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聖女ビクトリア

5 駆け落ち

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 ビクトリアは、タイナー国の国民を連れてきたことから、少しは広々とした土地も街?としてそれらしくなってきたのである。

 最初は、100万人でも1000万人でも住めるぐらいの土地に100人程度が移住したから、すかすかで寂しかったのだ。

 タイナー国は、聖女様の行方をやっきになって探しているが、いまだ消息さえも掴めないでいる。

 そこへもってきて、国民の流出が止まらない。国民は、何やらストロベリー領に向かっているようだと、国家の諜報部から報告があったのだ。

 なんでもストロベリー領の中に建っている教会で聖女様に向かって一心不乱に祈りを捧げると、聖女様の国に連れて行ってもらえるということを妄信しているそうだ。

 それで、とにかくストロベリー領の教会へ、我も我もと行く。
 諜報部員のダニエル・マッカーサーは、ストロベリー領に潜入し、教会で実際に検分することにしたのだ。百聞は一見にしかず。であるから。

 夜遅くストロベリー領に着いたにもかかわらず、煌々と明るいのである。特に、教会の周りは、昼間かと見まがうほど明るい。聖女様は危険があってはいけないからと光魔法で常時照らしていてくださるそうである。

 これぞ、まさしく聖女様のなせる業!と感嘆している場合ではない。

 教会近くまで行くと、聖女様の公爵家の使用人が出てきて、毛布に温かいスープまで配っているのである。聖女様の指示でやっているそうだ。どこまで聖女様は、聖女様なのだろう。なんと、お優しい。王家の奴らは聖女様の爪の垢でも煎じて飲め!と言いたいぐらいである。

 しかし、聖女様の姿は見えない。聖女様はどこにおられるのだろうか?公爵家の使用人にそれとなく探りを入れる。

 「聖女様は、明朝、こちらへ来られます。真に聖女様を信じる方のみを聖女様がいらっしゃるところへ連れて行ってくださいますわ。」

 その使用人は、キャサリンという娘で公爵家では侍女をしているのだが、今宵は当番で元の領地で信者様の世話をしに来ているという。

 「聖女様は、いったいどこへ行かれたのか?」

 「それは、わたくしの口からは申せません。明日、聖女様がお見えになった時にでも、聞かれたらいかがですか?」

 俺は仕方なく、支給された毛布にくるまって、朝を待つことにしたのだ。

 朝になって、目が覚めたら、俺はまったく知らない土地にいたのだ。ここがどこだか見当もつかないような場所にいたのである。

 そしてそこからは、もう二度とタイナー国へ帰れないことを知るまで、時間はかからなかったのである。

 目覚めてから、あちこちうろついていたら、昨夜探りを入れた公爵家の侍女のキャサリンがニコニコしながら

 「よくお休みだったので、こちらへ連れてきてしまいましたわ。一応、聖女様は希望を聞かれるのですが、わたくしの独断で、あなた様も希望者の中に入れて差し上げましたのよ。」

 「あの……ここは?どうやって、ここまで……?」

 「聖女様の魔法で、ここへ来ました。聖女様は、女神様の案内で、この土地へ来られたと聞いておりますが、ここがどこだか、誰にも分っていません。」

 「そうですか、ありがとうございます。」

 「いいえ、どういたしまして、落ち着かれたらお仕事も用意してありますので、何ができるか後でもいいので、ストロベリー公爵邸のほうまで申告に来てくださいね。」

 キャサリンは、帰ろうとしたが、振り向いて

 「お名前を伺っておりませんでしたわ。なんという方なのでしょう。ついでに前職もよければお教えいただけませんか?」

 親切で言ってくれているのだろうけど、俺は言い淀んだ。本当のことは言えない。

 「俺の名前は、ダニエル・マッカーサーと言います。冒険者をしていました。」

 つい嘘を吐く。

 「まぁ!お強い方なのですね。聖女様はお喜びになりましてよ。それでは、後で、どの職業になるかは、お楽しみに。」

 そう言って、キャサリンは、ニコニコしながら、帰って行ったのである。

 ここがどこかわからないのであれば、ここで腹をくくって、暮らすしか仕方がないのである。俺も結局、タイナー国を捨てた一員になってしまったのである。虎穴にいらずんば虎児を得ず。のつもりで来たのだから、仕方がない。ミイラ取りがミイラになったというべきか?

 それにしてもあのキャサリンという娘はずいぶん可愛い子だったなぁ。ここにきて一番の収穫かもしれない。仲良くなれたらいいなぁ。

 そんなことをぼんやり考えていたら、俺の仕事が決まったそうだ。でも言いに来てくれた人は、キャサリンではなく、男性だった。ストロベリー公爵家の執事で名前はセバスチャン。

 俺の仕事は、護衛だった。それも街のはずれ境界線を守る護衛である。冒険者だと嘘を吐いてしまったから、魔物に強いと思われたようだった。なんだ、それなら百姓とでも言えば、キャサリンの側にいられたのだろうか、渋々承諾したのである。仕事をもらえるだけでもありがたい。

 そして境界線に向かおうとしていると、キャサリンが見送りに来てくれた。それだけでも嬉しいのに、俺のためにお弁当を作ってきてくれたので二人で並んで食べた。

 「もしよかったら、俺と付き合ってくれませんか?タイナー国では、俺ん家は伯爵家で俺は次男坊だったから、家督を継げず冒険者になったんだ。」

 これは本当の話である。冒険者ではなく諜報部員だったけど……。

 「ええ?わたくしでよろしいのですか?わたくしもキャサリン・ウエールズと言いまして伯爵家の娘でございますが、ストロベリー様のところで行儀見習いをしておりましたの。」

 家柄の釣り合いは取れる。あとは、両親の承諾さえ取れれば、結婚できるが、その両親はいまだタイナー国にいる。

 どうしたものかと思い悩んでいたら、いつの間にか聖女様が側にいらして、

 「愛し合っている者同士が結婚できないなんて、おかしいわ。どうしてもご両親の承諾がいりますか?キャサリンも水臭いわね。昨日から妙にソワソワしているかと思えば、こういうことだったのね。」

 「お嬢様……。」

 「ダニエル様、文官の経験はおありですか?」

 「ええ、少しは、父の仕事を手伝っていたこともあります。」

 「それでは、アンダルシア国ストロベリー領の文官になってもらいましょう。そして二人は結婚しなさい。そしたら、ストロベリーの中心部で一緒に暮らせるでしょ。」

 聖女様はウィンクをなさって、仰ってくださる。

 え!この国は、アンダルシア国という聞いたこともない国なのか?

 「聖女様恐れながら、アンダルシア国というのは……。」

 「女神様のご子息がもう1000年も統治されている国で、女神様が人間界に来られた時からあった国だとおっしゃっていたわね。だから、かれこれ2000年以上は、歴史のある国らしいわ。」

 へぇそうなんだ。俺は学園で成績が良かったけど、アンダルシアなんて言う国の存在すら知らないでいたのだ。学園の勉強なんて、そんなものか?世界のほんの一部分しか教えていないのだ。自分たちにとって、都合のいいことしか教えない。それが今の学校教育である。

 「このストロベリー領は、女神様から下賜された土地なんだけど、ここも2000年前までは国があった土地をこの場所に女神様が1000年前に移築されて、最初は王妃様の御親戚が住んでいらっしゃったらしいわ。今は誰も住んでいないから、良かったら使ってって言われて。」

 気が遠くなるような話だ。聖女様と話しているだけでも……なのに、女神様だとか、2000年前だとか、世の中、知らないことばかりである。

 俺とキャサリンは、聖女様の後押しもあり、無事、結婚することになったのである。もちろん親には内緒で。もし両親の承諾を得るため、タイナーへ帰国したら、アンダルシアのことを言わなければならない。そのことを言わずに済ますために、あえて駆け落ちしたのである。

 キャサリンも俺の意見に賛同してくれて、二人で手に手を取って、今は幸せである。もうすぐ子供も生まれる。
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