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交渉とその後

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 夜会翌日の夜。
 仕事から帰宅したウィリアムとオスカーに、涼佑りょうすけは猫のテーマパークの件で交渉をした。最初は驚いていたが、しっかりとした企画書に目を通すと二人は納得を見せる。


「白猫の人形……着ぐるみ、か……」

 ドレスとタキシードを着た猫の絵に視線を落とす。愛嬌のある顔とふくふくした身体で、二足歩行。

「大きな白猫に包み込まれるハルトは、愛らしいだろうね」
「ああ」

 オスカーも頷く。ただひとつ、気になるのは。

「黒と灰猫もいた方がいい。猫は多い方がアイツも喜ぶだろ」
「確かにそうですね……」

 大事にしているのは白猫のぬいぐるみだが、暖人はるとは全ての猫を愛している。

「リュエールではこの形の猫が一般的だが」

 オスカーはまた思案した。

「完成が数年後なら、猫を飼う余裕も出てくるだろうからな。飼い猫に似た……リグリッドで人気のある色と種類も検討してみろ」

 涼佑は素直にメモを取る。リグリッドの大使という立場で話をしているのだから、個人的感情は封じた。


 元は白猫カップルと、ドレス猫の幼い薄茶猫の兄弟で、四匹を考えていた。二匹ずつでのステージイベントと、各エリアに突然登場する触れ合いイベントを予定している。
 だが、規模を考えると確かに足りない。会えなかったなどの不満がないほど、後の集客も見込める。

「それなら、仲の良い友人同士がいいね。猫好きなら、全ての猫が愛すべき猫であるべきだ」

 暖人に感化されたな。二人はウィリアムを横目で見る。だがその意見も尤もだ。

「ありがとうございます。参考にします」

 素直に礼を述べると、今度は涼佑に視線が向く。

「……リグリッドの大使という立場ですので」

 敢えて言葉にすると、二人は納得した。


「俺からも一つ。復興の手助けになるなら、対価など必要ないよ。開園前の無料招待というだけで特別だからね」

 リグリッドは元は農業大国だ。出荷出来るまでに土地が回復した後、皇室所有のぶどう畑とワイン醸造所の権利を譲渡する案で決定していた。皇子曰く、国の守りの要を離れさせるのだからそのくらいは当然だろうと。

「リョウが気になるなら、ここで作られたワインを二十本ほど貰えるかな。屋敷の皆にも振る舞いたい」
「それだけでは……」
「それでも気になるなら、当日、ハルトと手を繋いで歩ける権利が欲しいな」

 キラキラと輝く笑顔。オスカーも頷いていた。結局二人にとって、一番の対価は暖人だ。
 そして二人は、リグリッドのワインを屋敷の者に振る舞い宣伝するつもりなのだろう。
 二人の事を甘く見ていた。涼佑はそっと息を吐く。彼らは対価を求めるどころか、手助けを買って出る性格。暖人が懐くほどに、人が良いのだ。

「きちんと意見を貰えるなら、いいですよ」
「ありがとう、リョウ」

 お願いに来たはずが、お礼を言われている。交渉しづらい人たちだなと思わず苦笑した。







 部屋に戻った涼佑は、ソファで本を読んでいた暖人の隣に座る。その向かいにはウィリアムとオスカーが座った。

「ハルト。夜会の時の事を、ラスに聞いたんだ」

 ウィリアムが突然そう切り出す。

「俺が女性に触れられた時、嫉妬してくれたそうだね」

 嫉妬させた事は申し訳ないが、暖人に嫉妬されるのは嬉しい。ウィリアムの顔がそう告げていた。

「あっ、そっちです……」
「そっちとは?」
「あっ……」
「ラスがハルトに、騎士の約束をした事かい?」
「っ……」
「これからは、俺の許可なくハルトに接触出来るね」

 にっこりと微笑む顔が怖い。暖人はぶるっと震えた。

「まあ、お前が不在時の護衛になるのは便利だろ」
「それはそうだが……」
「僕も初対面の時は警戒しましたけど、昨日見た感じだとウィリアムさんよりは理性が強そうですね」
「まあな。それにウィルという上司を持つ部下だからな」
「なるほど。はるに手を出したら死ぬんですね」

 それならいいか、と涼佑は頷く。
 良くはない、と暖人は呟いた。


「オスカー。ハルトの騎士が俺たちだけでなくなることには、何も思わないのか?」
「赤と青の奴等も勝手にハルトの騎士だと思ってるだろ。だが騎士の誓いを赦されたのは、俺とお前だけだ」

 視線を向けられ、暖人はコクコクと頷く。

「いくら懇願されても、誓いは俺たち以外には許すな」
「はい。俺の騎士は、オスカーさんとウィルさんだけですから」

 その答えに二人は満足そうに笑んで立ち上がり、暖人の手をそれぞれ取る。そして恭しく口付けた。

(あまりにも贅沢……)

 視界には超絶美形、この国の騎士の頂点、リュエールの至宝のお二人。ウィリアムは暖人の手を取ったまま隣に座り、もう片側には涼佑が座っているため、オスカーは暖人の手のひらにも口付けてから向かいに座った。


「直接見たのは初めてだけど、はるが姫なら違和感ないね」
「あるよ、姫じゃないよ」
「救国の姫君と二人の騎士」
「完全に乙女ゲーム」

 もしくは恋愛小説。

「ウィルさんとオスカーさんがすごくかっこいい騎士様だから絵になるんだよ」
「まぁ、騎士っぽい騎士ではあるけど」
「でしょ」
「はるが姫だからこそ、だけどね」

 話が振り出しに戻り、暖人は「違うんだよ」と繰り返した。

「リョウは嫉妬すると思ったのだが……」
「僕たちの国には騎士がいなかったので、誓いがどの程度の重さか測れませんし……あなた方の覚悟に嫉妬するのも筋違いですから」

 彼らにしか分からない覚悟と重さを、軽率に妬んだり否定する気はない。

「それに、僕は生まれた頃から暖人を守る事を許されていますので」

 涼佑はキスすることなく、ただ愛しげに暖人を見つめた。

「育った文化の違いか」

 オスカーは納得を見せる。

「リョウは凄いな。分からないものを軽視せず、尊重するのだね」
「別に褒められるような事じゃないですけど」

 最近のウィリアムは、涼佑の事を弟のように思っているふしがある。恋敵にそう接する事が出来るのも文化の違い、いや、世界の違いだろう。


「ねえ、はる。今まではずっと一緒だったから分からなかったんだけど」

 微笑ましく見つめる視線が居心地悪くて、話題を変える。

「離れてる時間があると、その間の出来事を話せるのはいいなって思ったよ」

 リグリッドから戻る度に思っていた事だ。暖人の事で知らない事があるのは嫌だという感情とはまた違う。

「帰ったらはるに話したいなって考える時間も、楽しいよ」
「うん。俺も、涼佑と一緒に見たいな、食べたいな、って考えるの楽しいよ」

 元の世界では決して感じられなかった、新鮮な喜びだ。

「……離れるのは、いつも寂しいけど」
「うん……」
「はる。好きだよ」
「うん、俺も……涼佑、大好き」

 指を絡め、見つめ合う。
 二人しか知らない異世界。二人しか知らない時間。言葉にする何倍ものことを伝え合う瞳。
 どんなに傍にいても、二人の間には誰も入り込めない。目の当たりにする度に、ウィリアムとオスカーは劣等感と焦燥感に苛まれる。

「……そんな顔させるつもりはなかったんですが」

 気配すら殺す二人に、涼佑は呟く。割って入ってくれてもいいのにと思っても、大人で理性的な二人にはそうではないらしい。


「ところで、今日はどちらがはると一緒に寝るんですか?」

 暖人の頭を撫でてから、二人に声を掛ける。昨夜は譲って貰った。今日くらいはどちらかに譲っても良いだろうという気になっている。

「ウィル、客間は」
「用意出来ているが……」

 オスカーが自分から主張してくるのは珍しい。

「片側はリョウに譲る。もう片側は、俺とウィルで交代制にする」
「それは良い案だね」
「野営みたいですね……」
「慣れてるからな。ハルトを起こしはしない」

 オスカーもウィリアムも自信満々の顔だ。
 交代制。それは涼佑を除け者にしないと言っているようで。


「僕も慣れてるので三交代でいいですよ」
「いいのかい?」
「はい」
「それなら、リョウの言葉に甘えよう。ハルトの寝顔を右と左から見られるね」

 心の底から嬉しそうにするウィリアム。

(仰向けしか許されない……)

 寝顔なんていつも見ているのに。そっとウィリアムを窺うと、ますます輝く笑顔を向けられた。


「あの、でも交代制だとあまり眠れないんじゃ……」
「大丈夫だよ。俺たちは慣れているからね」
「ああ、問題ない」
「僕も途中で起きてもすぐ集中して寝られるから」

 そう言う三人は、元より眠るつもりはない。一晩中暖人の寝顔を眺めるつもりだ。

「ちゃんと寝てくださいね?」

 薄々勘付く暖人に、三人は頷く。とても良い笑顔の涼佑とウィリアム。真顔のオスカー。

(これ、嘘だ)

 そう気付いても、彼らの中で決定してしまった事を覆せない。

(俺も寝られないかもしれない)

 見られていたらさすがに。
 ……と思っていたはずが、最初に右隣だったオスカーに撫でられて、あっという間に眠りに落ちた。交代時もあまりにスムーズで、結局朝までぐっすりと眠ってしまった。







「ウィルは硝子の温室、リョウは観光施設か」

 翌朝の王宮内の執務室で、オスカーは小さく息を吐く。
 暖人にプレゼントするものが、いつの間にか建築物になっている。それなら自分は何を贈るかと思案した。

「……国でも作るか」

 ボソリと呟く。
 だがすぐに考えを改めた。
 国など暖人は求めていない。それに、守るものが増えては暖人はますます無茶をしてしまう。そして、自分に構う時間も極端に減ってしまう。

「アイツの喜ぶものは、何だ……」

 豪華でも高価でもないもの。それが難しい。また一つ息を吐き、役に立ちそうな情報が期待出来ない本棚へと視線を向けた。


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