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痴漢

4.

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 陽子は7か月の身重になっていて、少し早いけど、産休を兼ねて、会社を退職することにしたのだ。

 結局、後任の秘書は見つからないまま、引継ぎを専務にしかできないでいるけど、何も引継ぎをしないよりはマシということで、専務相手に膨大な資料を片手に、引継ぎをしている。

 そして、定時に終わらなくて、その日も残業して、引継ぎを行い、専務が自宅まで送ってくれるという話を固辞して、会社を出た。

 その直後、見知らぬ男性から声をかけられる。お子化で確かに出会った記憶はあるが、それが誰だったか、そしてどこだったかさえも思い出せない。

 「本郷さんの奥さまですよね?」

 「え……と、どちら様ですか?」

 「ご主人の知り合いですよ。」

 でも、なんとなく正彦の知り合いではないという気がする。

 その男は、嫌がる陽子を無理やり多目的トイレの中に押し入れようとしている。こんな密室に入れば、何をされるかわからない。陽子は、とっさにお腹をかばい、手に持っていた荷物をドアの部分に置き、扉が閉まらないように工夫をする。

 「やめてください!人を呼びますよ。」

 「ご主人が金を払ってくれないもので、そうなると奥さんに払ってもらうしか方法がないわけですよ。」

 「主人が、アナタから借金をしているのですか?いくらですの?」

 「さあね。金額は奥さん次第というところかな?」

 襲われる、犯される。と言う恐怖心が、以前、痴漢に遭った時の記憶がよみがえると、まさに今、陽子を襲おうとしている男と依然、痴漢をしていた男と重なる。

 「アナタは、あの時の置換ですわね!誰か、助けてー!痴漢!」

 「へっへっへ。ようやく思い出してくれて、嬉しいよ。そんなに俺の指使いが忘れられなかったということかい?」

 両腕を押さえつけられ、マタニティドレスのスカートをまくり上げられる。あわや!の瞬間。そのビルの警備員と共に、専務がとびこんできてくれた。

 男は駆け付けた警官に引き渡され、帰路はあれだけ固辞していた専務の車で送ってもらうことになった。

 「けがはない?大丈夫?よかった。間に合って。怪しい男性が本郷さんをつけ狙っていることを昼間外出した時から、気になっていてね。帰りもビルの前をうろついていたから、その直後に本郷さんの叫び声が聞こえたものだから、警備を呼んで、駆け付けたということだけど、何事もなくて、よかった。」

 「あの痴漢、一年ほど前に電車の中で私を執拗に置換していた人だと思い出したの。そしたら急に怖くなって、足がすくんでしまった。でも、本郷さんの奥さん?と言って声をかけてきて、主人の知り合いだと言っていたけど、どういうことかしら?」

 「そのあたりは、警察が明らかにしてくれますよ。心配しなくて大丈夫だから。」

 「そうね。そういうことにさせてもらうわ。専務ありがとうございます。ここが済んでいるマンションなんです!」

 「え?ウチと同じではないか!知らなかったな。俺は33階に住んでいるんだけど、本郷さんは?」

 「私は25階なんですよ。今日は送っていただき、ありがとうございました。」

 専務に送っていただいたことが思わぬ波紋につながるとも知らないで、その時は、怖い思いをしたけど、正彦さんがいなくても、近くに知り合いができたことの方が嬉しく思っていた。

 翌朝、出勤前の正彦と昨夜のことをかいつまんで話したが、

 「約1年前の痴漢と、出会ったって本当か?」

 聞いたきり、それ以上は何も言ってくれなかったのだ。

 「私が大声上げて、抵抗したものだから、未遂で終わったけど、怖かったわ。偶然、会社の人が見かけていてくれて、それで助かったのよ。その人このマンションの住人だというから、さらに驚いちゃった。」

 もう正彦は、陽子の言葉など耳に入ってこない上の空で生返事をしている。

 丸岡(痴漢役の名前)の奴!許さない!

 いくら会社から、丸岡の携帯電話に電話をかけても、いっこうにつながらない。それもそのはずで、丸岡は、昨日から警察署の留置場の中にいる。

 度重なる着信に、昨日の被害者の夫からだと気づいた啓二は、その夫と丸岡との関係を調べることになる。
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