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お土産

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 行きに馬を借りた街へ向かう為、暖人はるとは髪を青に染め、その上からフードを被った。城にいた者に街で遭遇したら、神官としての暖人の顔を知られてしまうからだ。
 街で目立たない為に今回は神官用の白ではなく、旅人が普段着るような薄い茶色。涼佑りょうすけも同じ布を纏い、妙な懐かしさに何とも言えない顔をした。

 ウィリアムとオスカーは、あえて団服で顔も出したまま。
 赤の騎士を騙る者が悪事を働いた件で、街の者にはあれは偽物だとエヴァンが説明してくれている。もしまだ疑う者がいれば、声を掛けてくるか陰口を叩くだろう。その対応をする為だ。


「これを着たところで、目立ち過ぎですけど」

 広場でワッフルを食べながら、涼佑は溜め息をついた。
 旅に出ていた友人とたまたまこの街で再会した、という設定らしいが大分無理がある。団服の存在感が強い。

「護送中の凶悪犯に見えません?」

 両サイドから挟まれて座っている姿は、まさにそれ。皆、遠巻きにチラチラと見ていく。

「一緒にこれを食べていたら仲良く見えないかな?」
「見えませんね」

 一蹴する涼佑に、ウィリアムは笑うだけ。
 何気に甘いものを食べるオスカーは、二人の会話を気にも留めずに二個目に手を付けた。

(前より仲良くなった気がする……)

 暖人はフードの下から窺い、上機嫌でワッフルを頬張る。
 大事な人たちが仲良く過ごしてくれて嬉しい。何より、暖人とばかり話していた涼佑が、自然と二人とも話すようになった事が嬉しかった。

 世界が広がる事を恐れていたあの頃からは、想像も出来ない程に心が穏やかだ。
 晴れ渡る空を見上げ、そっと目を細めた。


「っ……、涼佑っ?」

 目の前に、突然にゅっと涼佑の顔が現れる。

「別に仲良くなったわけじゃないから」
「えっ、うん、そう?」
「そうだよ」

 暖人の考えている事などお見通しだ。涼佑は不本意という顔をした。
 素直じゃないなあ、とにこにこと笑う暖人の頬をツンツンとつつく。別に仲良くないから、そっかぁ、そうだよ。無言で会話をする。
 ひとしきりつつき、涼佑は小さく息を吐いた。

「でも本当にはるは、権力人間ホイホイだね」

 ホイホイ対象がイケメンに留まらなくなってしまった。

「ごめん……。女性にモテて少しホッとしてる自分がいる……」

 暖人としては、男にしかモテないというのも、同じ男としてどうだろうと思っていたのだ。何しろ周りの女性陣は皆、弟や息子扱いをしてくる。
 別にモテたいわけではない。ただ、そこまで男として見られないと、男としての自信がなくなってしまう。

「今だから言うけど、はるは学校で女子にモテてたよ」
「嘘っ!?」
「バイト先でたまに厨房から顔を出した時も、店内ざわついてたから。あのアイドルみたいな人だれ? って」
「アイドルっ……嘘だぁ……」
「本当。でも、はるは僕しか見えてなかったし、僕は彼女たちをはるの前から排除してたからね」
「排除って……」

 涼佑が言うなら、そうなのだろう。ずっと一緒にいたのにどうやって、と思わなくもないが。

「うん、でも、俺は涼佑しか見えてなかったから、気付かなくて当然だったよね」

 涼佑がモテていたのは知っている。涼佑ばかり見ていたから。だから自分への評価など全く入ってこなかった。あの世界では、本当に涼佑の事しか考えてなかったのだから。


「あの世界ではOLっぽい人が一番はるの事狙ってたけど、この世界では本格的に権力ホイホイになっちゃったね」
「ホイホイ……」

 先程の事で更に反論出来なくなってしまった。身に余る光栄ではあるのだが……。

「……OLさんにモテたなら、俺はマリアさんにモテてもいいと思う」
「モテたいの?」
「……そうじゃないけど、例え願ったところで無理な気もする」

 出来る女性の代表のようなマリアは、きっと暖人が告白しても「お母さんと結婚する!」という子供を見るような微笑ましい顔をするのだろう。本気として受け止めないところも、マリアの優しさだ。

「ハルトは女性の好みはあるのかい?」
「えっ、考えたこともありませんでした……」
「はるの好みは僕だからね」

 涼佑が隣で勝ち誇ったように微笑む。
 ふと気になり問い掛けてみたウィリアムだったが、そうだった、答えは分かり切っていた。

「うーん……付き合うとかじゃなく、好みで言うなら……」

 涼佑が好みという事は当然として、考えるだけならと暖人は思案する。

 まさか暖人が考えてくれるとは思わず、三人は息を呑んで言葉を待った。
 暖人の好みの女性。純粋に、気になる。
 それに暖人の好みが分かれば、その女性を近付けないよう対処も出来る。


 暖人は視線を落としたまま、ぽつりと呟いた。

「…………マリアさんみたいな人が」
「マリア……?」

 好みのタイプではなく、個人名。
 暖人はマリアが好きなのか。だが今更侍女を変える訳にもいかない。だからといって、暖人がマリアを好きになってしまったら……重婚出来るといっても、全てが無限に許される訳ではないのだ、もしそうなったら……。

 一瞬で思案したウィリアムに気付くはずもなく、暖人はパッと顔を上げた。

「どうやら俺は、綺麗系の人が好きみたいです。マリアさんってお顔も笑顔も綺麗ですし、仕草も綺麗ですよね。話し方が落ち着いてるのも、お仕事に誇りを持ってるのも素敵ですし」

 可愛い人は恋人というより妹のように慈しみたいと思う。
 それに、恋愛ゲームで最初に選ぶとしたら綺麗で格好良い女性だ、という基準で考えてみた。ゲームに例えると面白い程にすぐに好みが把握出来た。

「ハルト……」
「はい?」
「それは、俺の事かな?」
「えっ」
「おい、ウィル」
「性別以外は当てはまるよ。オスカーとリョウスケもかな?」
「あの、女性の話をしてるんですが……」

 だが、よくよく考えると確かにウィリアムに当てはまる。涼佑もそうだ。オスカーは顔立ちが格好良い要素が強めだが、それ以外はそうだった。

(守りたいけど時々甘えたい、と思ってしまうところもだ……)

 三人とも見事に当てはまる。

「……好きな気持ちに性別は関係ないんですよ」

 どこかで聞いた綺麗な言葉でまとめて、暖人はワッフルを齧った。
 それが良かったのか、三人は満足げに暖人を見つめる。やはり暖人の好みは自分だとばかりに。


 そこで、四人を見つけたエヴァンが深刻な顔で近付いてきた。
 何かあったのかと思えば。

「駄目だ……もう何がいいのか分からん……」

 疲れきった顔でそう言い、項垂れた。
 皇子への土産を探したが、考えすぎて何が良いのか悪いのかも分からなくなった。珍しい物はあるが、喜ぶものが分からない。

「皇子の好みはあなたが一番分かってるんじゃないですか?」
「それがな……子供の頃はおもちゃや菓子で喜んでたが、今は大人だろ?」
「ああ、なるほど」

 涼佑は納得した。幼い頃から知っていると、こんな悩みもあるのかと。

「今から暖人のためにチーズを買いに行くので、そこで探したらどうです? この領の特産品ですし、皇子もチーズ好きですよね」
「……それだ」

 ハッとして顔を上げる。
 それすら分からなくなる程に皇子の喜ぶものを探し回っていた、と後で皇子に告げ口しよう。涼佑は内心でそう決めた。


 暖人の気に入ったチーズを大量に買い込み、紅茶も試飲しながら暖人の好みを選び、限定のものと合わせて購入する。
 エヴァンも皇子の好みに合ったチーズと限定の紅茶を買い、安堵した様子で店を出た。

 それから、街の職人が作った猫か虎か分からない、両手を上げて天に向かって吠える置物を手に取る。エヴァンの手のひらに丁度乗るくらいのサイズだ。

「……これ、いいな」

 暖人もウィリアムも、オスカーまでもが驚いた顔をする。あまりに……芸術的で。本当にそれを買うのかと。
 だが涼佑もそれを見て頷く。

「皇子っぽいですね」
「そうだろ?」

 皇子っぽい。これが……。
 まじまじと見つめる三人をよそに、涼佑はその隣のもう一回り大きな置物を手に取った。

「これも一緒に買ったらどうです? 皇子とお揃いで」
「お揃いはさすがに」
「喜ぶと思いますよ」
「そうか?」
「そういうの好きそうですし」
「……そうだな」

 もうすぐ皇帝となる立場上、お揃いなどと気軽に言える人間はエヴァンと涼佑以外にいない。それを寂しく思っている事も分かっていた。

(お揃い、それでいいのかな……)

 暖人はついジッと見つめてしまう。

 だが、エヴァンも美的センスがない訳ではない。皇子も美の集大成の庭には美しい物以外置かない主義だが、それは庭の話。
 美しい物には慣れてしまっている皇子には、このくらいパンチのある物が丁度良かった。





 帰りもエヴァンの背に乗せて貰い、ウィリアムの屋敷へと戻った。
 往復でお世話になったエヴァンへのお礼にと、暖人は涼佑に意見を聞きながらこっそりと買った地酒を渡す。
 エヴァンは驚きながらも大層喜び、だがハッとして涼佑を窺った。

「はるからの贈り物なので、しっかり味わって飲んでくださいね」

 涼佑はそう言うだけだった。
 暖人からプレゼントを渡すのはおもしろくないが、それを皇子と飲むのだろうと思うと、まあいいかと納得したのだ。


 別れ際、涼佑はそっと暖人へと耳打ちをする。

「はる。ウィリアムさんは、はるの為なら世界の敵になれる人みたいだから……くれぐれも気を付けてね」
「うん……」
「下手したらオスカーさんと敵対して、大戦争が起こるかもしれない」
「うん……、気を付けるよ」

 暖人も神妙な顔で頷いた。
 暖人を愛しながらも国の為に生きるオスカーと、世界より暖人が大切だと気付いてしまったウィリアム。
 国を護る為に日々戦っているウィリアムが、世界を裏切るような事態になる引き金は自分だ。その責任と自覚が重くのしかかる。

 涼佑に頬を寄せ、ぎゅっと抱きついた。
 その背を優しく撫で、涼佑は耳元へと唇を寄せる。

「僕もはるの為ならラスボスになれるから、くれぐれも無茶はしないように」
「ひゃっ……、っ……気を付けますっ」

 くすぐったさに首を竦めながらも、元気な返事を返した。
 良い子の暖人の頭を撫で、涼佑は唇へと触れるだけのキスをする。

「……じゃあ、行ってくるね」
「うん……、行ってらっしゃい」

 早く帰ってきてね。
 言葉より雄弁に語る瞳。涼佑は後ろ髪を引かれながらも、リグリッドへと戻って行った。

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