナをちょっと睨んだ。

「俺、お嬢様がどうなっても知りませんからね!」


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