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ある日の話:涼佑と白竜族の服

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 白竜族の村から戻った日の晩。リグリッドの涼佑りょうすけの部屋では。

「ん……二着?」

 袋を開けて、目を瞬かせる。これは暖人はるとからのプレゼント。ウィリアムの屋敷に置いていた方が遙かに安全なのだが、離し難くて持って来ていた。
 一着は、試着したきれいめの無地の服。もう一着は。

「気を遣わせちゃったな」

 くすりと笑う。二着目は、上下分かれた服だ。生地は絹のような滑らかな白で、肩から胸にかけて色とりどりの花の刺繍が施されている。袖も折り返したデザインで新緑色。立て襟も同色。
 綺麗でもあり、しっかりと柄があって落ち着く。暖人の気遣いに、そっと服を撫でて微笑んだ。


「王族の正装っぽくもある……」

 試着して、鏡に映った姿をジッと見つめた。
 斜めに入った刺繍が、襷を掛けたよう。勲章や肩章があれば完全に公式行事のそれだ。

(王子顔、か)

 暖人には何度も言われた。第二皇子に似ているとも未だに言われる。
 内戦を戦い、堂々とした風格を身に付けた自覚もある。元の世界にいた頃は本当にただの子供だったと懐かしく思うほどに。

 鏡から離れ、窓を開ける。
 もしも……皇子と結婚して国を治めるのが、この世界の神の思惑だったとしても、暖人がいるのに国など愛せない。暖人がいなくなれば、世界を呪ってしまう。

「何があろうと、暖人だけは守ってくださいね」

 この世界を滅ぼされたくなければ。
 薄く微笑みそっと言葉を零すと、答えるように風が音を立てて吹き抜けた。







 それから暫し。
 暖人の元へ戻ってすぐにリグリッドへ呼び戻されたり魔獣を狩ったり食べたり暖人を食べたり。制服デートやガーデンパーティや、四人で仲良く暖人を愛でたりと、何だかんだと忙しい日々だった。

 ようやくゆっくり二人の時間を取れた涼佑は、ウィリアムの屋敷内の自室で……頭を抱えていた。
 自室のバスルームの、脱衣所。
 だがいつまでも篭もっている訳にはいかない。


「着た、けど……」
「やっぱり似合うっ……」

 そっと扉を開けると、暖人はそう言って口元を押さえた。

「そんな悶えるほど?」
「うんっ、似合うよっ。……本当は派手なのも似合うけどきれいめの新鮮味最高……」
「だから無地の方が似合うって力説してたんだ」

 無地も似合う、では納得しなかっただろう。暖人は涼佑の事を良く分かっている。
 涼佑が着ているのは、白竜族の村で試着した方の服だ。少しアオザイに似た、細身で綺麗なシルエット。刺繍の代わりに小さな透明の宝石が襟や袖に散りばめられている。

 せっかくだしと着替えようとしたのは刺繍の入った方だった。それをするりと奪われ、無地の方を渡された。こっちは明日、とわくわくした笑顔で。そんな期待した顔をされては断れない。


「王宮から出さずに育てられた王子様、だっけ」
「国宝級に大事に」

 補足して、満足そうに涼佑を見つめた。

「そんなに見られると恥ずかしいな」

 まじまじと見つめられ、苦笑する。やはりシンプル上品な服は落ち着かない。

「涼佑、可愛い……」

 眉を下げる涼佑を、ぎゅっと抱きしめた。白竜族の試着室の時よりもっと可愛い。二人きりだと気が抜けてるのかなと思うとますます嬉しくて、ちゅっと涼佑の目元にキスをした。

「はるからキスして貰えるなら、いいかな」

 はにかんだ笑みに、暖人はたまらなくなり今度は唇を啄む。可愛いキスを何度も繰り返し、またぎゅうっと抱きしめた。


「ねぇ、はる。実は僕も、買ってたんだ」

 暖人からのキスに嬉しそうな声で言い、頬を擦り寄せる。

「あの二人も、はるのための服を僕と二人の時に着られるのは面白くないだろうし。僕も、はるを全身僕のものにしたいから」

 名残惜しそうに体を離し、クローゼットから服を取り出す。その服と共に暖人を脱衣所に押し込んだ。




「涼佑、お揃いっ」

 着替えを終えた暖人は嬉しそうに扉を開けた。涼佑の服によく似たデザインで、散りばめられた宝石の色だけが緑だ。

「店を出る時に見つけたんだ。似合うよ、はる。綺麗だ」
「っ……あり、がと」

 ぱっと朱に染まった頬を撫で、暖人の手を取りソファに座らせる。

「お揃いでお部屋デートだね」
「うんっ」

 二人暮らしになったらしたいねと話していた。この世界で少しずつ叶っていく事が嬉しい。


「ありがとう、涼佑。それと……はいてないみたいに快適な下着」

 ぴったりしているのに締め付けもなく、通気性も良い。

「段差も見えないね」
「んっ、だめ」

 腰を撫でる涼佑の手をそっと押さえる。

「貴重な服なのに、染みになったら困る」
「……そうだね」
「メイドさんに洗濯お願いすることも出来ない」
「正論」

 苦笑して、おとなしく手を膝の上に置いた。暖人はくすりと笑い、立ち上がる。


「あのね、ノーマンさんが、これをくれたんだ」

 棚から大事そうに取り出した木箱には、グラスが二つ入っていた。

「アラビアンナイトだ」
「ね。砂漠の王子様」

 グラスを涼佑に持たせ、にこにこと笑う。

「似合う。オアシスの王宮の王子…………王様……?」

 王子というには貫禄が。暖人は首を傾げた。

「僕が王様なら、はるは王妃様かな」

 暖人にもグラスを持たせ、満足そうに見つめる。

「今度ウィリアムさんたちにも着て貰って、お茶会しようか」

 提案すると、暖人の瞳がきらきらと輝く。ノーマンもそのつもりで、この異国的なグラスをプレゼントしてくれたのだろう。ウィリアムとオスカー用のグラスもあるはずだ。


「僕が砂漠の王様なら、二人は?」
「ウィルさんはライオンがペットで奥さん百人いる王様みたいで、オスカーさんは黒豹をペットにしてるマフィアのボスみたいだった」
「想像出来て面白い」

 むしろそちらの方が似合うのでは。

「涼佑は、……白い狼」
「神の使いかな?」
「うん、似合うよ」

 まるで目の前にいるようにうっとりと見つめた。

「じゃあはるのは、僕の狼の番だね」

 さらりとした黒髪を撫でる。

「二匹のもふもふに包まれてお昼寝するはる」
「もふもふ……」
「……可愛い」

 はるが。

「うん、可愛い……」

 もふもふが。

 それぞれに想像して、頬を緩めた。
 もしもの世界の話をしても、もう焦がれはしない。切望した優しい世界は、もうここにあるのだから。


 グラスに飲み物を注ぎ、月に翳して色を楽しむ。
 指を絡めて手を繋ぎ、ゆったりと話をした。心が繋がる暖かな時間がとても幸せで、眠る事すら惜しくて。寄り添っているうちに朝陽が射し込み、今日は贅沢に昼寝をしようと二人で笑い合った。



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