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 「申し遅れましたが、私はこのオートリス王国で王太子をしておりますマルセル・フォン・オートリスという若輩者でございます。先ほどは失礼しました。聖女様が言われる王都をとっさに王宮の食堂をイメージしてしまったこと、食い意地が張っているようで、失礼しました。皆さまのお部屋をご用意いたしました。できれば、家族単位になっていただきたのです。」

 そう言って、マルセル様は公爵家の使用人と一般国民を分け、王宮の係の方がそれぞれの部屋へ案内してくれる。

 「聖女様のお部屋もご用意しております。ささっどうぞ。」

 「せっかくの思し召し、大変ありがたく存じますが、わたくしは祖国より自分の屋敷を持ってきておりますので、王宮での豪華なお部屋より住み慣れた我が家のほうが落ち着く貧乏性でして、我が家に住みとう存じます。どこか王宮の周辺で余っている土地など。ございませんでしょうか?」

 「ああ、それなら裏山にいくらでもありますゆえ、ご案内差し上げます。」

 公爵家の使用人は、アグネスのその言葉を聞いて、自分たちも公爵邸に住むと言い出し、王宮の係の人の案内を断り始めたのである。

 それが功を奏して、一般国民と公爵家関係の人の選別ができた。領地の領民の住居もアグネスが持ってきたからである。

 いったん、王宮のお部屋に割り当てられた人も先の集落で自分の家に泊った人たちは、再び、大広間に集まり始めたのである。

 やはり、どんなに豪華なお部屋でも、自分の家のほうが休まるし、気楽なのである。

 マルセル様の案内で裏山の土地に次々と住居を出し、最後に公爵邸を2軒出す。まわりに結界を張れば、魔物はおろか、普通の獣も近寄らず安心である。

 とりあえずは、人心地がつく。マルセル様が王太子殿下であると聞いたときは、やっぱりねという感想。アグネスが聖女だと聞いて、最初の集落から連絡が言ったのであろう。

 でも王太子殿下なら当然、婚約者様がいらっしゃるでしょう。その婚約者をないふぁしろにしてまで、アグネスはその座に就きたいとは思わない。それをすると自分もリリアーヌと一緒になってしまうから。

 かといって、側室になろうなんて、思っていないから、あの王宮に住まず、自分の家を出して正解だと思う。あそこで住んで、夜這いでもかけられたら、困るから。

 それにあの王宮の料理人、ずいぶんマルセル様と仲が良かったから、一服盛られたら、たまったもんじゃない。

 公爵邸の料理長のほうが信頼はおける。

 この山を越えたら、どこへつながっているのかしら。それとなく、マルセル様に聞いてみると、隣国へ一応行けることは行けるのだが、大変な難所があって、そう簡単には、山越えができないらしい。

 だったら、ここから行くのは、やめようか?

 アグネスは、もう婚約者を取ったとか、取らないとか、そんなことに巻き込まれたくないのである。

 たまたま出会った人と恋をして、普通に結婚したいだけなのである。公爵家の跡目がどうだかとかはどうでもよい話なのである。

 そんな結婚をしても、きっと両親は許してくれるはず。

 王宮に住んでいる人から、耳寄り情報を聞く。親戚が隣国ブラウニー国にいて、しょっちゅう行き来しているが、あの裏山ではない別のルートを通ると10日間ぐらいかかるが、安全な道がある。というものであったのだ。

 その人に会わせてほしいと頼んだら、すぐ会えるそうで、公爵邸で待っていると、その人が来てくれたのである。

 「すみません。および立てしてしまって。お茶でもいかが?」

 隣国へも行ってみたいとアグネスが言うと、道案内を買って出てくれたのである。

 そんな10日間もかけていく気はさらさらない。また、あの手を使うつもりでいるのだ。

 「では、ブラウニー国で、少し広い土地があるところがいいですわね。そんなところありまして?」

 「競技場か劇場なら、そこそこ広いですね。」

 「では、競技場がよろしいでしょう。そこをイメージできますか?」

 「ええ、できます。やってみますね。」

 なぜだか妙な浮揚感を感じたと思ったら、ブラウニーの競技場にいたのである。

 「あ、あれ?な、なんで?イメージしただけなのに、ここに来ちゃったんだろう。」

 首が折れるのではないかと思うぐらい、首をかしげている。アグネスは、何も言わず、元の公爵家まで飛ばす。

 「あ、あ、あれ??あれ??今、ブラウニーの競技場にいたと思ったら、夢でも見ていたのかな?おかしいな?それでいつ道案内しますか?俺はいつでもいいんだけど。」

 「ありがとう。もう用事は済みましたの。セバスチャン、お礼をして差し上げて。」

 執事のセバスチャンが金の入った袋を渡す。

 「え?何もしていないのに、こんなにたくさんいただいちゃって、なんだか申し訳ないな。また何かあれば、いつでも呼んでください。」

 そう言って、嬉しそうに帰って行ったのである。

 「お嬢様、いつ引っ越しなさいますか?今すぐでもできますが。」

 「そうね。王宮にいる人をどうするかだけの問題ですわ。」

 「置いていかれたら、よろしいかと。」

 「そう?では、そうさせていただきますわ。」

 アグネスが決断するや否や、セバスチャンは、すぐに公爵家の使用人に号令をかける。

 ものの数分で全員が集まるのだ。

 このあたり、同じ使用人同士なので連携が早い。

 そうして、全員をいったん、ブラウニーの競技場へ送り、再び戻って、公爵邸に使用人の住居、領民の住居を異空間の中に仕舞っていくことにする。

 その忙しい最中に、マルセル様が突然来られたのだ。

 「聖女様、どこかへ行かれるのでございますか?今しがた、王宮に努めているものから隣国への道案内を頼まれ、たいそうな礼金を前払いしてもらったと言っておりましたゆえに、気になって、覗きに来ました。」

 「え、ええ。これから、少しの間、隣国を見てこようと思いましたの。何やら、あちらで病人が出たみたいですので、治療に。」

 咄嗟に口から出まかせを言う。

 「それなら、私も共に参りましょう。」

 「結構です。そこまで、マルセル様に甘えるわけにも参りません。それに今、少し取り込んでおりますの。あとからになさってくださりませんか?」

 「わかりました。では、後程。」

 マルセル様が帰って行かれる後姿を見届けてから、慌てて転移魔法で競技場へ飛ぶ。

 息せき切って、アグネスが来たものだから、セバスチャンが驚いた様子で

 「お嬢様!? 何かございましたか?」

 「ここへ来る直前、マルセル様が訪ねてこられて、一緒にブラウニーへ来たいとおっしゃられて、撒くのに苦労しましたの。」

 「それは、大変というか、あの王太子なかなか鼻が利く。」

 「感心している場合じゃないわ。せっかくだけど、ブラウニー国は、さっさとスルーしましょう。」

 「それならば、いったんオートリア国へ戻り、隠蔽をかけてはいかがでしょうか?」

 「出国したと見せかけての隠蔽魔法?いいアイデアかもしれないわね。それでは、いったん戻ります。あ、待って!家を先に出して、隠蔽魔法をかけて、それから全員に隠蔽魔法をかけると……?今、全員に隠蔽魔法をかけてしまえばいいわね。」

 隠蔽魔法をかけるというと、全員、透明人間になれるものと勘違いして、ソワソワしている。

 とにかく、先にここにいる人間に隠蔽魔法をかけて、元のオートリア国へみんなで戻ることにしたのだ。

 戻ると、やはりマルセル様が兵士を引き連れて、裏山付近を検分しておられたのである。

 アグネス一行は、皆息を殺している。そして、再び、ブラウニーへと戻るのだった。

 「なに、あれ?まるっきり犯罪者扱いではないか!」

 「なんたる侮辱!もう二度とオートリアへは、戻らない。」

 口々に不平不満を言い合っている。でも、こうしている場合ではない。あと10日もすれば?いや、もしかすると5日ぐらいで、ブラウニーに追いかけてくるかもしれないのである。こんなことしている場合ではない。

 「とりあえず、今、一番安全だと思われるところは、トンプソン領です。これから、トンプソン領へいったん戻って、それから考えましょう。」
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