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2 旅に出る

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 翌朝になって、リリアーヌは、昨日、痴情のもつれでヴィンセント殿下の手にかかり絶命したと知らされる。

 リリアーヌを殺したヴィンセント王太子は、形だけの貴族用牢に入れられたそうだ。

 偽聖女だということだけで、殺されるなんて、あまりにも情け容赦ないやり方にダディッキー公爵家は怒りに打ちひしがれる。

 王家からは婚約破棄違約金は、とうに支払われている。わがままで姉のモノを何でも欲しがるリリアーヌではあったけど、ロザリーヌにとっても、公爵夫妻にとっても可愛い妹、可愛い娘であったのだ。

 それが昨日、あの騒動のさなかに殺されて、それをロザリーヌや公爵夫妻に何も知らせず、無理やり馬車に乗せて追い返したことは、許しがたい。

 何が聖女様だ。妹を死なせるために、聖女判定を受けたのではない!妹も、ヴィンセントと関係を持たなければ、聖女だったかもしれないし、違ったかもしれない。その可能性をヴィンセントは奪ったことには違いないのだ。許せない!

 ロザリーヌは唇をかみしめる。公爵夫妻とて、同じである。ロザリーヌが納得して、リリアーヌの結婚を祝福しているのに、勝手に神に選ばれし花嫁かどうかの儀式など、ふざけるにもほどがある。

 ロザリーヌは、13年間という長きに渡り、ヴィンセントの婚約者として、妃教育を受けてきたのだ。

 表情を顔に出してはいけないと、ムチで叩かれながらカラダに叩きこまれたのである。だからヴィンセントから陰キャだと言われても、それは仕方のないことで、将来の王妃がいちいち顔に喜怒哀楽を出すと、下手をすれば戦争になりかねないから。どうしても出そうになったら、扇子で口元を隠して笑ったりするのである。それが妃教育の根本精神だから仕方ない。

 思えば、ヴィンセント5歳の頃、将来の妃候補を選ぶ集まりがある。双子の妹リリアーヌは、その日、機嫌が悪く駄々を捏ね行かないと言い張り、ロザリーヌ一人が参加したのだ。

 そこでヴィンセントに一目惚れされ、あの令嬢は誰だ?という話から、

 「あちらの令嬢は、ロザリーヌ・ダディッキー公爵令嬢でございまして、双子の妹君がいらっしゃいますが、今日は欠席されておられ……。」

 最後まで、聞き終わらないうちに、ヴィンセントは

 「あの娘と結婚する。あの娘以外は、ダメだ。あの娘と結婚する。」

 言い張ったところ、あたりがすでにリリアーヌと似ている。この頃から、似た者同士だったのだ。

 そうして無理やり決まった縁談を18歳になり、結婚式まであと1週間となった時に、いきなりの婚約破棄。リリアーヌを大切にしてくれるのならまだしも、殺してしまうなど、ありえない!

 この怒りはどうやっても収まらない。

 このままカモミール国に留まる気はない。ロザリーヌは、侍女に命じて家出の準備をする。同じことをダディッキー公爵夫妻も考えている。可愛い娘を殺され、今度は姉のロザリーヌまで差し出せとは、どういう了見でそのような非道なことが言えるのか、わからない。

 公爵家として、国を捨てることになったのである。先に領地に帰り、領地の使用人に伝え、王都の使用人に話すつもりでいたのだが、領地も王都も使用人は全員、公爵夫妻の意向に従うと言ってきたのだ。

 聖女様がいない国に、残っても仕方がないというのが、その理由で、どこまでも聖女様に仕えたいというのが本音だったようです。

 聖女様がその国に一人いれば十分で、その国はどんな愚王が支配しても豊かになると言われる。

 だから皆、ロザリーヌとともに行きたいのである。

 公爵家の使用人の者の中には、ダディッキー家に仕えていたのであって、カモミール国に仕えていたわけではない。とハッキリ言い切る者までいる。

 言い換えれば、カモミール家は他人の気持ちを慮れない愚か者で、対してダディッキー家は人情に篤い。それぐらいダディッキー家は信奉者がいるのである。

 全員での出国はどうしても目立ってしまう。まして、ロザリーヌが聖女様と認定を受けてからは、各国の眼もある。

 あの日以来、ダディッキー家にはロザリーヌとの縁談を勧めたい各国王子の来訪が絶えないのである。

 その中の一人、ロッゲンブロート国のマクシミリアン様に、カモミールを捨てたい。と漏らしたところ、

 「ロッゲンブロート国へお見合いに行く、ということを口実に出国されたら、いかがか?国境まで、迎えに上がります。」

 ロザリーヌは、その案に乗ることにしたのである。見合い相手が国境に迎えに来てくださるというのであれば、カモミール国も承諾せざるを得ない。なぜなら、ロッゲンブロート国の王子と見合いなどけしからん、と言えば確実に戦争になるから。

 カモミール国もお金がかかる戦争などしたくないのだ。

 最初は、ロッゲンブロート国の第1王子マクシミリアン様とお見合いをして、それからアダムブッシュ帝国のスティーヴ皇太子殿下とお見合い。続いては、シュゼット国のレオナルド王太子殿下とのお見合いを入れたのである。そうすれば、しばらく戻ってこなくても怪しまれない。

 ロザリーヌのお見合い相手国はすべて、ヴィンセントの結婚式に臨席していた相手だから、ダメだとは口が裂けても絶対に言えない。

 3人の王子様の中から、選ぶ気はもとよりない。せっかく出国できるのなら、もっといろいろな国を回ってみたい。あくまでも口実として、出国するのである。

 領地の公爵邸の使用人にも、あらかじめロッゲンブロート国でのお見合いだから、様子見がてらついて来て、と言い国境で落ち合うことにしたのである。

 そして、王都の公爵邸の使用人にも同様の旨を伝え、それぞれ勝手に、一緒にはいかないことを確認し合う。

 聖女に覚醒してから、いつの間にか様々な魔法が自由自在に使えるようになったのだ。ただ、念じるだけで、思い通りになる。きっと、リリアーヌのことだから、「お姉さまはずるい!」というだろうなぁと思いながら、できたらいいな!の発想で、どんどん実行していくのである。

 まず、領地まで転移魔法で行けるようになり、領地の土地ごと異空間収納に入れてみた。入った!もちろん、土地ごとであるから、その上に建っている建物も一緒である。それから、王都に舞い戻り、王都の公爵邸があった土地ごと庭も含めて、すべて異空間に放り込み、それから出発することにしたのである。両親はすでに馬車の中で待機している。

 だって妹との思い出が詰まっている場所を放っては、行けない。だから、持っていくのである。ロザリーヌが忘れなければ、いつまでも心の中で生きている。そんな不確かなことより、土地として建物として、リリアーヌが生きてきた証を残したいのである。

 国境まで行くと、領地の者も王都の使用人も皆、全員そろっていたのである。そこへ。ロッゲンブロートのマクシミリアン王子様が来て、いよいよお見合いに向けて、出発します。

 王家から手出し無用ときつく言われているのであろう。国境警備兵は、ただ黙って見送るだけ。本来なら、「こんな大挙して、どこへ行く?」と尋問があってしかるべきところを、無言でスルーだから、やっぱりマクシミリアン様の案に乗ってよかったと思う。

 あの結婚式の日、国王陛下も各国の王子様がロザリーヌにこぞって、プロポーズしているところを見ているから、お見合いを理由に出されたら断れない。

 「早く戻ってくるように。」としか言えないのである。

 まさか、ダディッキー家が土地ごと姿を消していることに気づくまで時間はかからなかったのだ。
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