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白竜族の村5
しおりを挟む宝飾店の店主の話だと、五十年程前にも人間の客が訪れたらしい。そして羽振り良く買い物をして颯爽と帰ったそうだ。
村の者は日常使いとして、効果が短くお手頃価格の物を購入する。だが人間族は、十年以上効果の続く高価なものを躊躇いなく購入するのだとか。
「それで、あの服屋でも歓迎されたわけか」
大歓迎はそれが理由。店員がずっと嬉しそうだったのは、なかなか売れない高価な服ばかり買ったからだろう。
「そういえば、ウィルさんが選んだお店って高級そうでしたよね……」
「ハルトが触れるのは一流の物でないとね」
当然のように言って、暖人の頬を撫でる。
その店の中でも、暖人にと選んだのは職人の自信作だと言っていた。
(白竜族だし、全体的に物価が高いのかと思ってた……)
暖人は震える。いや、三人に高価な物を買った事は少しも後悔していないのだが。
「もう来れないかもと思うと、高価でも少し迷っても買っちゃうんだろうね」
気持ちは分かるが、涼佑には他人事だ。内緒で買った暖人用の服やアクセサリーは少しも迷わなかった。
道中でそんな話をしながら色々と買い足しているうちに、フィンレーのように大荷物になってしまった。
すっかり陽は傾き、空にはうっすらと朱色のヴェールがかかる。
青空を透かしたそれはオーロラのようにゆらゆらと揺らめいて、暗くなる空に溶けるように消えていく。
「異世界……」
「だね……」
さすがの涼佑も素直に感動し空を見上げ、綺麗、と呟いた。橋から下を見ると、水面に映る空がますます幻想的だ。
ウィリアムとオスカーも川を覗き込み、感嘆の溜め息を零した。
(異世界の、白竜族の村……)
きっと、この光景は一生忘れない。繋いだ涼佑の手をぎゅっと握った。
「少々手狭ではありますが、本日は私の家へご滞在ください」
景色を堪能し、ノーマンに案内された先は。
「家とは、ここか……?」
「どう見ても、お城……ですよね」
湖の中心に建つ、屋敷と言うには無理のある、城。
白い石で造られたそれは、月の光を浴び、白く発光してすら見える。
張り巡らされたアイビーのような形をした真っ白な蔦が湖へと下がり、まるで湖の中にまで続いているかのような光景を作り出していた。
「大変恐縮ながら、私の家はその隣でございます」
皆、胸を撫で下ろした。が。
「…………離宮、というものでは」
城から短い通路で繋がっている、規模だけは控えめな屋敷。そもそも城の敷地に建っている時点で城と同じだ。ウィリアムは何とも言えない顔をした。
「ウィリアム様。私は首長ではございませんよ」
「そうなのか?」
「兄が首長をしておりましたので、私はその補佐役としてこちらへ住み、今もそのままになっているだけの事です」
「補佐役……」
「今は甥が後を継ぎ、名前だけは長老と呼ばれておりますね」
「長老……」
それは、相当の地位では。
「はる」
「だから、ノーマンさんは違うよ」
「首長さんの方」
「ない。人間の俺は赤ん坊にしか見えないよ」
「そうとは限らないじゃない」
「涼佑。今のこの状態で、白竜族の花嫁、みたいな新しい展開はさすがに起きないと思う」
騎士団長二人と救世主が傍にいる今、そんなフラグはすぐにへし折られてしまう。立てるだけ無駄だ。
「それに、偉い人には普通そんなに簡単に会えないから」
これだ、と思った。今までは救世主だから会えただけで、今はただの客だ。お邪魔する為に挨拶はしたいが、わざわざ時間を割いて貰う訳にもいかない。
「会うにしても、お前にはそれがあるだろ」
オスカーが指さしたのは、服に付いたブローチだった。
「あ……」
悪い虫除け、と言い掛けて、口を噤む。ノーマンの前で甥を悪い虫呼ばわりするのはあまりに失礼だ。
ノーマンは気付きながらも、暖人ならもしかしたらと思い、にっこりと笑う。
「ご心配でしたら、皆様はこのまま私の家でお過ごしください。甥には私から話しておきましょう」
「ノーマン、俺も同行して良いだろうか」
「勿論です」
今仕えている屋敷の主人を紹介出来るなど、光栄な事この上ない。
暖人たちを部屋へと送り、ウィリアムとノーマンは城へと向かった。
フィンレーは色々と話を聞きたいからと、ノーマンとの同室を願い出た。
ノーマンが我が子を見るような顔で了承した為、暖人たちとは別室だ。
「はる。そういえばフィンレーさんって、いくつなのかな」
「エヴァンさんが五十年帰ってないって言ってたし、知り合いだからそれ以上だよね」
「エルフだし、百歳くらい?」
「かも。エルフだしね」
エルフだし、で済ませる二人だが、オスカーはまだ少し順応出来ていない。百歳生きる生物とのんびり買い物を楽しんでいたのかと思うと、驚きと不思議な感覚が拭えなかった。
暖人たちが案内された部屋は、ウィリアムの屋敷の部屋を二つ繋げたような広々としたものだった。
「さすがノーマンさん。分かってますね」
「ああ。有能だな」
涼佑とオスカーは満足そうに頷いた。
暖人を一人にする訳もなく、誰かと同室だと揉めてしまう。それでこの広い部屋だ。壁際にはキングサイズよりも更に大きなベッドが置かれている。
(ファミリールームよりベッド大きい……)
色々と居たたまれなくなった暖人は、ふらふらとベッドへと向かう。
誰が隣で寝るか揉めるのかな、と思ってしまった自分はあまりに傲慢になってしまった。ぽふ、とベッドへと俯せに倒れ、目を閉じる。
「はる、眠いの?」
「ん……自己嫌悪」
「どうして?」
「……誰が隣に寝るかで言い争いするかも、って……傲慢すぎた……」
涼佑とオスカーは顔を見合わせた。それで、自己嫌悪だと。
「傲慢も何も、事実だろ」
「そうだよ、はる。はるを巡って争わないと思ってる方が心配だから」
「むしろ争う方が普通だろ」
「それは傲慢じゃなくて、自覚が出てきたって言うんだよ」
いつもはお互い気に食わないと言っているくせに、急に意気投合して口々にそんな事を言う。
(もしかして、励ましてくれてる……?)
そう思った瞬間。
「だからはるは僕たちが争わないように、隣に寝るのは涼佑だ、って先に指名してくれたらいいんだよ」
「ああ。もう片方は俺だな」
ギシ、とベッドが軋む。両サイドから髪や背を撫でられ、隣に寝転んだ涼佑には抱き枕のように抱き締められる。
それに対抗するように、頬を撫でていたオスカーの手が唇へと触れて。
「俺はソファで寝るので、ベッドはみなさんでどうぞ」
もぞ、と身を捩って二人の腕から抜け出し、窓際へと逃げる。
さすがの二人もノーマンの屋敷で最後までするつもりはないだろうが、あまり触られるとこちらの身体がその気になるからいけない。
「はる、それはこの世界で身に付けた技なの?」
「技?」
「黒竜族の村で僕から逃げた時もだし、歩夢をあの竜の腕から奪うなんて、簡単には出来そうにないのに」
それなのに暖人は、ノアが反応する間もなく歩夢をその腕から連れ出した。
今もわりとしっかり抱き締めていたはずが、するりと抜け出したのだ。
「今日のは無意識だったけど、昔からしてたよね?」
「確かにそうだけど……、前より猫みたいになってる」
「猫」
「気付いたらもういなかった」
「猫だ」
猫が好きなあまり、猫の技を身に付けてしまったのかも。……いや、さすがに有り得ないか。
「拐われそうになった時に逃げられるのは安心だがな」
オスカーはそう言って暖人の頭を撫でる。
「……拐われる状況になるのは、難しい気がします」
出掛ける時は三人かラスが一緒にいて、屋敷では常に部屋の前に護衛がいる。窓から敵が来たとしても、庭にも玄関にも門にも護衛がいるのだ。
もし外出中に何かの理由で目が離れて拐われたとしても、一分も経たずに救出されるだろう。
「いつも守ってくださってありがとうございます」
オスカーと涼佑にぺこりと頭を下げると、二人は頬を緩め暖人を撫でた。
「気にするな。俺も他の奴らも、お前が大事だから守ってるだけだ」
「オスカーさん……」
さらりと零れる言葉が甘い事に、オスカーは気付いているだろうか。暖人はつい頬を染めてしまう。
「そうだよ。はるがいっぱい食べて寝て笑っていてくれたら、僕たちはみんな幸せだから」
「涼佑……。世界が俺に甘すぎる気がする……」
「そんなことないよ。はるが頑張りやだからだよ」
ぎゅうっと抱き締め、頬擦りをした。
「異世界ものはよく誘拐されるけど、そんな心配はないかな」
「うん」
この世界に来たばかりの時に、盗賊に襲われかけた事はあったが。
「主人公とか想いを寄せるキャラがお互いを庇って死んだりするけど、即死じゃない限りは日野さんの薬で治せるよね」
「うん、日野さんには感謝してもしきれないよね」
お前たちの世界は本当に……とまた問いかけそうになったオスカーは、口を噤んだ。きっとまた、平和でしたよ、と返るだろうから。
二人にしか分からない会話が続き、オスカーは不機嫌な顔をする。暖人が涼佑を特別に想っている事は知っている。だが、彼にばかり構うのは面白くなかった。
「ハルト、窓の外を見てみろ」
会話が一旦途切れたところで、暖人の肩を抱き涼佑から引き離す。半ば強引に窓の外を見せると、暖人は窓枠に手を付き、目をキラキラと輝かせた。
「わ、すごい……。湖が光ってる……」
暖人が見下ろした湖は、湖底がノアのいた洞窟と同じ石で出来ている。氷河のように澄んだ青の光が、仄かな光を水面まで届けていた。
磨かれた鏡のような水面には、月や星が映り、淡い銀の光を散らしている。
「綺麗……」
感嘆の溜め息をつき、うっとりと見つめた。そんな暖人をオスカーは背後から抱き締め、窓との間に閉じ込めてしまう。
腰に腕を回し髪にキスをしても、暖人は気付かない。
突然良い雰囲気になった二人だが、涼佑は取り返したい気持ちをグッと我慢した。暖人が夢中になって見ているところを邪魔したくはない。
まあいい。景色に満足したら今度は自分が暖人を独り占めするのだ、と不機嫌にソファに座り、脚を組んでオスカーの背を睨み付けた。
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