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 翌日の朝、脳筋男は、東京支社のシャッター前で朝早くからいた。

 出勤してきた社員が訝しげな眼で見ても、動じる気配はない。

 檸檬はいつも、京都の自宅から東大まで、直行で行くが、今朝は東京支社から電話があり、不審人物が早朝からシャッター前にいるが、檸檬お嬢さんと関係があるのか?という問い合わせがあったため、直行せずに、東京支社の倉庫下から東大へ通学するルートに急遽変えてみる。

「おはようございます!やっぱり上垣内のお嬢さんだったのですね」

「いい加減にしてよ。もうアナタと会うつもりはないのに」

「そんなつれないこと言わないでくださいよ。俺の名前は、神河大地。檸檬さんとは運命の出会いを感じてしまったのですから」

「冗談じゃないわよ!誰がアナタとなんかと運命の出会いをしなきゃなんないのよ」

「怒った横顔もステキです」

「アナタ大学へ行かなくてもいいの?大学生でしょ?」

「俺、警察官僚になるんです」

「そう。それはよかったですね。好きなことを仕事にできて」

「檸檬さん、俺と結婚してください。一生、大切にします」

「なに、言っているの?バカじゃない。昨日あった人といきなり結婚なんてするわけないでしょう。もう迷惑だから、私に付きまとわないでちょうだい。警察に通報するわよ!」

「俺は諦めません!必ず、檸檬さんにふさわしい男になって見せます!」

 それから1か月後、早稲田義塾大学の学生が婦女暴行の疑いで逮捕されるという前代未聞の事件が起きたが、あの警察官志望の脳筋は、そのメンバーの中にいなかった。

 逮捕されたメンバーは、以前、檸檬と麻布高校の親友に大量のお酒と薬を飲ませようとした輩であることは、まちがいなく警察は、その手口から常習性を疑い、さらに捜査を進めるということでニュースは終わった。

 やっぱりアイツもたまたま人数合わせのために駆り出されていたのか、となぜか檸檬はホっとしている。



-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 ある日のこと、東大キャンパスをいつものように歩いていると、前からものすごい美形の男子生徒が歩いてくる。

 その集団は、自称「美女狩り」を称していて、美女を見つけるや否や、あっという間に食べられるという噂を聞いたことがあった。

 最初にイケメンが声をかけ、味見をした後に輪姦されるらしいから、気をつけなさいよ。と先輩に注意されたことがあった。なんといっても檸檬は京都育ちでおっとりしている。

 でも、前世ヴェロニカの容姿を覚えている檸檬は、自分がそんなに言われるほどの美人ではないと思っているので、自分には絶対声をかけてこられる心配がないと妙な自信がある。

 この前のスーフリ事件と言い、最近、女子大学生をレイプすることが自慢のように語られる風潮があるのか?困ったものである。

 すれ違いざまに、そのイケメンの顔をじっくり見たがアントニーほどの美形ではない。なんだ。この程度か……、と思った瞬間、手首を掴まれ倒れかけたところを抱き寄せられる。

「いいね!俺たちとイイことしない?」

「げ!放してよ!ブサメン!」

 檸檬の言葉に、自称イケメンはきょとんとしている。今まで、イケメン呼びされたことがないらしく、ブサメンと言われてかなりショックを受けている様子。

 だって、しょうがないでしょ。前世、欧米人のような顔立ちを見慣れていたから、平べったい顔をイケメンなどとは、間違っても見えないし、思えない。

「俺が、ブサメン……」

 イケメンのショックをよそに、周りの金魚のフンが騒ぎ出す。

「おい!ブス!ミスター東大になんてことを言うのだ!俺たちだけで、味見と洒落込もうぜ!東大生にお情けをかけてもらうのだから、ありがたいと思え!」

 校舎の陰に連れ込まれ、下卑た笑みを浮かべている男たちを前に、檸檬は冷静でいる。いざとなれば、転移魔法でこの場から姿を消すこともできるし、こんな男の腕の1本や2本、へし折ることぐらい朝飯前の護衛術は、前世お妃教育仕込みで問題はない。

 檸檬の記憶を取り戻してから、ヴェロニカの聖魔法や武術は衰えるどころか、新たな肉体を得たとばかりに、精進して、精度がアップしているぐらいなのだ。

 ふらふらとミスター東大は、金魚のフンの痕から付いてきている。まずは、この男を本物のブサメンにしてやろうかと思っていると、

「そこで何をしている!」

 ふいに声をかけられた方を振り向くと、そこに脳筋男が立っていた。確か、名前は神河だったか……。

「神田川!こちらにいらっしゃるお方は、上垣内家のお嬢様なるぞ!お嬢様を汚しては、先祖の名折れぞ!」

 イケメンは、カラダを震わせながら、膝から崩れ落ちる。

「失礼しました。上垣内家のお嬢様とは、つゆ知らずにご無礼致しました」

「なんだ?なんだ?」

「これから俺たちが味見をしようとしている女は、そんなに有名な女のかい?」

「お前たち、この女性はダメだ。この女性に手を出すなら、俺はもう美女狩りから降りる」

「はあ?なんでだよ?神田川、それ正気で言っているのか?」

 すると、その自称イケメンが口を開き、衝撃の事実を述べる。

「上垣内家と言えば、俺たちの祖先の命の恩人の家なのだ」

「そうとも。関東大震災の時、俺たちの曽祖父、曽曽祖父に当たる人物を上垣内家の当主は助けてくれたのだ。決して忘れてはいけないこととして、我々一族の記憶に刷り込まれている歴史的な事実なのだ」

 神田川家は、当時、東京帝国大学で教鞭をとっていた一族で、家には、貴重な文献や書物があったが、大震災の時、焼失を恐れ、まだ残っていた近所にあった上垣内家の蔵にその蔵書を運び込んでいる最中に、蔵の下の防空壕に案内してもらって、災禍を逃れることができたという。

 防空壕に入れてもらうことができなければ、貴重な書物も文献も、また神田川家の血脈もすべて失われてしまうところを助けられたのだ。

 上垣内家の防空壕は、蔵の下とは思えない程広く快適で、上垣内家の奉公人のみならず、近隣の住人なども、一緒に避難していた。

 どこからか炊き出し用の鍋も持ち込まれ、温かいお茶とともに、腹いっぱいになるまで食えたことが、よほどうれしかったらしく、曽祖父は死の床の間際まで、上垣内家に世話になったことを忘れるな、と口にしていたそうだ。

 檸檬は、初めて聞く話にビックリしてはいたものの、それはあの倉庫下の異空間に奉公人だけではなく近隣の住民の命まで救った当時の当主へ思いを馳せている。

 一子相伝の秘密だからこそ、その事実が歴史の事実として晒されることなく今日まで、語り継がれることになったのだろうと、その時ふと思った。

「ここであったは、100年目、てか事実、100年後だわな。どうか上垣内家のため、お嬢様のために神田川大輔、身を粉にして働きますから、私と結婚してください」

「ばか!それはもう、俺がプロポーズした後だっつうの!」

「へ?大地!今江、そういうところだけは早いな!」

「だけというな!」

 イケメン大輔と脳筋の大地は、小突き相ながらじゃれているように見える。

 二人はともに、従兄弟同士で、東大の2年生だという。大地は法学部、大輔は医学部といい、二人とも檸檬の先輩になる。

 でも曰はく性が、なぜレイプするのかわからない。医学生なら、女の方からより取り見取りに酔ってくる者だろうと思うから。

「確かに、俺たち医者の前では、女の股は緩み放題なところもある。だけど、そんな女つまらないだろう。抱いてほしくて、上目遣いに見てきやがって。だから味見して、ポイを繰り返すのさ」

 言っていることはわからなくもないけど、どこまで思い上がっているのという内容にクラクラする。


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