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いたたまれない

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「予想はしていたが……」
「これは……」

 部屋に戻ったウィリアムとオスカーは、暖人はるとを見るなり何とも言えない顔をした。
 ソファの上で涼佑りょうすけと手を繋ぎ、楽しそうに話をしている。
 元の世界ではそうだったと聞いたように、腰を抱くでも抱き合うでもなく、手だけを繋いだ奥ゆかしい姿。その光景は、微笑ましいのだが……。

「ウィルさん、オスカーさん、おかえりなさい」

 暖人は普段通りの明るい笑顔で、二人を迎えた。

「……ああ」
「ただいま、ハルト……」

 だが二人の反応はいまいち鈍い。
 笑顔のままで、暖人は冷や汗を掻いた。

 涼佑とシャワーを浴びてからもう三十分以上経っている。窓を開け放して風も浴び、火照りは収まった。服も元のものを着ている。おねしょシーツはゴミ袋に入れて、外の人にお願いして処分をして貰った。
 痕跡は消した。大丈夫なはず、と内心で大きく頷く。

 涼佑との関係を知っている二人に知られても、今更ではある。だが今まで抱かれていたという生々しい恥ずかしさと、二人が働いている間にイチャイチャしていた居たたまれなさで、暖人は知られたくないと言った。
 涼佑は暖人の言う通りにしながらも、無理だろうなぁ、とにこにこしていた。


 状況としては、証拠隠滅出来ている。だが……。
 未だほんのりと熱を帯びた頬に、とろりとした瞳。気怠げな雰囲気。
 今の暖人は、どう見ても事後だった。それも、数時間たっぷり愛され尽くした後の。

 ウィリアムとオスカーが何とも言えない顔をしたのは、暖人があまりに色気と多幸感を駄々漏れにしていたからだ。その甘さに当てられてしまった。

 この世界で再会して間もなくまた離れる事になり、漸く会えたのだ。愛し合っていたとしても、何も言うつもりはない。
 嫉妬よりむしろ、今の二人を見ると今夜は別の部屋で寝ようかと思う程だった。


 ウィリアムとオスカーはちらりと互いを見遣り、ソファに座る。

「粗方処理は終わったよ。後はあちらで対応するそうだ」

 普通に話を始めたウィリアムに、暖人は目を瞬かせる。何も言わないの? とばかりに。

「大丈夫なんですか?」
「ああ。南部に遠征していた騎士も戻ったから、任せても問題ないよ」

 これで街の警備も穴がなくなるだろう。大公領の騎士たちは戦場経験が少ないだけで、元々強者揃いだ。
 普通に会話をするウィリアムと涼佑に、暖人は体の力を抜く。何か言われるかと思ったが、気にしていないようだ。

 ソワソワしたりホッとしたり、視線と雰囲気がせわしなく動く暖人に、オスカーは口の端を上げた。

「何か言った方がいいか?」
「えっ、いえっ」
「オスカー。言わない事にしただろう?」
「これだけあからさまに気にされたら、言わない方が不親切だろ」

 あくまで親切心だと言う。似合わない言葉を、と涼佑は肩を竦めた。

「お前があまりに満たされた顔をしてるから、嫉妬する気も失せただけだ。だから気にするな」
「……あ、りがとうございます……」

 じわじわと顔を俯け、両手で顔を覆う。
 言って貰えて安堵したような、言われない方が恥ずかしくなかったような。

(居たたまれない……)

 小さくなる暖人を、涼佑は子供をあやすように抱き締める。ウィリアムは愛しげに目を細め、オスカーは口の端を上げたまま。あれは親切心と、少しの悪戯心からの言動だったのだ。

「ヴァレンタイン将軍がリョウスケも連れ帰ると言っていたからね。今夜は俺たちは別の部屋を借りるよ」
「……ありがとうございます」

 もうそれしか言えない。
 気の利くウィリアムに、涼佑は満足げな顔をした。


「そういえば、捕まえた人たちは何か情報を吐きました?」
「それが、口を割らないんだよ。皆示し合わせたように、皇子の意志だとばかり」
「そうですか。まぁ、予想はしてましたけど」
「オスカーの尋問でも吐かなかったとなると、洗脳されている可能性もあるな」
「……尋問ですよね?」
「ああ」

 ウィリアムは頷くが、涼佑は釈然としない顔をする。
 話さないなら洗脳かと疑うほど、オスカーは尋問上手だという。口が上手く、凍り付くような笑みで相手の戦意を奪うウィリアムではなく。
 本当に、尋問か。拷問ではなく。

 訝しげな涼佑と、隣で首を傾げている暖人。
 オスカーは「尋問だ」とだけ答え、意味深な笑みを浮かべた。

「一人だけ違う事を言った奴がいた。皇子の意志だという事に間違いはないが、それを伝えたのは黒い服を着た者だったらしい」
「性別や年齢は」
「分からない。ただ、黒い服だったとだけ」
「……皇子の近くにいる人間に黒を着る人はいますけど、そこまで記憶に残るものでもないです」

 涼佑は記憶を辿り、そう言った。
 皇子の傍にいる者たちは、制服も含めて基本的に白や緑が多い。西の救世主を陥れる為かと考えても、黒い布を被っていた事は一度もない。

「側近を見たことがないか、誰も分からないと思ってなのか、そもそも似せるつもりがないのか」

 涼佑は深く溜め息をついた。

「呪いで記憶を消したり操ったり出来るんでしょうか」
「そうだとしたら、大変な事になるね」

 複数の人間の記憶を一度に操れるなら、国を乗っ取る事も出来るという事だ。


「……テオ様や大公様に直接呪いを掛けずに周りの人を利用したのは、記憶を操るのも何か制限があるんでしょうか」

 暖人は難しい顔をする。
 城の警備が厳しくとも、複数の人間の記憶を操れるなら安易に接触出来るはず。それをせずに回りくどい事をするなら、制限があるか、国を取る事自体が目的ではない可能性がある。

「それとも、本当の目的が違うんでしょうか……」
「ただ戦争を起こす事が目的か、それを傍観して楽しむ事が目的か。どっちにしろ、卑怯者だろうな」

 オスカーは苦々しく言い捨てた。
 ウィリアムも肩を竦める。

「ひとまず、他に呪いで眠る者がいないという事は、何かしらの制限があるのかもしれないね」

 対象の制限か、使用回数や頻度の制限か。何にしろ制限がある方がありがたい。

「王都も警備を強化した方がいいな」
「そうだね。黒い服を着た者は距離を取り慎重に対応するように通達しよう」

 リグリッドも、と涼佑は視線を落とす。
 内戦を生き抜き、良い国にしようと必死で頑張っている皇子を陥れようとする相手を、すぐにでも見つけて排除してしまいたい。生きている事を後悔するような方法で、罰を与えて。

 特定の相手を見つけ出せる力があればいいのに。
 そう願えば、暖人のように別の力が開花するのだろうか。
 ただ強いだけでは、相手が目の前にいなければ意味がない。
 もっと、違う力があれば……。


 落とした視線の先で、暖人と繋いだ手にそっともう片方の手が重ねられた。
 自分を追い詰めないよう、何か方法はあるはずだと、暖かな瞳に強い色が滲む。涼佑なら出来ると、元の世界で励ましてくれたように。

「……ありがとう、はる」

 両手で暖人の手を包み込む。
 暖人がいてくれるから、大丈夫。暖人がいてくれるなら、何でも出来る。今までもそうだった。だから……。
 ……暖人に別の力が開花する前に、全てを終わらせよう。

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