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2傷心旅行

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 リリアーヌを王都の噴水に捨てた公爵家の使用人の面々は、その後すぐに、アグネスの魔法で領地へ飛んだのだ。

 もちろんアグネスと共に、アグネスはいったん、領地へ引っ込んでから、旅に出るつもりでいる。王都の公爵邸は、アグネスの異空間の中に仕舞いこみ、今夜からは、領地で寝泊まりをするのである。

 これで、やっとあのリリアーヌとおさらばできて、スッとしている。

 別にアグネスは、ロバート様のことなど、どうでもよかったのだ。ただ、王家から押し付けられた縁談だったので、カドを立つのを防ぐため承諾した縁談に過ぎなかったから。

 その面では、リリアーヌの働きに感謝したいところだが、ロバート様に飽き足らず、絶対、次の婚約者も寝取られる。だから、リリアーヌを捨てたのである。

 王家には、ロバート様と婚約破棄された痛手のための傷心旅行に出たと言っておけば、大丈夫。一生戻らないつもりでいるが、そんなことどうでもいいのだ。

 とにかく若い娘が婚約破棄されたというだけで、傷心旅行に出ることは許されるのであるから、その手を使わせてもらおう。

 傷心旅行ではなく、修道院でもよかったのだけどね。

 王家も自殺されるよりは、マシだからすぐ許可が下りる。

 王家もロバートの後釜候補をすぐ立ててきたが、

 「今はとてもそんな気になりませんわ。」で、断った。当然でしょ、リリアーヌという諸悪の根源を絶たず、つぎ、また婚約なんてできない。

 ところがだ。やっとリリアーヌから離れることができたのだ。嬉しい。宝石もドレスもアグネスの持ち物はすべてリリアーヌが欲しがって、いつの間にかリリアーヌのクローゼットの中に隠されている。

 それをブランケットとネグリジェだけで、追い出せたのだから、これ以上重畳なことはない。

 それにしても家令がよくこんなこと考え付くものだと感心する。

 「いつお嬢様が言い出されるかと、待っていました。」

 聞いたときは、ビックリしたわ。生まれながらの公爵令嬢でもないのに、公爵令嬢面して、使用人にもきつく当たっていたらしい。

 使用人全員から嫌われていたら、仕方がないよね。

 公爵家の使用人は、決して身分が低いものではない。一番低くて伯爵家出身ぐらいだから、平民上がりのリリアーヌが偉そうにすることは耐え難い侮辱だったのであろう。

 ともかくもう二度とリリアーヌには会いたくない。だから傷心旅行に出るのである。

 どこへ行こうかな?ガイドブックや地図を眺めながら、ふむふむと思案していると、アグネス付きの侍女が

 「お嬢様お一人では、身の回りのお世話が必要です。わたくしがぜひ、お供させていただきたいですわ。」

 申し出てくれた。それもそうだと納得して、二人できゃっきゃウフフと相談していたら、なんと執事も何かあるといけませんから、男手が必要となりましょう。

 執事のセバスチャンも同行してくださることになったのだ。
 すると、お嬢様の健康管理のためにも、私も参らせてください。と料理長が申し出てくれた。ありがたいことですわ。

 一日も経たないうちに使用人全員が一緒に行ってくれることになったのだ。こんな大所帯で行動したら、とても傷心旅行とは見られないかもしれない。でも表向き傷心旅行なんだから、仕方ない。

 いっそのこと、王家には傷心旅行ではなく、婚活旅行にしようか?それとも使用人の慰安旅行にするか?福利厚生は使用人のモチベーションのためにも必要であるとかなんとか言って。

 そのあたりの許可は、執事がうまく取っておいてくれたのである。年頃の聖女様を一人で行かせられない。とかなんとか?

 さすが!セバスチャンぬかりはない。

 ということで、領地の屋敷も異空間に仕舞う。

 個々人の用意ができた人から順番に国境まで一気に飛ばす。国境ラインが集合場所である。

 領地の使用人の中には、家族を連れて行きたいと申し出るものまでいたが、傷心旅行といえども当分帰る予定がないから、希望者は全員、一緒に行くことにしたのだ。

 「不自由をかけるかもしれませんが、それでもよろしいでしょうか?」

 希望者といえども、転移魔法をかけるとき、一人一人に確認している。承諾した人から、まとめて国境ラインまで送る。

 アグネスは、懐かしい領地の風景を目に焼き付けてから、最後に国境ラインまで飛んだ。

 その頃、リリアーヌは、喜んでいたのだ。牢の中では、水も食べ物も支給されるから。

 ここにさえいれば、雨露はしのげるし、足が痛いのを我慢せずとも、歩く必要がない。それにここにいれば、リリアーヌがいないことに気づいたお姉さまがきっと探しに来てくれるだろうと信じているから。ひょっとしたら、ロバート様も来てくださるかもしれない。

 わりと楽天家なのだ。自分の存在でどれだけ、まわりの人を傷つけているか考えられない人間ほどそうである。自分中心でないと物が考えられない脳の欠陥である。

 だが、そんな期待をよそに誰もリリアーヌの元を訪ねてくる人間がいなかったのである。

 嫌疑不十分で、牢から出される日、

 「嫌です。ここにいないとお姉さまが探しに来られた時、困られるわ。ここに射させてください。」

 そんな懇願する受刑者は今まで誰もいなかったことから、牢番は顔を見合わせる。

 「アンタの姉さんって、誰のことだい?」

 「アグネス・トンプソン、血は繋がっていないけど、姉さんなんです。優しい姉さんなんです。」

 「こりゃ、たまげた。聖女様か?……聖女様は、もうこの国にはおらんよ。」

 「うそ!お姉さまが私を置いてどこかへ行かれるはずがないわ!」

 「聞いた話では、ロバート殿下との婚約破棄がショックで傷心旅行に行かれたとか、という話だったかな。」

 「うそ……そんな、ちょっとロバートを引っ掛けただけで……。」

 リリアーヌはその時初めて、自分が仕出かしたことの重大性に気づく。

 「ではロバート様は、あれからどうなさったの?」

 「ああ、廃嫡されて、平民落ちさ。今は土方をして、聖女様への婚約違約金を支払ってるそうだよ。ったくバカとしか言いようがないよな。どこかの尻軽女に引っかかったらしいぜ。」

 それからリリアーヌは牢にいたいと言わず、腑抜けのようになって、牢から出ていつの間にか姿を消したのだ。
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