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高架下2
しおりを挟む「ちょっ……、待て待て! さすがにそれはまずい!」
駆け寄ってきた憲剛が、寛哉の腕を掴む。
後がまずいって! もう一度強く言われ、寛哉はやっと我に返った。
憲剛も我に返る。
後がまずい、とは。
男を見ると、恐怖と絶望で歪んだ顔をしていた。
絶対“死体の後片付けが面倒でまずい”と思われた。
暴行で捕まったらシロくんをどうするんだ、という意味だったのに。それに寛哉は絶対、組の若頭だと思われた。
男を地面に叩き付けると、解放された男は蹲り激しく噎せ、寛哉を見ると情けない悲鳴を上げた。更には粗相もしてとんでもない有様だった。
憲剛は安堵の溜め息をつき、するりと男の財布を抜き取る。
「名刺一枚いただくよ。……へぇ、結構いいとこにお勤めで」
名刺と免許証を見比べ、本人である事を確認する。そして口の端を上げ、寛哉に頷いてみせる。寛哉も不機嫌に頷いた。
寛哉の事だ。こんな状況でも現行犯の証拠写真を残していると思った。証拠がなければ立証は難しいと、まだ新人だった頃に嫌という程に学んだのだから。
「あー……、終わってたか」
申し訳なさそうに雅が顔を出した。今日は署の方に居て、来るのが遅れてしまった。
街の情報は全て頭に入っている為、彼の行動しそうな範囲をピックアップして連絡は出来たが。
目の前の惨状を見やり、状況は一通り理解した。
「俺が処理した方がいい?」
「……こいつと一緒に、頼む」
「了解」
雅はニヤリと笑った。
被害者が成人済みの男で、それも未遂となると、暴行罪の中でも軽い刑しか科せない。その分再犯率も上がる。常々それを不満に思っていたのだ。
雅に悪と認識されたらとことん追い詰められる。それが憲剛も一緒にとなると、二度とそんな気を起こさせないように出来るのだ。
「あれ、こいつ……。なるほど?」
ますます愉しげな顔をした。
以前、シロを襲いかけた男だった。ここまで付けて来たのだろうか。余罪、と内心で呟く。
それを今寛哉に言えば流血沙汰になるのは確実。雅は笑顔で男の手に手錠をかけ、車を呼んだ。
寛哉は重々しく息を吐き、背後を振り返る。
見せないよう背後に隠していたのだが、シロは怯えたようにこちらを見つめていた。
「シロ」
「っ……」
ビクリと震え、怯えたように寛哉を見上げる。
シャツの裾は捲れ上がり、髪も乱れている。頬は腫れ、首には力尽くで従わせようとした跡があった。
また男への怒りが込み上げる。グッと奥歯を噛み感情を抑え、深く息を吐いた。
「なんでお前は、いっつも危ないとこばっか……」
服や髪を整えてやり、頬にそっと手を添えた途端、シロの目からぼろぼろと涙が零れ出した。
「っ……ひろや、さ……っ、おれ、こ、こわかっ、っ……」
堰を切ったように零れる涙が、地面に幾つも落ちる。
「ごめっ、なさっ……、ごめん、なさいっ……」
何度も謝りながら、両手で目元を擦り子供のように泣きじゃくる。恐怖と安堵に震える華奢な体を、両手でしっかりと抱き締めた。
「もう独りでこんな場所入るなよ?」
シロはコクコクと頷き、きつく抱き締める寛哉の背に、縋るように腕を回した。
ぼんやりとして歩いているうちに、気付かずにここへ入ってしまった。
この辺りは馴染みのない場所。それでも、危険な事はすぐに分かった。
気付けば辺りは暗闇で、その中では、足元に落ちる影も見えなかった。だから、背後から近付く影にも気付けなかったのだ。
突然背後から抱きつかれ、強い力で鉄骨の陰に引きずり込まれた。
抵抗すれば平手で打たれ、ますます容赦ない力で壁に押さえ付けられて……。叫んだ声は、電車の音にかき消されてしまった。もう一度叫ぼうとしたら、無骨な男の手で口を塞がれて。
……怖かった。
同じ男なのに、何も出来なくて。
男だから、例え襲われても対処出来ると思っていたのに。
逃げなくては。そう思うのに、震える体は指一本すら動かしてくれなかった。
男の手が体中をまさぐり、服の中へと入ってきた時、……安堵したのだ。
殺されはしない。“それ”が目的なら、……初めてではないから、大丈夫。ただ少し、我慢をすれば終わる。だから大丈夫だと、自分に言い聞かせて。
きっとこれは、罰なんだ。
それなら甘んじて受けよう、と……。
……それなのに、震えが止まらなかった。逃げ出したかった。
顔の見えない相手に、好きでもない相手に触れられる事が、これから起こる事が……怖かった。
それでも抵抗すら出来なかった。ただ泣く事しか出来なかった。もし助けに来てくれなかったらと思うと……。
ゾクリと恐怖が襲い、目の前の体温にしがみ付く。
怖い、怖かった、ごめんなさい。そう言って泣きじゃくるシロの額に宥めるようにキスをして、寛哉は何も言わずにただ優しく背を撫で続けた。
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