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相談事
しおりを挟む暖人は、とある場所へと向かっていた。
そこは。
「ラスさん……」
「え? ハルト君?」
王宮内の、ラスの執務室だった。
いつも通り白い布を纏った暖人が、入り口付近でもじもじしている。だが何かに室内へと押し込まれ、パタリと扉が閉まった。
「……突然すみません。メルヴィルさんから教えていただきまして」
「ああ、メルから」
今、背後から押したのもメルヴィルだろう。お前の顔は見たくないという事か。ラスは小さく笑った。
暖人から布を預かりハンガーに掛け、手を取ってソファに座らせる。エスコート慣れしてる、と顔に出る暖人にまたくすりと笑った。
「俺に会いたくて、という訳じゃないみたいですね」
「すみません……」
「元気がないですけど、どうしました?」
いつもならにっこりとした笑顔で返る言葉が、今日はしおしおしている。
「あの……ウィルさんたちには内緒にしてて貰いたいのですが、折り入ってご相談が……」
内緒。
ラスは目を丸くした。
この部屋はウィリアムの執務室と同じ階の、廊下を進み角を曲がった先にある。
あのウィリアムとオスカーの目を盗みメルヴィルにだけ接触したとは、なかなか諜報員の素質があるのでは。大事な暖人でなければスカウトしていたところだ。
「俺に答えられる事でしたら、力になりますよ。何でも話してください」
「ありがとうございます」
顔を覗き込みそっと背を撫でると、暖人はようやく笑顔を見せた。
暖人は口を開き、閉じて、また開いて。餌待ちの雛みたいだな、とラスは思いつつも咄嗟に堪えた。拗ねて話さなくなっては困る。
背に触れるのも緊張するかと思い手を離し、ゆっくりでいいですよ、と優しく声を掛けた。
ありがとうございます、と膝の上で作った拳を見つめる暖人。
そして。
「あの、ラスさん。俺って、…………俺、…………………………えっちの時、声大きすぎでしょうか……」
はい??
と声に出してしまうところだった。
だが暖人は真剣に相談してくれている。ギリギリのところで堪えた。
「昨日偶然、知らない人のそういう現場に遭遇したんですが……」
そこで口を閉ざし、ほんのりと頬を赤くする。
なるほど。
どういう状況か知らないが、偶然誰かが致している現場に遭遇し、抱かれている側の声が小さくて驚いたと。声を抑えていた訳でなく、出しているのに小さかったというところか。
「ハルト君。君が相当悩んでいる事は良く分かりました」
奥ゆかしい彼がそんな相談をするくらいだ。相当だったのだろう。
「答える前に確認なんですが、それを、俺が知ってたらまずくないですか?」
「え?」
「ハルト君の声が大きいって」
「………………あっ」
本当に今気付いた暖人は、ぼっと顔を赤くしてあうあうと口をぱくぱくさせた。
団長たちならもう押し倒してる。ラスはいつも通りの笑顔で、例に漏れず暖人をソファに押し倒した。
「それとも、検証して欲しいって事ですか?」
「違いますっ」
「団長にも内緒で俺の部屋に来るなんて、ハルト君も悪い子ですね」
「違いますからっ」
ジタバタと暴れる姿が、……子供のようで、可愛い。
全く意識されていない。度々こんな悪戯をしてきたせいだが、少しくらいは本当に抱かれると怯えてくれても……。
これは信頼されているという事か、とラスはパッと手を離した。
「横になっても発声がしっかりしてるので、そのせいかもしれませんね」
「え?」
ラスは暖人を抱き起こし、服を整える。
「……今のは、確認するためですか?」
「半分くらいは検証のお許しが出るかなって期待してましたけど」
「すみません」
今度は暖人は良い笑顔で「ないです」と暗に伝えてきた。
ラスはくすりと笑い、暖人の髪を撫でる。
「ハルト君がここに来たのは、俺がいろんな人を知ってるからですよね」
「はい。……すみません」
「いえいえ、隠す気もない事実ですから。ただ、ハルト君がどの程度か分からなければ答えようがないんですよね」
「そうですよね……」
考えずとも分かる、当然の事だった。
だが昨日の事が頭から離れず、ラスなら、と勢いできてしまった。これも涼佑たちには訊きづらい事だったからだ。
「涼佑には悩んでることがバレて、咄嗟に、その人みたいな……えっちな顔してるか、って訊いちゃったんですけど」
話しながらほんのりと頬を染める。
あれは勢いだったから訊けただけで、やはり今でも声が大きいかなど訊けない。だがまさか、トロ顔と返ってくるとは。
(とろ……どんな顔か、見たことあるな……?)
暖人は首を捻る。オスカーと一緒にシャワーを浴びた時に、鏡で見た。あれがそれか。あれはプレイではなく、事故だったのだが。
「ハルト君がそんな訊き方したら」
「はい……。鏡の前ですることになりそうです……」
「ですよね……それは、頑張ってくださいとしか……。ハルト君って、一般的な行為をする時あります?」
「俺には一般的がどんなものかが……」
他を知らないという意味か、おかしなプレイばかりされてもう分からないという意味かと計り兼ねたラスだが、それを訊くと悩みを増やしてしまいそうだ。
「もし特殊なプレイだとしても、ハルト君がいいならいいんですけど」
「……愛されてるな、って思うと何でも許せちゃうので」
許すか許さないかという時点で通常プレイではないと思いつつ、ラスは余計な事は言わない事にした。
「嫌だけど我慢してるという訳じゃないんですよね?」
「はい、まあ……最終的には気持ちよかったってなるので……」
言ってから、暖人はじわじわと頬を染め俯く。
「ハルト君がいいなら、いいんですけどね」
今度は違う意味を込めるラスの腕を、暖人はついペシッと叩いてしまった。
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