上 下
12 / 33

12.海の家

しおりを挟む
 あれから隣国では、度々がけ崩れに盗賊と出会うことがあったが、すべてジャクリーヌの結界の前では無力に等しかったのだ。

 大きな岩が街道を塞ごうが、ジャクリーヌの粉砕魔法で岩を粉々に砕いて、先に進むことができた。その際、小石が飛んできても、ジャクリーヌが張った結界のおかげで無傷で通ることができる。

 なんだかんだトラブルに遭いながらも、無事隣国の国境線を超え、南国トロピカルランドの国境に入ると、一気に夏めいてくるところが素敵。

 気分は、リゾートとばかりにはしゃぐジャクリーヌにエドワード様はポカンとしている。耳の奥では、前世、大好きだったサザンの曲が流れている。

 ノースリーブにサンドレスを持ってきたから、着替えたいけど、目の前にエドワード様がいるから着替えられない。この国で、麦わら帽子を買おう。あとサンダルも欲しいところ。可愛いサンダルがあればいいな。

 早くビーチに行きたい。宿泊先のホテルに荷物を置くや否や、荷ほどきもせずに、ビーチに駆け出していく。

 え?

 思い描いていたリゾートビーチと様子が違う。

 青い空、白いビーチはそのままなのに、カラフルなビーチパラソルは、1本も立っていないし、広がっていない。まるで寂れた漁村の雰囲気。

 海の色もコバルトブルーではなく、どんよりとした灰色をしている。まるで嵐の前のような感じ?

 何、これ?

 明日、台風でも来るのかな?

 ジャクリーヌを追いかけ、護衛や侍女、エドワード様が来られる。皆、海の色に失望を隠せない。

 そこに海の家を経営している店主が近づいてきて、

 「お客さん方、観光客の方ですか?」

 「何かあったのですか?明日、台風が来るとか?」

 「いや。台風ではなく、今年は魔物が出て、誰も一歩も海には近づけんのです。もう商売あがったりで……。」

 ナニー!

 ジャクリーヌは怒りで打ち震えている。

 せっかく海で泳ごうと思って、可愛い水着まで持ってきたのにぃ!許せない!

 ジャクリーヌは海の家の店主や、護衛の騎士が止めるのも聞かず、ふ頭の桟橋を走る。拡声魔法を使って、さらにまだ声を張り上げて

 「魔物!出てきなさいよー!いったいどういうつもりなの!せっかく海に来たのに、アナタが海を独占しちゃダメでしょうが!海はみんなの者よ。出るなら、もっと沖合で出なさい!」

 魔物からすれば、そんなアホなとも思える内容。

 「うるさいおなごよのぉ。儂は昼寝をしとったのじゃ、ここは内陸型で昼寝に適しておる。」

 「アナタのせいで、みんな怖くて泳げないのよ。お願いだから、あっちでお昼寝してちょうだい。」

 「ほぅ。儂を追い払うとは大した度胸があるおなごじゃのぉ。どれどうやって、儂の昼寝の邪魔をするというのだ?」

 そこでジャクリーヌは、思案する。

 拡声魔法で昼寝がうるさくてできないとなると、もっと大音響を海の中で響かせたらいいのではないかと。海中にスピーカーのようなものを沈め、そうすれば、うるさくて、振動もあるし寝ていられないのではと思い至る。

 その場で、大型スピーカーの魔道具を作り始める。

 ワイヤレスだ。問題は流す音楽、何にしようかな?浪花節のようなものが面白いかもしれない。意味が分からなくても、唸っているようなものは耳障りなのでは?間違えても、子守歌はダメだ。後は何があるかな?ハードロックのようなものか?お祭りの笛や太鼓は気分が高揚するから、寝ていられなくなるかもしれない。

 音楽部分は、護衛やエドワード様にお願いすることにする。

 すると、騎士の一人が恥ずかしそうに手を挙げ、ジャクリーヌのもとに進み出てくる。何事かと思うと、

 「自分は生まれてこの方、音痴でうまく歌が歌えませんが、もし歌わせていただけるのであれば、その歌声はきっと魔物の睡眠を邪魔する程度にはなると思います。」

 これはいいアイデアかもしれない。アナタの歌声で、リゾート地を救えるのなら、こしたことはないわよ。 

 早速、その案を取り入れ、歌ってもらうことにしたのだが、ジャクリーヌはじめ、海の家の店主、エドワード様、侍女には耳栓を配ることにしたのだ。

 まず、風魔法と浮遊魔法を使い、スピーカーの魔道具を魔物が昼寝をしているという海底近くに沈める。

 30キロの重りと共に沈めたので、そうそう浮かび上がってこれまい。

 そして歌ってもらい、1分も経たないうちに魔物が根を上げた。

 「わかったよ。わかった。だから、もう勘弁してくれや。儂はもう少し、沖、いや、その下手くそな声が聞こえないところで、ゆっくり昼寝させてもらうことにするよ。ここへはもう来ない。約束するよ。」

 魔物は、ねぐらを替えて移動していくと、みるみるとコバルトブルーの海の色が戻ってくる。

 海の家の店主も、ジャクリーヌからも、エドワード様からも、護衛からも、侍女からも「わぁーっ!」という歓声が上がる。

 「お客さん方、今日は出血大サービスですけん。店の中のものは、全部無料にしますけん。好きなものをどんどん飲み食いしてくだされ。それがせめてもの御礼ですけん。」

 お金はきちんと支払ったことは、もちろんのことだけど、その海の家を貸し切りにして、どんちゃん騒ぎすることになったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ

水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。 ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。 なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。 アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。 ※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います ☆HOTランキング20位(2021.6.21) 感謝です*.* HOTランキング5位(2021.6.22)

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前

地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。 あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。 私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。 アリシア・ブルームの復讐が始まる。

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちたら婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

わたしの旦那様は幼なじみと結婚したいそうです。

和泉 凪紗
恋愛
 伯爵夫人のリディアは伯爵家に嫁いできて一年半、子供に恵まれず悩んでいた。ある日、リディアは夫のエリオットに子作りの中断を告げられる。離婚を切り出されたのかとショックを受けるリディアだったが、エリオットは三ヶ月中断するだけで離婚するつもりではないと言う。エリオットの仕事の都合上と悩んでいるリディアの体を休め、英気を養うためらしい。  三ヶ月後、リディアはエリオットとエリオットの幼なじみ夫婦であるヴィレム、エレインと別荘に訪れる。  久しぶりに夫とゆっくり過ごせると楽しみにしていたリディアはエリオットとエリオットの幼なじみ、エレインとの関係を知ってしまう。

妹に婚約者を寝取られましたが、私には不必要なのでどうぞご自由に。

酒本 アズサ
恋愛
伯爵家の長女で跡取り娘だった私。 いつもなら朝からうるさい異母妹の部屋を訪れると、そこには私の婚約者と裸で寝ている異母妹。 どうやら私から奪い取るのが目的だったようだけれど、今回の事は私にとって渡りに舟だったのよね。 婚約者という足かせから解放されて、侯爵家の母の実家へ養女として迎えられる事に。 これまで母の実家から受けていた援助も、私がいなくなれば当然なくなりますから頑張ってください。 面倒な家族から解放されて、私幸せになります!

両親も義両親も婚約者も妹に奪われましたが、評判はわたしのものでした

朝山みどり
恋愛
婚約者のおじいさまの看病をやっている間に妹と婚約者が仲良くなった。子供ができたという妹を両親も義両親も大事にしてわたしを放り出した。 わたしはひとりで家を町を出た。すると彼らの生活は一変した。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

処理中です...