1 / 5
1.王子様に婚約破棄される伯爵令嬢
しおりを挟む
「リアーナ・モンテギュー、お前との婚約は破棄する!」
その台詞をいわれ、リアーナは目をぱちくりした。
よく読む恋愛小説の一節のようだ、と思ったのだ。
まさか自分が婚約破棄されるとは思ってもみなかったが……。
ここは、王城の一室。豪華な家具に調度品の並ぶ、来賓用の部屋である。そこに付き人も着けず、二人っきりで二十歳そこそこの男女がいるのだが……、甘い雰囲気とはまったくの真逆であった。
「あの……、フランシス様、何故そのような……突然、そんなのって……」
祈るように胸の前で手を組みながら、リアーナは婚約者であるヴァラン王国の第二王子・フランシスに尋ねた。
「何故? そんなのは決まっている! お前の胸が、その……、下品だからだ!」
「え……」
リアーナは自分の胸を見下ろした。――銀色の髪がかかる、脚元が見えないくらいの、大きなバストを。
「そんな……、胸の大きさで婚約破棄されるなんて……」
「僕は胸の小さい女が好きなんだ!」
くすんだ金髪と垂れた青い目の、甘ったれた顔をしたフランシスが、唾を飛ばさんばかりの勢いで叫ぶ。
「そんな……、そんなのって……」
リアーナはとたん、大きな胸がきゅうっと縮まったかのような痛みを覚えた。
この大きな胸には散々悩まされてきた。暑い時には汗疹になるし、ドレスだって似合わないし。今の流行は胸を強調するドレスだから、基準より大きい胸のリアーナが流行りのドレスを着ると、確かに下品に見えてしまう。
だからリアーナは野暮ったい昔風のドレスを着るしかないのであった。本当は、最新のお洒落を楽しみたいのに。
なにより重い、重いのだ、この肉の塊は。とにかく肩が凝るのである。
「そんなのってないです、フランシス様。どうか、どうかご容赦くださいませ」
「ふん、伯爵令嬢風情が僕に意見しようというのか!」
フランシスは腰に手を当てて、胸を張る。
伯爵令嬢風情。確かにリアーナは伯爵令嬢だ。一国の王子からしてみたら、『伯爵令嬢風情』と言われてしまうのも仕方がない。
実際、この婚約は玉の輿だ、なんていわれていた。現国王陛下とリアーナの父親が親友同士であり、娘と息子が生まれたら結婚させような、という盟約のもと結ばれた婚約なのである。
「でも、あの……、国王陛下にはもう言ったのですか? こんな婚約破棄、無効な気がするのですが……」
「『こんな』とはなんだ、『こんな』とは!」
フランシスは顔を真っ赤にして地団駄を踏み始めた。これが一国の王子かと思うと、なんだかちょっと情けなくなる。
「とにかく婚約は破棄する! 父上にはあとでいう、きっと分かって下さる!」
「そんな……」
リアーナはがっくりと肩を落とす。
落としつつも、お話だったらそろそろ……と新登場人物を期待していた。
たとえば、この客室のドアから、ずっとリアーナに思いを寄せていた男性が登場してくれるのだ。
そしてリアーナをこの地獄のような状況から助け出してくれる……。
なんの変哲もない、よくある婚約破棄のお話だったら、そんな展開になるはずだ。
そして、それは実現する。
ガチャリ、と現実のドアが開いたのだ。
「話は聞かせてもらった」
入ってきたのはさらさらの茶色の髪に紺色の瞳のイケメンだった。――リアーナは、彼を知っていた。
「レヴィン殿下……?」
隣国・アルデン帝国の第一皇子であるレヴィン・アルデンである。アルデンは近隣諸国を侵略して大きくなってきた帝国で、このヴァラン王国も帝国の一領国である。
「ずいぶん酷いことをするものだな……フランシス」
「レヴィン殿下は関係ないだろう。いくら殿下であろうと、引っ込んでいてもらいたいな」
ちょっと棒読み気味なフランシスの声など無視し、レヴィンは、流れるように自然な仕草でリアーナの肩を抱いた。そして耳元に唇を寄せて囁く。
「もう心配はいらないよ、俺のお姫様」
「まあ……」
情熱的なレヴィンの言葉に、リアーナの頬がぽっと赤くなってしまう。
フランシスは顔から表情を無くして、さらに棒読み気味に叫んだ。
「レヴィン殿下、なんの権利があって君がここにいるのかは知らないが、ただちにご退出願おうか」
「権利はあるさ」
ぐっ、とリアーナの肩を抱き寄せ、彼はハッキリと宣言した。
「俺はリアーナのことが好きなんだ。だから、君が婚約破棄するというのなら、俺が彼女を貰う。……文句は言わせないよ?」
その台詞をいわれ、リアーナは目をぱちくりした。
よく読む恋愛小説の一節のようだ、と思ったのだ。
まさか自分が婚約破棄されるとは思ってもみなかったが……。
ここは、王城の一室。豪華な家具に調度品の並ぶ、来賓用の部屋である。そこに付き人も着けず、二人っきりで二十歳そこそこの男女がいるのだが……、甘い雰囲気とはまったくの真逆であった。
「あの……、フランシス様、何故そのような……突然、そんなのって……」
祈るように胸の前で手を組みながら、リアーナは婚約者であるヴァラン王国の第二王子・フランシスに尋ねた。
「何故? そんなのは決まっている! お前の胸が、その……、下品だからだ!」
「え……」
リアーナは自分の胸を見下ろした。――銀色の髪がかかる、脚元が見えないくらいの、大きなバストを。
「そんな……、胸の大きさで婚約破棄されるなんて……」
「僕は胸の小さい女が好きなんだ!」
くすんだ金髪と垂れた青い目の、甘ったれた顔をしたフランシスが、唾を飛ばさんばかりの勢いで叫ぶ。
「そんな……、そんなのって……」
リアーナはとたん、大きな胸がきゅうっと縮まったかのような痛みを覚えた。
この大きな胸には散々悩まされてきた。暑い時には汗疹になるし、ドレスだって似合わないし。今の流行は胸を強調するドレスだから、基準より大きい胸のリアーナが流行りのドレスを着ると、確かに下品に見えてしまう。
だからリアーナは野暮ったい昔風のドレスを着るしかないのであった。本当は、最新のお洒落を楽しみたいのに。
なにより重い、重いのだ、この肉の塊は。とにかく肩が凝るのである。
「そんなのってないです、フランシス様。どうか、どうかご容赦くださいませ」
「ふん、伯爵令嬢風情が僕に意見しようというのか!」
フランシスは腰に手を当てて、胸を張る。
伯爵令嬢風情。確かにリアーナは伯爵令嬢だ。一国の王子からしてみたら、『伯爵令嬢風情』と言われてしまうのも仕方がない。
実際、この婚約は玉の輿だ、なんていわれていた。現国王陛下とリアーナの父親が親友同士であり、娘と息子が生まれたら結婚させような、という盟約のもと結ばれた婚約なのである。
「でも、あの……、国王陛下にはもう言ったのですか? こんな婚約破棄、無効な気がするのですが……」
「『こんな』とはなんだ、『こんな』とは!」
フランシスは顔を真っ赤にして地団駄を踏み始めた。これが一国の王子かと思うと、なんだかちょっと情けなくなる。
「とにかく婚約は破棄する! 父上にはあとでいう、きっと分かって下さる!」
「そんな……」
リアーナはがっくりと肩を落とす。
落としつつも、お話だったらそろそろ……と新登場人物を期待していた。
たとえば、この客室のドアから、ずっとリアーナに思いを寄せていた男性が登場してくれるのだ。
そしてリアーナをこの地獄のような状況から助け出してくれる……。
なんの変哲もない、よくある婚約破棄のお話だったら、そんな展開になるはずだ。
そして、それは実現する。
ガチャリ、と現実のドアが開いたのだ。
「話は聞かせてもらった」
入ってきたのはさらさらの茶色の髪に紺色の瞳のイケメンだった。――リアーナは、彼を知っていた。
「レヴィン殿下……?」
隣国・アルデン帝国の第一皇子であるレヴィン・アルデンである。アルデンは近隣諸国を侵略して大きくなってきた帝国で、このヴァラン王国も帝国の一領国である。
「ずいぶん酷いことをするものだな……フランシス」
「レヴィン殿下は関係ないだろう。いくら殿下であろうと、引っ込んでいてもらいたいな」
ちょっと棒読み気味なフランシスの声など無視し、レヴィンは、流れるように自然な仕草でリアーナの肩を抱いた。そして耳元に唇を寄せて囁く。
「もう心配はいらないよ、俺のお姫様」
「まあ……」
情熱的なレヴィンの言葉に、リアーナの頬がぽっと赤くなってしまう。
フランシスは顔から表情を無くして、さらに棒読み気味に叫んだ。
「レヴィン殿下、なんの権利があって君がここにいるのかは知らないが、ただちにご退出願おうか」
「権利はあるさ」
ぐっ、とリアーナの肩を抱き寄せ、彼はハッキリと宣言した。
「俺はリアーナのことが好きなんだ。だから、君が婚約破棄するというのなら、俺が彼女を貰う。……文句は言わせないよ?」
39
お気に入りに追加
53
あなたにおすすめの小説
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
契約破棄された聖女は帰りますけど
基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」
「…かしこまりました」
王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。
では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。
「…何故理由を聞かない」
※短編(勢い)
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
hotランキング1位入りしました。ありがとうございます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる