上 下
7 / 33

7.

しおりを挟む
 ジークフリートは、アリエールに捨てられた。

 今まで小さい時から、共に婚約者として一心同体であった誓約魔法の片割れを完全に失ってしまったのだ。

 いつどこで何をしていても、常にアリエールの存在を感じていたのに、あの日からぷつりと切れてしまった。世界は色を失くし、生きる気力も何もない。

 アリエールが自害してから、その日に行われるはずの結婚式はすべて、中止になってしまう。すべてはアリエールの死を悼んで、哀悼の気持ちから中止になってしまったのだ。

 あの時の衝撃的な痛みは、アリエールが落下したときの痛みを肩代わりしたものだということを後で知った。アリエールは、あの高さから落ちても、なお眠っているかのような安らかな顔をしていた。

 それが誓約魔法のなせる業だということを知り、痛みを身代わりで引き受けられたことを良かったと思っている。それがせめてもの償いだとも。

 アリエールの遺体は、ルクセンブルク家に運ばれ、アリエールの生前使っていた部屋に安置されている。弔問に行きたくても、ルクセンブルク公爵から、やんわりと断られている。

 アリエールを失って初めて、自分の気持ちに気づいたジークフリートは今までの所業を深く反省するが、かけがえのないただ一人の愛する女性を永遠に失ってしまった事実からは眼をそむけられない。

 アリエールの存在がいかに大切で、ジークフリートにとって必要だったかを改めて思い知らされる。

 リリアーヌはここぞとばかりに、ジークフリートに前よりも増して、粉をかけるが相手にされない。

 リリアーヌは、アリエールに比べて何もかもが劣っている。家格もさることながら、容姿も頭脳も性格も。よく考えれば、ここまで下位の女性の言うことを真に受けていた自分がおかしいぐらい。

 それに学園内の監視カメラの映像をいくら見ても、やはりアリエールがいじめていたという画像を発見できなかった。

 そもそもアリエールは、ハイクラスでリリアーヌは一番下のロウクラスなのだから、接点は何処にも見当たらない。

 リリアーヌを処罰したところで、アリエールが戻ってこないことは承知の上だが、アリエールを侮辱したリリアーヌをどうしても許せない。

 アリエールの自害のきっかけになったことは事実だろう。リリアーヌを地下牢に投獄し、貴族籍をはく奪してから国外追放処分にする。

 まぁ、リリアーヌのことだから、国外追放処分になっても、ケロリとしてどこでも生きて行けるだろう。

 生まれながらの深窓の令嬢とは、訳が違う。雑草のごとく逞しく自分の人生を自分で切り開いていく姿を想像できる。

 だから罰でも何でもない。アリエールを自害するまでに追い詰めたのは、すべてジークフリートによるものなのだから。

 婚約者を失ったジークフリートに縁談は来るものの、アリエール以上の女性は何処にもいない。

 ジークフリートは王位継承権第1位で、第2位は父国王陛下の従兄弟に当たるルクセンブルク公爵、第3位は、その息子のエドワードでアリエールの兄である。

 もし、この先、誰とも結婚せずに子を生せなかった場合、エドワードが次期国王に一番近い存在となるのだ。

 それはそれでアリエールの供養にもなるような気がする。

 ジークフリートの曾祖母は、アリエールの曾祖母と同じ人で、聖女様。聖女様は曽祖父の国王陛下と結婚され、王女と王子をお産みになられ、王女殿下はルクセンブルク家に降嫁され、それがアリエールの祖母というわけ。

 以降、聖女様の立ち合いで婚約時に誓約魔法が結ばれ、王家ではただ一人の妻しか持てなくなって久しい。

 側女を持てないから、配偶者となった妻を抱きつぶし、結果早死にさせてしまう悲劇が繰り返されている。

 そして聖女様の最後の誓約魔法をかけられたのが、ジークフリートとアリエールと言うことだけ。

 もし、二人が結婚すれば、また悲劇が繰り返されることになったのだが、それだけは避けられて良かったことかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

遺された日記帳〜毒をのんだ令嬢〜《完結》

アーエル
ファンタジー
ここに一冊の日記帳がある。 色褪せたそれの持ち主はすでにこの世にはない…… 胸くそ悪い内容です。 ☆他社でも公開中

婚約破棄の茶番に巻き込まれました。

あみにあ
恋愛
一生懸命勉強してようやく手に入れた学園の合格通知。 それは平民である私が貴族と同じ学園へ通える権利。 合格通知を高々に掲げ、両親と共に飛び跳ねて喜んだ。 やったぁ!これで両親に恩返しできる! そう信じて疑わなかった。 けれどその夜、不思議な夢を見た。 別の私が別の世界で暮らしている不思議な夢。 だけどそれは酷くリアルでどこか懐かしかった。 窓から差し込む光に目を覚まし、おもむろにテーブルへ向かうと、私は引き出しを開けた。 切った封蝋を開きカードを取り出した刹那、鈍器で殴られたような強い衝撃が走った。 壮大な記憶が頭の中で巡り、私は膝をつくと、大きく目を見開いた。 嘘でしょ…。 思い出したその記憶は前世の者。 この世界が前世でプレイした乙女ゲームの世界だと気が付いたのだ。 そんな令嬢の学園生活をお楽しみください―――――。 短編:10話完結(毎日更新21時) 【2021年8月13日 21:00 本編完結+おまけ1話】

『絶対に許さないわ』 嵌められた公爵令嬢は自らの力を使って陰湿に復讐を遂げる

黒木  鳴
ファンタジー
タイトルそのまんまです。殿下の婚約者だった公爵令嬢がありがち展開で冤罪での断罪を受けたところからお話しスタート。将来王族の一員となる者として清く正しく生きてきたのに悪役令嬢呼ばわりされ、復讐を決意して行動した結果悲劇の令嬢扱いされるお話し。

婚約破棄が成立したので遠慮はやめます

カレイ
恋愛
 婚約破棄を喰らった侯爵令嬢が、それを逆手に遠慮をやめ、思ったことをそのまま口に出していく話。

婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました

相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。 ――男らしい? ゴリラ? クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。 デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。

処理中です...