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夜会の終わり4

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「お前はいつになったら自信が付くんだ?」
「いつでしょう……、まだまだ無理みたいです」

 両手でがっしりと抱き締めたまま、器用に暖人はるとの頬を撫でるオスカー。

「ハルトはもう、どれほど愛されているか忘れてしまったのかな?」
「っ、覚えてますっ」
「そうかい?」
「はいっ、でも、身に染みるのと自信が持てるのは別みたいでっ」

 急にハキハキと答える暖人に、ウィリアムはそっと目を細めた。

「それなら、ハルトが自分に自信が持てるまで、ハルトの素晴らしいところを一晩掛けて語ってあげようかな」
「っ!」

 ひえっ、と内心で悲鳴を上げる。


「団長。それは一人分の愛情を越えてるみたいですよ? ちょっと多すぎますよね、ハルト君?」
「はいっ、出来れば一人分でお願いしたいですっ」
「ハルト君は奥ゆかしくて謙虚な国で育ったんですから、それに合わせて手加減を……」

 そこでラスはハッとして涼佑りょうすけを見た。

「……僕も同じ国ですけど、多分半分は別の国の血が混ざってるので。暖人が僕たちの国の正しい反応ですよ」

 しれっとそう返す。今や暖人のような純粋無垢な人間がどれほどいるか謎だが、そう言っていれば暖人が過剰に迫られる事はないだろう。
 その通り、ウィリアムは少し愛情表現を抑えようかと考えた。結局はすぐに忘れる事になるのだが。



 暖人が三人に溺愛されている間に、ラスとメルヴィルはそっと部屋を出る。これ以上いては本当に邪魔者になってしまう。
 ひと気のない廊下を歩きながら、メルヴィルは声を潜めラスに話しかけた。

「……ハルト殿を巡って、戦争が起きたりはしないか?」
「あー……いや、でも、ああ見えて団長たちの手綱はハルト君がしっかり握ってるから、本気の殺し合いになる事はないはず……」
「そうか。なら、他国は」
「この国に喧嘩を売ろうなんて国は、……領地は、あるかもしれないな」
「そうか。過去百年のうちに統合した地域にはハルト殿を近付けないよう、ウィリアム団長にも進言を」
「ああ。オスカー団長にも頼む」

 団長二人がこれほど暖人を溺愛している事実と、権力人間ホイホイという事実に、ラスとメルヴィルは今更ながら危機感を覚えた。


 外出時は常に最強の護衛のうちの誰かが付いている為、拐われる事はないだろうが……。
 懸念しているのは、たまたま街で暖人を見かけた相手が一目惚れしてしまう事だ。
 他国の最高権力者の訪問ならともかく、国内の地方領主が私用で街を訪れた程度は、騎士団でも把握していない。

「……ハルト殿を、……常に屋敷に閉じ込めてはおけないだろうか」
「うちの団長が大喜びだろうけど、倫理的に駄目だろ」
「貴様に倫理を説かれるとは」
「俺はわりと常識ある方だと思うけどなぁ」
「どこがだ」

 氷より冷たい視線を浴び、ラスは苦笑した。

「まあ、ハルト君が権力者に好かれるのは、救世主としての責務を遂行しやすくする為に神様が与えた力かもしれないし。邪魔になる相手には効かないかもしれない」

 だからこそ、権力が一定以上高い者が惹かれる。理屈としては考えられなくもない。
 メルヴィルは視線を落とし、思案する。だが。


「一理あるが、お前自身もそうだと言い切れるか?」

 鋭い視線を受け、ラスは脚を止めメルヴィルを見下ろした。

「神様の力じゃないかなぁ……。俺がハルト君に惹かれるのは、ハルト君がいい子だからだ」

 いつも一生懸命で、真っ直ぐに相手を見つめ、暖かい笑顔で全てを受け入れる。だからこそ好きになった。

 だがメルヴィルは、まだラスを見上げる。

「……はぁ。心配しすぎ。ハルト君を泣かせるような事はしないさ」

 後々邪魔になるというのに、ラスに効いてしまった。そんな事にはならないのかとメルヴィルは懸念している。
 それ程までに、暖人に執着して見えたのだろう。

「俺はメルが思うよりも、ずっと理性的で常識的な人間だからな」

 ラスは困ったように笑った。


「それならいいが……」
「珍しい顔するなって」
「……個人的に気に喰わなくとも、同じ副団長だ。貴様が酷い死に方をするのは寝覚めが悪い」

 暖人を拐って誰にも見つからないところに閉じ込める、などという馬鹿な事をして、激怒したあの恋人三人に八つ裂きにされるのでは。メルヴィルはそんな事まで懸念している。
 ちゃんと死ねれば良いけど、とラスは言葉にはせずそっと視線を伏せた。

「メルが心配するような事は起こらない。俺は、ハルト君が笑ってくれるならそれが一番嬉しいからな」

 あの笑顔を曇らせるのが自分なら、彼の前から消える覚悟もある。彼が笑ってくれるなら、望むなら、喜んで戦場にも身を投じるだろう。
 そうでなければ、騎士の約束など捧げない。今まで誰かにこんなにも穏やかな想いを抱いた事などなかったのだから。

 真っ直ぐに前を見つめるラスに、メルヴィルはただ「そうか」とだけ呟いた。時間が経てばこの懸念が消えるようにと願いながら。

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