8 / 172
青の騎士団、談話室
しおりを挟む隣に位置する青の騎士団の部屋は、深い海の色をした壁紙に、濃い緑の観葉植物が置かれていた。
バーカウンターやビリヤード台もあるが、飾られた絵画は少なく、代わりに本棚の数が赤の部屋の倍以上あった。
オスカーに連れられ部屋に入ると、皆敬礼したまま唖然として動きを止めた。
「お……オスカー団長の、お子で……?」
「そうだ」
「っ!?」
皆声もなく叫ぶ。
髪色は青に染めているが、顔も体格も似ていないのに何故と暖人は思う。だが、オスカーが連れて来て肩に手を添えているだけで親しい間柄だと思うのだろう。
親しい、つまり、肉親、子供、と。
彼らの前では冗談を言わないオスカーの言葉をそのまま信じた可哀想な騎士たちは、あのオスカー団長が、婚外子を……ウィリアム団長じゃあるまいし……と言うに言えずにただ震えた。
暖人がオスカーを見上げると、愉しそうな顔をしている。
「オスカーさん、冗談を言うならちゃんと訂正もしてくださいよ」
「冗談には訂正が必要なのか」
「知らないふりは無理があります」
そう言うと、オスカーはまた愉しげに口の端を上げた。
赤の騎士団と違い、こちらでは囲まれずに適度な距離を保ってくれている。暖人は戸惑う事なくペコリと頭を下げた。
「申し訳ありません。子供ではなく、オスカーさんにいつもお世話になっています、暖人と申します」
その自己紹介では関係性が何一つ伝わらない。だが騎士たちは息を呑んだ。
「あっ、あなたがっ……」
「オスカー団長に長期休暇を取らせた、伝説のお方っ……」
いつの間に伝説に。暖人は頬を引きつらせた。そこまで長期休暇を取らなかったオスカーにも驚きだ。
「しかし、まさか……団長に今まで浮いた話がなかったのは、少年趣……」
「すみません。俺は成人済みです」
この世界では、だが。
「っ……、失礼しました!」
未成年と勘違いした事もだが、その隣で睨み付けるオスカーの視線に縮み上がった。
「コイツは俺の婚約者だからな。手を出したら、……分かってるな?」
「こっ……!!」
皆一様に固まり、すぐに慌てふためき、混乱のあまり頷くどころかビシッと敬礼をした。
「オスカーさん、婚約者って」
「事実上そうだろ」
「でもまだ、恋人になったばかりですし……」
「これは、そういう意味だと思っているが?」
「っ……」
チャリ、とネックレスを見せられ、カァ……と頬を染める暖人に、オスカーは愛しげに目を細める。しっかりと腰を抱いて。
我らの見ているものは現実か……。
あのオスカー団長が……。
団長が、腰に手を……。
贈られたと思われるネックレスを見せつける、など……。
赤くなったり青くなったり、騎士達は身動きも取れずに震えた。
「オスカーさん、変な空気になっちゃったじゃないですか」
「ああ、悪かった。お前は俺のものだとしっかり釘を刺しておきたくてな」
「そんな事しなくても、俺はオスカーさんみたいにモテませんから」
「お前はそうだから心配なんだ」
悪かった。
俺のもの。
釘を刺す。
心配。
もうどれもパワーワード。
薄く笑みを浮かべて腰に手を添えているところも、もう。
「お見苦しいところをお見せしてすみません。友人の涼佑を捜索していただいたことで、皆様には大変お世話になりました。こちら、心ばかりですが……」
そう言い、サンプル用の箱を開けて見せる。
本当は、以前ラスに貰った女神の祝福を使ったクッキーを贈りたかったのだが、あれは希少で滅多に入荷しないという。
代わりに妖精の微笑みを使ったクッキーと、蒼天の潮風を使った煎餅のような菓子を選んだ。どちらも希少で高価な材料だ。
それから、そのどちらにも合うシンプルな香りと味わいの、夏向けの爽やかな茶葉を添えて。
海のように澄んだ青色の缶とブランドロゴがお洒落で、見た目にも美しい。赤の騎士団には熟れた果実のような赤色の缶にした。
「こんなに高価なものを、よろしいのですか……?」
「はい。皆様には大変お世話になりましたので、受け取っていただけたら嬉しいです」
ふわりと暖かな笑みに、皆ほわりとした気持ちになる。オスカーを射止めた理由が分かる気がした。
一人一人に用意された菓子と茶葉。貴族の彼らには大きな額ではないが、子供にしか見えない彼が自ら用意したらしいそれに、騎士たちは感涙すらしそうだった。
「ありがたく頂戴いたしますっ……」
「団長を……団長を、よろしくお願いします……」
ようやく団長にも春が、と皆そっと目頭を押さえる。
「はい、あの、ありがとうございます。オスカーさんの恋人の名に恥じないよう、頑張ります」
「っ、けなげっ……」
「まさかこんなに健気で優しげで愛らしい方が団長のっ……」
(メルヴィルさんと同じこと言うんだなぁ……)
ちらりと端にいるメルヴィルを見ると、皆の前で見せつけるように暖人の腰を抱くオスカーに呆れた顔をしていた。
そんなメルヴィルも、騎士たちも、誰も嫌な顔をせずにオスカーの恋人として受け入れてくれる。嬉しくて、ついオスカーの手をぎゅっと握った。
「みなさんとても優しいですね。俺、オスカーさんの恋人として認めて貰えて、嬉しいです」
オスカーを見上げ笑うと、オスカーもそっと目を細める。そして。
「団、っ!?」
ちゅ、と暖人の唇へと触れるだけのキスをしたその光景に、皆、顎が外れそうな程に驚いた。
「っ、オスカーさん!!」
「どうした?」
「時と場所というものをですねっ……」
顔を真っ赤にして怒る暖人に、あの団長に説教出来るお人が……と騎士たちは固まったままで感動するやら驚愕するやら。
「団長がここまでベタ惚れとは、あまりに滑稽ですねっ」
メルヴィルだけは、骨抜きではありませんか、と愉しげに笑っていた。
43
お気に入りに追加
914
あなたにおすすめの小説
気付いたら囲われていたという話
空兎
BL
文武両道、才色兼備な俺の兄は意地悪だ。小さい頃から色んな物を取られたし最近だと好きな女の子まで取られるようになった。おかげで俺はぼっちですよ、ちくしょう。だけども俺は諦めないからな!俺のこと好きになってくれる可愛い女の子見つけて絶対に幸せになってやる!
※無自覚囲い込み系兄×恋に恋する弟の話です。
ある日、人気俳優の弟になりました。
樹 ゆき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺
toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染)
※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。
pixivでも同タイトルで投稿しています。
https://www.pixiv.net/users/3179376
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/98346398
優等生の弟に引きこもりのダメ兄の俺が毎日レイプされている
匿名希望ショタ
BL
優等生の弟に引きこもりのダメ兄が毎日レイプされる。
いじめで引きこもりになってしまった兄は義父の海外出張により弟とマンションで二人暮しを始めることになる。中学1年生から3年外に触れてなかった兄は外の変化に驚きつつも弟との二人暮しが平和に進んでいく...はずだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる