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 檸檬は2年生となり、一般教養の概論も少し専門的に踏み込んだものを習い始めるようになってきた。

 同時に妊娠していることが分かった。もう、あまりアクティヴにはなれない。

 それなのに、どういうわけか今朝、大学に行く途中に江戸の清兵衛さんからお手紙が来ていることを知る。大学終わりに寄ってみるつもりでいる。

 学内では、結婚式以来の学友に会い、口々にお祝いの言葉をかけられる。

「おめでとう」

「おめでたもなんて、おめでとうございます!ご両親もお喜びですね」

 さすが、東大生は、祝意の伝え方が違うと感心する。気をよくしていると、前から脳筋男が歩いてくるのが見える。

 脳筋男とは、昨年、麻布の同級生だった娘が人数合わせの合コンに行ったときに知り合った。将来、健司か警察官僚になりたがっている法学部の先輩だ。檸檬の上垣内家の先祖が関東大震災の時に、脳筋のご先祖様を助けたことから、上垣内家に恩義を感じている。

 上垣内家の抜け穴の秘密は、たぶん気づいていると思うが、何も言わないでいてくれている。ほかに現代人で知っているものは、旦那の翔のほかには、たぶん脳筋男の従兄弟の神田川大輔ぐらいだと思う。

「やあ!檸檬さん、ご結婚おめでとうございます。そのおかげで念願のカノジョにも巡り会えました」

「よかったですわね」

「でも、檸檬さんを法医学者にする夢はまだ潰えていませんよ」

 あはは。と楽しそうに笑っている姿は、脳筋そのもので、檸檬は、はぁっとため息を吐く。その後、日本橋まで出て、東京支社の倉庫から江戸の宇治屋へ行く。転移魔法で行ってもよかったものだけど、魔法がカラダに与える影響がいかばかりかわからないため、あえて、ご先祖様が作ったという異空間から行くことにしたのだ。

 清兵衛さんは、店にいたが、檸檬の姿を見つけると手代さんが走って呼びに行ってくれた。

「おお、これは早速のお出まし、いたみいります」

 宇治屋の奥座敷でお茶をよばれながら、話を聞いている。

「ここのところ、江戸は、押し込み強盗やお茶道具ばかりを狙う盗人どもが暗躍しておりまして、いえ、手前どもは小さい商いなので、狙われることはないかと存じますが、なんせ利休様のお茶道具が数多く蔵に眠っておりますゆえに……いささか心配をしておりまして、それで檸檬ちゃんの蔵にしまっておいては、もらえませんでしょうか?」

 確かに、宇治屋は小商いだ。なぜなら、客単価が少ないので、でも宗匠様の茶器は、この前の結婚のお祝いで清兵衛さんにも、時価1億円の一楽茶碗が贈られたばかりで、あれを狙ってくる可能性は無きにしも非ずというところ。

 今も昔も、盗人というものは、金目のものについて妙に察しがいい。

「それなら、蔵の抜け穴からあちらへ運び入れればいいわよ」

「いえ、それだけでは、心もとないので、盗人が当家に近づかないように、何か手はございませんでしょうか?」

 わかった。清兵衛さんは、防犯ライトのことを言っていると察しが付く。蔵に近づくような盗人がいれば、センサーライトで光る仕掛けをしとけば、有効だろう。

 蹴上ホテルに行ったとき、自動で付く行燈に清兵衛さんは、ずいぶん驚かれていたもの。

 それに空襲警報のような?サイレン?それとも、岡っ引きが吹くような鳴子の音の方がいいかもしれない。そんな音を鳴らす仕掛けもあれば、尚いいだろう。

「とりあえず、夜中に蔵の前に誰かが近づけば、行灯が着く仕組みなら、すぐに取り付けられると思うから、今日中には用意できると思うわよ」

「ありがとう存じます。手前の店はともかくとして、この日本橋界隈には、大店が揃っておりますゆえ、小商いでも、近隣のお店にお力添えできるようなことがあれば、と思っておりました」

「そうね?そうなると、屋根に仕掛けをするというのは、どうかしら?」

「と申しますと、盗人が、ウチの屋根を踏むと音が出る仕掛けとか?隣の屋根を照らすとか?あるいは、岡っ引きの鳴子のような音を出す仕掛けとか?」

「それは、いい案でございますな?翔殿にも相談して、何なりとお願い申し上げます」

 現代に帰り、ホームセンターでいろいろ仕入れてこなくちゃと思っている。こういう理科系の仕組みを考えることは好きだけど、なんといっても、ウチの亭主は京大工学部の現役学生なのだから、翔君にも相談して、一緒に買い物に付き合ってもらうことにする。

 異空間に入り、スマホで連絡を取ってみる。なかなか繋がらない。仕方なくLIMEで江戸の清兵衛さんのことを相談するも既読がつかない。

 そうこうしているうちに、清兵衛さんが倉庫の中に入ってくる。中にいた檸檬に驚くが、お茶道具を入れるのに、忙しくされているようなので、言葉を交わさない。

 急ぐかもしれないので、東京のホームセンターに行くことにする。

 だいたいホームセンターは郊外にあることが多いから、京都でも車を出さないといけなかったので、このお際、東京でもいいかと思い当たる。

 東京支社から、再び出て、郊外のホームセンターでどこかいいところはないかとスマホで検索を始める。

「やあ!また、会ったね!」

 脳筋男だった。スマホで調べものをしている檸檬に気が付いて、声をかけてくれたみたい。

「何か調べもの?力になるよ?」

「ありがとう。ホームセンターに行きたいんだけど、どこが良いかと思ってね」

「へー!何、買うの?」

「センサーライトをね。後、屋根用の防犯グッズもあればいいかなぁと思って」

「屋根って?今時屋根伝いで、泥棒が入ってくるわけがないと思うけど?」

 あはは。そうよね……、この時代ならね。

「ひょっとして!?あの披露宴に来ていた『高砂』を謡った人と関係があるのかな?あの人もそうだけど、信長に扮していた人、千利休になっていた人も、現代人ではないね?」

 檸檬はビックリして、カラダを強張らせる。たぶん、表情にも、出ていたと思う。

 その様子を見ていた脳筋男は、手で招き寄せるようなしぐさをして、自宅近くのガレージ内に入っていく。

 一度、行ったことがある神河さんのお宅の中には、入らないで、ポケットから車のキーを出す。いつも、車のキーを持ち歩いているの?檸檬は、ペーパードライバーだから、車に乗るのは、いつも過去世でのことなので、ビックリする。

 神河さんはじめとする世の男性は、車のキーを持ち歩いているのだろうか?帰ったら、翔君に聞いてみよう。

何も言わずにホームセンターの駐車場に車を滑り込ませてくる神河さん。こういう時は、頼もしい存在で、脳筋なんて、思えない。

 太陽光発電のセンサーライトを物色するが、いくつもタイプがあるので迷う。

「屋根は踏んだら音が出るようなものではなく、レーザーで反応するようなものを仕掛けてみたら、どうかな?」

「ええっ!?そんな工事、できないわよ」

「大輔にやらせればいい。あいつも一応理科系だからな」

「これ以上、上垣内家の秘密がバレるのも、どうかなぁと思って」

「もう、だいすけにはバレているさ。それにバレていなくても、披露宴であんな派手なことをした歴代の武将がいたとすれば、織田信長公位のものだろ?時間の問題だよ」

 それから二人に固く口止めをして、神田川さんとともに、江戸時代へ行く。

 身重の檸檬に代わって、神田川さんが梯子を伝って、蔵の周りにセンサーライトを取り付けてくれた。それに裏木戸と表にも、同様の仕掛けをしてくれる。

 問題の赤外線レーザーは、屋根を囲むように設置してくれて、宇治屋の敷地内をすべて、網羅してくれた。

 清兵衛さんも、この店に未来人のお客が来ることにすっかり慣れてしまった様子で、お酒までふるまってくれるが、檸檬はまだ飲めない。19歳で妊娠しているから、母体に障る。

 神河さんと神田川さんは、つくだ煮を肴にお酒を「美味しい」と言いながら、お代わりをされていた。
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