上 下
93 / 172

相談事

しおりを挟む

 暖人はるとは、とある場所へと向かっていた。
 そこは。

「ラスさん……」
「え? ハルト君?」

 王宮内の、ラスの執務室だった。
 いつも通り白い布を纏った暖人が、入り口付近でもじもじしている。だが何かに室内へと押し込まれ、パタリと扉が閉まった。

「……突然すみません。メルヴィルさんから教えていただきまして」
「ああ、メルから」

 今、背後から押したのもメルヴィルだろう。お前の顔は見たくないという事か。ラスは小さく笑った。
 暖人から布を預かりハンガーに掛け、手を取ってソファに座らせる。エスコート慣れしてる、と顔に出る暖人にまたくすりと笑った。


「俺に会いたくて、という訳じゃないみたいですね」
「すみません……」
「元気がないですけど、どうしました?」

 いつもならにっこりとした笑顔で返る言葉が、今日はしおしおしている。

「あの……ウィルさんたちには内緒にしてて貰いたいのですが、折り入ってご相談が……」

 内緒。

 ラスは目を丸くした。
 この部屋はウィリアムの執務室と同じ階の、廊下を進み角を曲がった先にある。
 あのウィリアムとオスカーの目を盗みメルヴィルにだけ接触したとは、なかなか諜報員の素質があるのでは。大事な暖人でなければスカウトしていたところだ。

「俺に答えられる事でしたら、力になりますよ。何でも話してください」
「ありがとうございます」

 顔を覗き込みそっと背を撫でると、暖人はようやく笑顔を見せた。


 暖人は口を開き、閉じて、また開いて。餌待ちの雛みたいだな、とラスは思いつつも咄嗟に堪えた。拗ねて話さなくなっては困る。
 背に触れるのも緊張するかと思い手を離し、ゆっくりでいいですよ、と優しく声を掛けた。

 ありがとうございます、と膝の上で作った拳を見つめる暖人。
 そして。

「あの、ラスさん。俺って、…………俺、…………………………えっちの時、声大きすぎでしょうか……」

 はい??

 と声に出してしまうところだった。
 だが暖人は真剣に相談してくれている。ギリギリのところで堪えた。

「昨日偶然、知らない人のそういう現場に遭遇したんですが……」

 そこで口を閉ざし、ほんのりと頬を赤くする。
 なるほど。
 どういう状況か知らないが、偶然誰かが致している現場に遭遇し、抱かれている側の声が小さくて驚いたと。声を抑えていた訳でなく、出しているのに小さかったというところか。


「ハルト君。君が相当悩んでいる事は良く分かりました」

 奥ゆかしい彼がそんな相談をするくらいだ。相当だったのだろう。

「答える前に確認なんですが、それを、俺が知ってたらまずくないですか?」
「え?」
「ハルト君の声が大きいって」
「………………あっ」

 本当に今気付いた暖人は、ぼっと顔を赤くしてあうあうと口をぱくぱくさせた。
 団長たちならもう押し倒してる。ラスはいつも通りの笑顔で、例に漏れず暖人をソファに押し倒した。

「それとも、検証して欲しいって事ですか?」
「違いますっ」
「団長にも内緒で俺の部屋に来るなんて、ハルト君も悪い子ですね」
「違いますからっ」

 ジタバタと暴れる姿が、……子供のようで、可愛い。
 全く意識されていない。度々こんな悪戯をしてきたせいだが、少しくらいは本当に抱かれると怯えてくれても……。

 これは信頼されているという事か、とラスはパッと手を離した。


「横になっても発声がしっかりしてるので、そのせいかもしれませんね」
「え?」

 ラスは暖人を抱き起こし、服を整える。

「……今のは、確認するためですか?」
「半分くらいは検証のお許しが出るかなって期待してましたけど」
「すみません」

 今度は暖人は良い笑顔で「ないです」と暗に伝えてきた。
 ラスはくすりと笑い、暖人の髪を撫でる。

「ハルト君がここに来たのは、俺がいろんな人を知ってるからですよね」
「はい。……すみません」
「いえいえ、隠す気もない事実ですから。ただ、ハルト君がどの程度か分からなければ答えようがないんですよね」
「そうですよね……」

 考えずとも分かる、当然の事だった。
 だが昨日の事が頭から離れず、ラスなら、と勢いできてしまった。これも涼佑りょうすけたちには訊きづらい事だったからだ。


「涼佑には悩んでることがバレて、咄嗟に、その人みたいな……えっちな顔してるか、って訊いちゃったんですけど」

 話しながらほんのりと頬を染める。
 あれは勢いだったから訊けただけで、やはり今でも声が大きいかなど訊けない。だがまさか、トロ顔と返ってくるとは。

(とろ……どんな顔か、見たことあるな……?)

 暖人は首を捻る。オスカーと一緒にシャワーを浴びた時に、鏡で見た。あれがそれか。あれはプレイではなく、事故だったのだが。

「ハルト君がそんな訊き方したら」
「はい……。鏡の前ですることになりそうです……」
「ですよね……それは、頑張ってくださいとしか……。ハルト君って、一般的な行為をする時あります?」
「俺には一般的がどんなものかが……」

 他を知らないという意味か、おかしなプレイばかりされてもう分からないという意味かと計り兼ねたラスだが、それを訊くと悩みを増やしてしまいそうだ。

「もし特殊なプレイだとしても、ハルト君がいいならいいんですけど」
「……愛されてるな、って思うと何でも許せちゃうので」

 許すか許さないかという時点で通常プレイではないと思いつつ、ラスは余計な事は言わない事にした。

「嫌だけど我慢してるという訳じゃないんですよね?」
「はい、まあ……最終的には気持ちよかったってなるので……」

 言ってから、暖人はじわじわと頬を染め俯く。

「ハルト君がなら、いいんですけどね」

 今度は違う意味を込めるラスの腕を、暖人はついペシッと叩いてしまった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

気付いたら囲われていたという話

空兎
BL
文武両道、才色兼備な俺の兄は意地悪だ。小さい頃から色んな物を取られたし最近だと好きな女の子まで取られるようになった。おかげで俺はぼっちですよ、ちくしょう。だけども俺は諦めないからな!俺のこと好きになってくれる可愛い女の子見つけて絶対に幸せになってやる! ※無自覚囲い込み系兄×恋に恋する弟の話です。

ある日、人気俳優の弟になりました。

樹 ゆき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。 「俺の命は、君のものだよ」 初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……? 平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

モブ男子ですが、生徒会長の一軍イケメンに捕まったもんで

天災
BL
 モブ男子なのに…

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺

toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染) ※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。 pixivでも同タイトルで投稿しています。 https://www.pixiv.net/users/3179376 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/98346398

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

処理中です...